第一章52話『奇襲』
「確かにあんたらの言う通りやわ。前後が逆になってしもうたけど何もウチは一個人を忖度してるわけやない。同じくらいあんたらのことも大切に思っとるよ。せやけど第一印象はみんな同じやない。てなわけやからウチはあの子の居場所を作る必要があるんや」
彼女がこれまで行っていたことを一つ、今挙げるならそれは古代樹から生まれた生命の『迎え入れ』だ。
城内がやたら広いのも、生まれたばかりの幼子を城に招き入れ水鏡の一員として里親が見つかるまで面倒を見るためだ。
この場にいる者達もそうした過去を経て今があるため、理由を知った今、彼らは伽耶の行動に納得したようで、次第に住民たちは城下町へと戻っていく。
「――私の時もそうでしたが伽耶様は苦境に立っている人ほど手厚い待遇ですよね」
「ん? 無意識のうちに差が出てるんかもしれへんけどさっき言うたことは本心やで」
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その一方で藍凪を出た二人は現在、未開の地を歩いていた。
日差しすら遮る森の奥深く、そう表現しても何ら不思議ではないこの場所は露零が体質変化によって得た『遠視』を以てしても少し先が見える程度だった。
「魔獣と戦ったときにぐちゃぐちゃになったはずなのに元に戻ってる!」
「それは古代樹があるからですよ。古代樹は『命の母』ですから」
以前、燦と対峙した際は彼女の力『炎』が明かり代わりになっていたが今この場に明かりなどは一切なく、露零は不安と恐怖に胸が締め付けられる思いだった。
不安からか、少女は「ねぇ、ここって最初に心紬お姉ちゃんと出会ったところだよね?」とついつい彼女に尋ねる。
夜を思わせる森の恐怖に耐えきれず、少女は何でもいいからとにかく人と会話してこの不安を和らげようと考えていた。
この時、心紬は目が慣れたのかきびきびと歩き進んでいた。
しかしさっきまで隣を歩いていたはずの露零がいないことに気付くと彼女は振り返る。
すると後方で右往左往している少女の姿が視界に映り、彼女は驚く。
目隠しでもされているのか? と思えるほど木にぶつかったり、小石に躓きかけたりする少女を見て少し不憫に思い、彼女は持ってきていた蝋燭に火をつけるとそれを手持ち燭台に乗せ、「こっちです」と露零を呼ぶ。
「同じですがあれはですね、露零が生まれたてだったからですよ。識変世界で体験したのは本来の過程なんです」
「あっ、そっか…私はお姉ちゃんの『涙』から生まれたから……」
そう言って少女は罪悪感を瞳に宿し、俯いてしまう。
――滅者は言葉を求めている。
魔獣討伐後、天爛然によって明かされたその内容は、露零も決して例外ではない。
ならば少女の求めている言葉とは一体何だろうか。
「違います、違いますよ! 私が言いたいのはあの石畳と川が見えるのは生後間もない子供だけという話で……」
少し気を抜くとすぐに少女の地雷を踏んでしまい、心紬はそのことを謝罪すると軽率な発言を反省し、悩んでしまう。
傍から見ても分かるくらい彼女は真剣に考え込んでいて、そんな彼女の姿に少女は申し訳なさを感じていた。
そんなしんみりとした空気の中、二人を付け狙う人物が短剣を鞘から抜き背後から二人に忍び迫る。
「やれやれ、そんな少人数で本拠地に乗り込んで来るとか死んでも文句言えなくね?」
次の瞬間には二人揃って背後を取られ、水鏡組は野良二人に首元にナイフを押し当てられていた。
一瞬の出来事に心紬はまだ点けたばかりの蝋燭を地面に落としてしまい、再び辺りは漆黒に包まれる。
「私怨はないけどちょっちしつれ――――い」
「脇が甘いです! シエナ直伝の脱出術を甘く見ないで下さい!」
背後の男性はそう言って漆黒の中、勢いよくナイフを振り上げる。
しかし、心紬は背後からの拘束を難なく抜け出すとすぐさま彼と距離を取り、腰に携えた刀を抜刀すると振り返った彼女は目前の男性を切り伏せる。
「ぐはっ」
「はっ、露零は?! 大丈夫ですか??!」
「――心紬お姉ちゃん、何があったの…?」
脱力した声だった。
その言葉に心紬が少女の背後を覗くと、露零を拘束していた男性は見事なまでの氷の彫刻と化していた。
それは少女の『氷結』の力そのものの効果だが、にもかかわらず『何が起こったのかわからない』と露零は言い、記憶が混濁しているようだった。
襲撃の可能性があることは分かっていたが、まさかこんな浅い場所で襲撃を受けるとは思っていなかった心紬は(この調子で襲撃を受け続ければこっちの身が持たない)と危機感を感じ、一層気を引き締める。




