表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御爛然  作者: 愛植落柿
第一章『水鏡』
49/276

第一章48話『五人目』

「ではそれを二組もらえますか? お代の徴収は藍凪あいなぎへお願いします」


「はいよ」


心紬みつお姉ちゃん、ほんとにいいの?」


 即断即決という、あまりにも勢い任せな買い物に思わず露零ろあは先輩を止めようと声を掛けた。

 しかし心紬みつは「()()()が言うなら間違いないので大丈夫です」と言葉を返し、まるであの胡散臭い店主を信頼しているような口ぶりだった。


 購入物の目星を予め付けていたわけではない。

 たまたま運よく需要ある品を購入できたことに感謝しながら、二人は帰城きじょう後すぐに心紬みつの部屋へと足を運んだ。

 そのまま夜を待たずして秘密の女子会を開催した二人は水鏡すいきょうを出発する日時や風月むこうに着いてからどうするかなど、最終打ち合わせを雑談交じりに話し合う。


「――――それでですね、私としては明日にでも水鏡すいきょうを出たいと考えているんですが露零ろあはどうですか?」


「うん、私も明日でいいと思う。あれから五日も経っちゃったし早く伝えなきゃだから」


「ですが先日襲撃してきたのら未開みかいを拠点にしています。なので移動中に襲われる可能性もないとは言い切れません」


 先輩従者の出発案は実に的確で初速もあった。

 それは露零ろあの肯定的な返答からも明らかだ。

 だがその一方で危険な側面も孕んでいるのもまた事実。

 気付いた者が問題提起するのはごく自然な流れと言えるだろう。


 言われて初めて気付くとはまさにこのことだ。

 心紬みつは懸念の一つである()()()()()()を自ら率先して切り出した。

 その意図は対等な立場で話をするためである。

 露零ろあはその事実に思わず身震いするも、(いまさら後に引けない)と思い直すと「それでも明日の朝に行こ?」とここで出発日時を確定させる。


「わかりました。それでは伽耶かや様とシエナには私から伝えておきますね」


「あっ、それでね。私風月わたしふうげつのこと何にも知らないの。だから色々教えて欲しいな~って」


「実は私も水鏡すいきょうを出たことがないんですよね。なので露零ろあおんなじです」


 日の高いうちから始まった女子トークはまだ中盤にすら差し掛かっていなかった。

 共通点を挙げ、対等な立場での会話を心掛ける心紬みつは続けて「ですが昨日助けたお客人の中に風月ふうげつの方がいたので風月むこうに着いたら尋ねてみましょう」と言い、それが後に露零ろあの睡眠意欲の妨げになってしまうということに心紬かのじょが気付くことはなかった。


 話が円滑に進んだことでこのまま順調に行けば明日にはこの國、水鏡すいきょうを発つことになるだろう。

 出発日時が確定したことで(今日が藍凪あいなぎにいる最後の日なんだ)と実感した露零ろあは急に別れ惜しくなったのか、(行く前にお姉ちゃんやシエナさんと話したいなぁ~)とそんなことを考えていた。


 そして考えてから「心紬みつお姉ちゃ――」と言葉にするまで時間にしてほんの数秒。

 すでにそこに心紬みつの姿はなかった。

 以前、二人で伽耶かやを置き去りにした廊下とは違い、まさか心紬みつの部屋でそんな置いてけぼりを喰らうとは思っていなかった露零ろあは(みんな自由でいいな)と純粋に考える。

 同時に「これってこのまま出て行っちゃだめだよね?」と、自身の退室で他人の部屋を空室にすることに露零ろあは少なからず抵抗感を抱いた。


 このまま部屋を出ていいのかわからず、仕方なく露零ろあは先輩従者の部屋に留まることにすると、そのまま室内を軽く見渡す。

 目に見てわかるものだけでも心紬の部屋には自室とは違う特徴がいくつかあった。


 一つ例を挙げるなら、他の部屋は足の短い机が一つだけなのに対して彼女の部屋にはそれとは別で勉強机もあった。

 以前訪れた時にはなかったことからおそらく収納できるタイプのものなのだろう。

 今は一人とはいえ、あくまでここは他人の部屋のためむやみやたらに室内を荒らすわけにもいかず、露零ろあは部屋に置いてあるもののみを見て回る。


 勉強机の上には小難しそうな医学関係の書物や癒し効果のある流水音が流れる()を模した置物が置いてあり、露零ろあはその川の置物に興味を示すと先輩従者が戻ってくるまでの間、流れる川の置物だけを興味深そうに眺めて時間を潰す。


 鑑賞用としても楽しむことができ、川のせせらぎのような音を楽しむこともできるその置物に見入り、聞き入っているとしばらくして部屋の外から複数人の話し声が聞こえてくる。

 声の主は城主にして姉でもある伽耶かやを始め、先輩従者の二人。

 心紬みつが戻ってきたことに一早く気付いた少女は慌てて椅子に座ると何食わぬ顔で三人が部屋に入ってくるのを(色々見ていたことがバレませんように)と胸中で祈りながら今か今かと緊張して待つ。


「――――でですね、私たちが風月ふうげつに行く前に露零ろあと話してあげて欲しいんです」


「別にええよ。あんたもこのタイミングで()()渡すつもりなんやろ? 珍しくシエナも心許しとるみたいやし明日のことはウチらに任せとき」


 胸中での祈りは無意識のうちに現実の姿勢にも表れていた。

 その証拠に待機する露零ろあはわかりやすく正座していて、他人に部屋を勝手に見て回ったことに対する罪悪感からバレてないかと恐る恐る聞き耳を立てる露零ろあが聞いたのは警戒に反してただの談笑だった。


 安心したのも束の間に、ガラッと障子が開く音とともに連れ戻ってきた心紬みつ、そして伽耶かやとシエナの三人は部屋に入るなり早速露零ろあに話し掛ける。

 しかし直前まで他人の部屋を見て回っていた露零ろあにとって、それは望まぬ展開でしかなかった。

 だからこそ(お姉ちゃんたち気付いてないよね…?)という不安が一瞬にして少女の心を埋め尽くして次第に表情が強張った。


「ちょこんとしとるなぁ。ウチから話題はなし振ってもええけど、なんや話したいことあるんやったら聞くで?」


 伽耶かやの第一声は少女が警戒していた問い掛けではなかった。

 しかしまだ懸念材料がなくなったわけではなく、雑談感覚の軽いタッチがかえって露零ろあの不安を煽った。

 

(話したいことって言われても…)


「今はないかも。それより今日はお姉ちゃんの話を聞きたいな~って」


「全然ええよ。でもそうやなぁ、四人に共通する話題わだい言うたらあんま無いけどせっかくやし()()()の話でもしよか」


「五人目なんているの? もっと早く知りたかった」


 言葉を交わせば交わすほど、次々と出てくる新情報にさっきまでの不安はどこへやら。

 露零ろあの脳内はかつてないほど活性化していた。

 今この場にいるのは露零ろあ伽耶かや心紬みつ、シエナの計四人。

 この中で唯一、露零ろあだけが五人目の存在を知らなければその人物像さえわからない状態なのだ。

 そう考えると好奇心を刺激された少女が興味を強く持つことにも納得がいく。


「あんたが知らんのも無理ないわな。青梗せいきょう露零あんたが生まれるよりずっと前に水鏡ここを出てるんや。顔出すように伝えてはおるけどあの子は今、他國よそもんと一緒におるから会える保証はせえへんで」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ