第二章10話『滞在許可』
ミストラは色々と事情を知っていそうな雰囲気だが、今回二人が危険な橋を渡ってまで風月まで訪れたのには訳がある。
露零は当初からの目的である『仰の訃報』、そして『鳴揺なる人物を任された旨』を伝えようと自ら率先して話を切り出す。
「それでね、伝えなくちゃいけないことがあるの。仰さん、死んじゃったの……」
自責の念に駆られた少女は申し訳なさそうに伝え、伝えた後も俯いてしまう露零。
しかしその話を聞いた彼は「知ってるよ? だから今この二人を育てているし封書にはしばらく面倒を見てあげて欲しいって書いてあったんだけど…」と言い、何を今更といった様子で彼は首を傾げていた。
封書を出した天爛然は一体何をどこまで記載していたのだろうか。
先に封書が届いてしまったせいで状況が変わってしまったが、露零は次に『鳴揺』に関する話をする。
「そうなの? それとね、鳴揺さんのことも任されたの」
「なっ、」
「ござる??!」
――鳴揺。
その名が少女の口から挙がると三人の表情は明らかに変わり、後ろに控える二人が喫驚の言葉を漏らす中、ミストラは手を横に伸ばし二人を制止すると、含みのある物言いで「――そっか……」と小さく呟く。
「――いいよわかった。生前の碧爛然が残した資料が一つあってね。後で南風に持って行かせるから鳴揺の容姿確認はそれでするといい」
長年背中を任せてくれた相棒が『人生の最後に思いを託した人物』。
その少女の来訪にも他者と一切変わりなく接するのは彼に煩悩が一切ないからだろう。
明らかに分不相応な生後間もない幼子であるが、そんな少女にも分け隔てなく接するのを見るに彼の人間性はかなり出来上がっているのだろう。
外見の比率はうさぎ三割、人間七割の人間よりではあるが、内面は人間と何ら遜色はない。
いや、下手したらそんじょそこらの人よりも徳が高いかもしれない。
しかしそんな彼とは対照的に、後方の二人は次々懸念材料を挙げていく。
「嫌ってるわけじゃないでござるが風月の最重要事項をそんな簡単に任せていいでござるか? 仮にも仰殿の次に強い人物でござるよ」
「左に同じく。そんなちんちくりんが何人集まっても現状最強の彼を止められるとは思えない。無論、自分と南風が加わってもという話だが」
間接的にちんちくりんと言われ、心紬はむすっとしていたがそう言われるのも仕方がないのかもしれない。
今回初めて國を出た彼女らは現在『井の中の蛙』状態であり全くの世間知らずだ。
故に言葉一つの振り幅というのも抽象的なもので心紬、露零は共に『最強』の認識を各々の尺度で解釈していた。
「何も四人で、なんて無茶は言わないよ。――ただ今を見ていない『彼』が君を選んだとなると、ね」
そう言ったミストラはなぜか嬉しそうだった。
笑みとまではいかないが表情は緩み、懐かしの思い出に浸っているように少女の目には映っていた。
(やっぱり変だよ…)
「ねえ、仰さんって大切な人なんだよね? 死んじゃったんだよ……。悲しくないの?」
気付いた時にはもう遅く、込み上げてくる感情に任せてつい説教じみたことを言ってしまっていた。
しかし彼ら彼女らは何を怒るでもなく逆に『死』の捉え方、そして『命』のあり方を少女に説く。
「そういえば封書にあったね。君は特殊な生まれ方をしたみたいだけど僕たちは古代樹がある限りまた産み落とされるんだよ」
「ちなみに生まれ変わった人に前世を思い出させるのは御法度でござる」
「自分は何度も大切な存在の死を見届けてきた。故に死別に対する感覚が麻痺しているのかもしれない」
落ちては芽吹く果実の如く、一定の周期で訪れる生と死。
『命の再利用』と言っても過言ではない歪な世界のあり方に違和感を感じながらも、世界の真理を説かれた少女は話を聞きながら涙を流していた。
虚脱感に飲まれ涙を流す露零、そしてそんな少女にミストラは無情にもさらなる現実を突きつける。
「どうしたの? 死ぬことは何も悲しいことじゃないよ」
涙とは感情の極みだ。
『喜・怒・哀・楽』全ての感情は共通して涙へと繋がり得る。
『涙から生まれた存在』なだけに溢れ出る感情のコントロールがままならない露零《
ろあ》だったがそんな少女を見兼ね、心紬はスッと少女にハンカチを差し出す。
「もう大丈夫です。後のことは私が話しますから」
ハンカチを受け取り涙を拭う少女を心紬は一旦休ませると、今度は彼女が少女に代わって話を進める。
「次は私から話させてもらいます。私の言葉は藍爛然の言葉だと思ってください。先の襲撃で得た情報です。敵の全貌は野良と滅者の連合組織、目的は宝玉の奪取と判明しています。こちらの要求は――」
「――滞在許可、といったところかな? ……とは言っても二分して手が足りていない状況だしね。武者修行と同様の扱いなら許可を出せるよ」
武者修行、すなわちここに来る前に受けた座禅を毎日受けることになるのだろうか。
露零は実際に体験した座禅の過酷さに考え悩んでいたが、彼女は一切迷うことなく「ではそれでお願いします」と即答する。
話が円滑に進み、無事滞在許可を得ることに成功した二人は互いにアイコンタクトを交わし、露零は複雑そうな表情、心紬は満足そうな表情を浮かべていた。
水鏡組が話すべきことは今のところこれで全部、流れからしてこのままお開きになるはずだったが『ある人物』がそのお開きに待ったをかける。
「拙者からも一ついいでござるか? 速報の瓦版について、あれはミストラ殿が誤報を流させたでござるか?」
(そういえばどうしてだろう)




