第二章6話『出店と集客』
水鏡にいた頃と大差ない忙しなさ。
いや、それ以上かもしれないが、それでも露零は「座禅?」と疑問符を浮かべているだけでそれ自体を嫌がっている様子は一切なかった。
単に座禅なるものを知らないだけかもしれないが。
「座禅というのはでござるな。正座するだけでござるが変なことを考えてるとおっかないお坊さんに後ろから叩かれるから気を付けるでござるよ?」
説明しているときの詩音は嫌な思い出でもあるのか、引きつった表情で嫌味多めに話していた。
そんな彼女に露零はいつもの調子で「南風さんも一緒にするんだよね? もしかして苦手なの?」と無邪気に尋ねる。
悪意がないことは詩音もわかっているのだろうが、あまりにも的を射た物言いに彼女は「うっ」と言葉を詰まらせる。
それから城を通り過ぎ、城下町を歩いているとその間、座禅しに行くことが余程憂鬱なのか、詩音は無理やり話題を見つけては現実逃避するように露零にポンポン話を振る。
「風月は『新風を巻き起こす國』と呼ばれているでござるがそれは仰殿がいたからこそでござるよ。昔は『地上』と『それ以外』が険悪な関係だったと聞いたでござる。その仲を取り持ったのが仰殿というのはこの國では有名な話でござる」
彼女の話を聞いた少女は(仰さんってそんなに凄い人だったんだ)と感心していると、彼女は次に『風月の現状』を露零に説明し始める。
「城下町はまだ平和でござるが外はさっきみたいに野良が湧いてきて迷惑してるでござる。少し前まで硬直状態が続いてたんでござるがさっきのは明らかにおかしいでござる。他の戦局で動きがなければいいんでござるが…」
二人がさっき遭った襲撃は風月では日常茶飯事なのだろうか。
物静かな雰囲気の城下町だが、通行人は用心棒らしき人物を連れていたりと水鏡とは違い、どこか物々しい雰囲気があった。
そんな心配を口にする彼女に露零は出身國で起こった出来事を説明する。
「そうなんだ…。実はね、水鏡にも敵が攻めてきたの。もしかしたら風月にも滅者がくるかもしれないから気を付けて」
仮に硬直状態が今も続いているのならば、野良があんな大々的に風月が誇る精鋭部隊の管轄領土に攻め入ることはないはずだが現に彼らは攻め入ってきた。
そのことから他の戦局に(何か動きがあったのでは?)と懸念している詩音だが、そんな彼女に少女は水鏡に攻めてきたのが敵の主戦力、滅者であることを伝える。
しかし少女の心配は杞憂に終わる。
水鏡に敵が攻め入ってきたその当日、露零が三階に巾着袋を取りに行っていたタイミングで心紬が看病していた人物こそ今、少女の目の前にいる彼女だったのだ。
「拙者もその時いたから知ってるでござるよ? そういえば貴女とは会ってなかったでござるな」
「へっ? 南風さんもあの時いたの??! それじゃあ心紬お姉ちゃんってわかる? その時みんなの手当てしてた人なんだけど私ね、今その人を探してるんだ」
露零は(最初から言ってよ)と内心愚痴を零す。
一方、詩音は「恩人の名は心紬殿と言うんでござるか。残念でござるが拙者には何もわからないでござる」と、彼女は申し訳なさそうに伝える。
「そっか…」
彼女の言葉に少女も残念そうにする。
やはり初めての土地で『最も気を許せる人物』が長時間見えない状況は不安になるのだろう。
友人と呼べるかはともかく風月の住人、詩音とも一応打ち解けてはいるが、それでも露零の不安を完全には拭えなかった。
そんなことはさておき話は変わるが風月の城下町、そこで生活する住民をざっと説明するなら刀を携えた者が多いことだろうか。
彼らの服装は侍のような服装で編み笠を被っていたり、和服だったり、孔雀をモチーフにしたハイカラな服装だったりと様々だった。
彼らは大抵用心棒を雇っていて、同性二人なんてのもざらだった。
通行人は基本二人組が多く、二人組のうち一人の服装は侍のような服装で編み笠を被っている。
孔雀を彷彿とさせる三色以上で作られた派手さ重視の服装は主に女性が着用していて、その服装を見た露零は(わっ! 目がチカチカする)と感じ、少女の趣味には合わなかったようだ。
そうして通行人から目を逸らせた少女は次に建造物に目を向ける。
風月城下町の特徴は出店が多いことだろうか。
水鏡のように実店舗があるわけではなく、言うなれば人力車のような移動式屋台が最もしっくりくる。
そしてその屋台主たちは今、必死に声を張り上げ集客していた。
「さぁさぁ! 日替わり用心棒なら最大派遣店が安全さ。名だたる猛者が多いこの國風月、中でも選りすぐりの腕利き用心棒を旅のお供に是非どうだい」
「ウチの立ち食いそばはそんじょそこらのそば屋とは訳が違う。いつもなら連日満席だが今日は特別、告知なしのゲリラ開店だ。一押しメニューの『十割そば』は舌鼓を打つこと間違いなし」
「さぁさぁ皆さん風月を楽しむ品々はいかが? 『座禅』に『お月見』、まだまだ見どころ盛りだくさん! これさえあれば楽しみ倍増間違いなしってね」
「お面のハンドメイドを請け負っているのはウチだけさね。消耗品ゆえ予備を常備することをお勧めするさね」
「著名の詩人が書き綴った詩歌を取り扱っているのは有為で唯一ここだけさ。この一文が胸に響いて貴方の今後は豊かになること間違いなし。今作は過去一の出来だって『ねえさん』のお墨付きだよ」
風月の商人たちはみな積極的に呼び込みをしていて、声が聞こえた屋台はどこも呼び込みを開始してすぐに人だかりができていた。
(凄く賑わってる…。心紬お姉ちゃんが見つかったら一緒に来たいな)




