第二章3話『異質な炎』
「それ私のやつだよ。お星さまと雪の模様がそこにあるもん!」
露零の反応は最もだろう。
南風という女性はどこから持ってきたのか突然黒のフード付きマントを身に纏い始める。
それは以前、露零が身に着けていたもので、そもそも着て来ていないそれは藍凪の自室にあるはずのものだった。
だからこそ、この場にあるはずのないものが存在するという目を疑う事実に理解が追い付かない少女は付喪神や呪物、あるいはポルターガイスト現象などを目の当たりにしたような、背筋が凍りつくような感覚に襲われる。
「勝手に拝借してすまないでござる。倒れている貴女と一緒に見つけたんでござるよ。拙者が囮になってる間に貴女は火を何とかしてほしいでござる」
そう言い残すと彼女は着用した黒いマントのフードを深くかぶり露零の返答を聞くより早く、今いる小屋のある中間地点より上に登ると崖下と同様に絶壁から横向きに生える木を猿のように飛び移りながら敵の注意を一身に引き受ける。
「う、うん」
(南風さんが引き付けてくれてる間に早く火を消さないと…)
詩音が絶壁に生える木を飛び移りながら上へと登っていくその間に露零は思考を巡り巡らせ、自分なりの方法で消火を試みる。
皮肉にも敵の攻撃のいい的となり、薪の役割を担った木造小屋が最初の着火箇所となった。
さらに環境要因ではあるが強風によって激しく燃え広がる炎に矢を打ち放ち、氷結による封じ込めを試みる少女だったがこの炎は普通の炎とは少し違っていた。
露零が炎に向かって矢を放つとなぜかその炎は火花を散らして突如弾け、表面を覆う氷を内部から破壊する。
炎が意思を持っている、そう思うのも無理がない想定外な事態に何が起こっているのかわからない少女はその後も何度か矢を放つ。
しかし何度炎を凍らせてもことごとく表面の氷を破壊し、絶えず燃え続ける特殊な炎に露零は早くも打つ手を失いつつあった。
「……っ、なにこれ?! この火、なんで凍らないの…?」
水と油の如く拒絶反応を示す炎に大苦戦を強いられる露零。
少女は次に氷結以外の消火方法を模索する。
しかし頼みの綱である小屋は現在激しく燃え上がっていて、消火に使える道具を探すことができないこの状況。
敵が遠距離からの攻撃手段を持っている以上、唯一反撃の手段を持つ露零がこれ以上炎に時間を割くわけにもいかず、少女は周辺をぐるりと一周見渡した後、小屋の後ろにある絶壁を見上げ、なにか消火できるものはないかと目を凝らす。
――――するとその時、少女の目にある物が留まる。
(あれならきっとこの火を消せるはず…。それには南風さんに手伝ってもらわなくちゃ)
露零が目を付けたのは動く的のように矢から逃げる詩音のさらに上、そこにある巨大な岩だった。
あと少し動かせば落下しそうな位置にある岩だが、その石一つ落とすのにもいくつかの条件が必要だった。
まず一つ目にその岩を動かせるだけの腕力。
少女が詩音に手伝ってもらおうと考えたのがこの力作業だ。
しかし少女はともかく彼女も華奢な体格の女性のため、必ず岩を動かせるという確証はない。
二つ目に向かいの山から受ける弓矢による攻撃、それを今度は彼女から逸らせなければならない。
おあつらえ向きにも露零の愛用武器も弓矢と敵らに対抗できる代物だ。
だからこそ弓矢を用いての攻防を少女自ら仕掛け、敵の攻撃を一身に引き受けることで役割交代しなければならない。
この二つをクリアして初めて第二の消火作戦を実行に移せるのだが、それにはまず詩音と意思疎通を図らなければならない。
そのことも考慮すれば必須条件は以上の計三つだろうか。
(お姉ちゃんの妹だもん)
「私だって――」
その一方で、絶壁から生える木々を飛び移りながら巧みに矢を躱す詩音はいつまで経っても炎が消えないことに「焦り」と『違和感』を覚えていた。
(露零殿が炎を凍らせてるのは何度も見てるでござる。妙でござるな)
底なしの体力を思わせる一切疲労を感じさせない動きで次々と矢を躱していく詩音。
「野生の感」と「反射」の合わせ技、そして『自由な可動域による変則的な動き』が強みの彼女にとって、ここは彼女が最も地の利を得やすい場所だった。
しかし矢を避け続ける彼女は自身に向けられる攻撃に徐々に危機感を覚え始めていた。
「射手の精度が上がってきてるでござる。追手がいるのは分かっていたでござるが向かいの山は風月が誇る精鋭部隊が固く管理していたはず、もしや陥落したでござるか?!」
――――そう。
二人が今いる場所は、真向かいにある山を自陣とすることで初めてその真価が発揮されるのだが、そこが敵の手に落ちれば一転して逃げ場のない無防備な格好の的へと成り下がる。
二人は今、まさにその逃げ場のない隠れ家で圧倒的に不利な防戦を強いられているのだ。
その時、一本の矢が先の時間で詩音を捉え、癖から法則を見抜かれた詩音は飛び移った木の先で迫り来る矢にこれまでは見せなかった焦りの表情を見せる。
「拙者の動きを予測し始めてるでござるな。タイミングもだんだん合ってきたでござる」
(……っ! 拙者は、まだ――)
矢が詩音に接触するその瞬間、下から垂直に飛んできた空色の矢がその矢を弾き、驚いた詩音は思わず真下に目をやる。
すると下では生地ロールを使って作られた上の文字が目に留まり、彼女は頭上を見上げた後、再び視線を落とすと手合わせしてお願いのジェスチャーをする露零にアイコンタクトを送り少女の意図を的確に汲み取る。
詩音と目が合ったことで一つ目の問題彼女との意思疎通を図ることに成功した露零は次に矢を具現化し、向かいの敵目掛けてその矢を放つ。
「南風さんが岩を落としてくれるまで私が攻撃を引き付けなきゃ」
作戦の立案者としての覚悟を決めた露零は自身が攻撃の対象となるようを用い、敵の位置を正確に把握すると矢を放ち反撃に打って出る。




