第二章7話『座禅』
そんなことを考えながら歩いているとすれ違う通行人たちは二人のことを『迷子の保護者探し』とでも思ったのか、視界が少しでも開けるように気を利かせ、皆すれ違いざまに速足になる。
しかしそんな風に思われていると知らない少女は「みんな避けていくね、なんでだろ?」と詩音に尋ねる。
「さぁ、拙者に聞かれても困るでござるよ」
彼女は頭の回転が速くはない。
それは露零の『知識不足』と欠点が遠からずの関係にあった。
そんなミスマッチな相性の二人は目前にお寺のような建物を見る。
「あっ…あそこでござる……」
詩音はこれから座禅する寺を見るや声を震わせながらそう言うと露零の小さな背中に身を屈めて隠れる。
そんな彼女の姿に少女は(わわっ、隠れたいのは私の方なのに…)と、彼女のダメさ加減に呆れていた。
いつもは露零がダメダメなだけに自分よりもダメな人物が現われたことで客観的に物事を見ることができるようになったようで、少女は恐る恐るではあるがゆっくりと歩いていき、寺の中へと入っていく。
「お、お邪魔しま~す……」
寺に入ると中は静まり返っていて、座禅を受けていた先客の男女二人がお坊さんの前で正座していた。
一足早く座禅を組んでいる先客達は二人が入ってきた気配に心を乱したようで、お坊さんに容赦なく滅多打ちにされていた。
「いっ!」
「ぐっ!」
先客の男女二人組はその後も平常心を取り戻すことができず、滅多打ちにされていたが「ちょっと待ってください! これじゃあ集中できませんってば!!」と女性がお坊さんに必死に訴える。
「あのお坊さんが持っている棒は警策と言って拙者達のことをぽかすか叩いて来るんでござるよ。先客がいるみたいでござるな――ってあの後ろ姿は……」
「南風さんの知ってる人? あれ、あの後ろ姿って……」
必要最低限の声量で会話する露零と詩音。
二人は先客の後ろ姿に見覚えがある様子だったが、座禅服を着用している二人の後ろ姿だけでは確信が持てなかった。
しかしお坊さんの滅多打ちに耐えかねた女性が突如立ち上がって逃げ出し、露零は彼女の姿に次第に表情が晴れていく。
「心紬お姉ちゃん?!」
「えっ、もしかして露零?! いやいや、叩かれ過ぎていつの間に気絶していたってパターンなのでは……」
目の前にいる人物は紛れもなく水鏡で終始面倒を見てくれた心紬だった。
予想だにしない場所での唐突の再会に困惑と安堵の入り混じった表情を浮かべていると、心紬も少女と同じような反応をしていた。
そんな彼女を咎めようと考えたのか、同伴していた男性も立ち上がり近付いてくると今度は詩音が反応を示す。
「もしかして東風殿でござるか??! 拙者達が一箇所にいるのは色々まずいでござるよ」
「なぜ南風がここに? 案内役は自分が引き受けることになっていたはず」
不本意にも出会ってしまった二人は気まずそうにしているとその時、一本の矢文が寺に届く。
その矢文は露零の髪を少し掠めると少女の背後の木柱に勢いよく突き刺さる。
少しでも位置がずれていれば大惨事になっていただけに、少女は(びっくりした。全然気付けなかった…それに私よりも上手)と感じ、しかし同時に(あれ、矢に何かついてる)と矢と共に飛んできた紙を手に取り読み始める。
≪東風、南風はそのまま二人を連れて一度『夜霧』に戻って来るように≫
「ねぇねぇ、南風さんも一緒にって書いてるよ?」
子供の口喧嘩のようにいがみ合っている二人に声を掛けると「ほんとでござるか? 拙者も見るでござる」、「自分のことも書かれているはず、失礼」と両者は言い、二人は少女の両端に回ると左右から手紙を覗き見る。
その一方で心紬は「もしかしてまた一からですか……?」と座禅の想像以上の過酷さに音を上げていた。
露零も先客二人に対するお坊さんの仕打ちにドン引いていたが、御爛然最強が治めていた國だということを考えればこれくらいは妥当かもしれない。
一方で、さっきまで警策を一心不乱に振り回していたお坊さんはなぜか座布団の上に座っていて、今度は微動だにしなかった。
『静』と『動』のあまりの変わりように水鏡組は驚きを通り越し、恐怖すら覚えていた。
しかし流れ的にもう一度、座禅を組まなければならないことに、四人はお坊さんに目を向けるとあからさまに嫌な顔をする。
それから露零と詩音は座禅を組むため別室で座禅服に着替え、再び戻ってくると残っていた二人は座禅を一時中断し、二人が戻ってくるのを複雑な心持ちで今か今かと待っていた。
「拙者達が座ったらもう後には引けないでござるよ…?」
「ひっ」
「覚悟を決めるしか…。二人とも軽石の準備は?」
「もう置いたでござるよ」
「また最初からですか……」
四人は顔を見合わせた後、改めて覚悟を決め再び座禅を組み始める。
傍から見ればシュールな光景この上ないが、四人は本気でこの座禅に臨んでいた。
それでも数分後にはお坊さんの持つ警策が四人の背後に迫っていた。
最初に警策の餌食になったのは詩音だった。
心紬と東風は一足早くから座禅を組んでいたからか、大方煩悩が取り払われていたようで後半はほとんど警策が二人に振り下ろされることはなかった。
「痛いでござる」
「きゃっ」
叩く人物によってお坊さんはその都度力加減を調整してはいるが、城に入る前の『清めの儀式』、そして『修行の一環』であることを考えれば多少手荒なこの仕打ちも相応なのかもしれない。
――四人の身が最後まで持つかは全くの別問題だが。




