第一章46話『許可』
場面は水鏡を出た未開に移り、ついさっき滝武者を襲撃した主犯格の女性は水鏡組二人が洞窟内で対峙し、勝利した末弟を連れて、手にした球体の宝石を興味深そうに眺めながらどこかに向かって歩いていた。
「僕の方は全然ダメだったけどそっちはどう? なにか手応えあった?」
「まず私は救われて死にたいなんてこれっぽっちも思ってないんですけど。野良も弱すぎて話にならないし帰ったら文句言ってやるから」
「ねぇ、ずっと気になってたんだけどその手に持ってるのは何? 兄さんから奪取命令でも出てたのかな」
「せーかい、トップの目的に興味ないけど生は娯楽理論は割と的を射てると思うし好きなわけ。でもあいつのことだから神殺しとか考えてそうでマジ笑えるんですけど」
「確かに。敵情視察に次点の姉さんを割り当てるあたり、我が兄ながら相当なやり手だと思うよ」
滅者No2である女性の肝の座り方は伊達ではなかった。
そんな頼もしすぎる長女を盾に、日頃からこき使われていることで溜まりに溜まった鬱憤から、他兄姉がいないのをいいことに末弟も好き放題に愚痴を吐くとそのまま水鏡を出た二人は未開の奥深く、深緑のさらに向こうへと消えていく。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そして場面は再び水鏡へと戻り、怪我人全員を城内に招き入れ手当てをし終えたその翌朝。
全員故郷に帰ったのか、露零が目を覚ました午前十時頃には城内はすっかりいつもの日常に戻っていた。
そんな静かな日常を肌で感じながら廊下を歩く露零はいつも以上に多忙そうなシエナと何度も廊下ですれ違いながら、三階にある伽耶の部屋へと向かっていく。
露零が伽耶の部屋に向かっているのにはちゃんとした理由がある。
一昨日の夜に行った大規模治療が完了した後、一階で仲良くそのまま一夜を明かした水鏡主要メンバー四人の中で、唯一シエナだけが意識を取り戻してからすぐに二度寝していた。
残った三人はその後もしばらく会話を続け、主君である伽耶は従者二人に翌朝になったら部屋を訪ねるよう指示を出していたのだ。
部屋の前に到着すると室内からは僅かに漏れた話し声が聞こえ、露零は聞き耳を立てながらタイミングを伺い、障子越しに一声掛けるとそのままそーっと障子を開けて部屋に入っていく。
「お姉ちゃん入るよー。ねぇ、私と心紬お姉ちゃんに話したいことって?」
露零が部屋に入ると、すでに室内にいた伽耶と心紬が何やら仲良さげに談笑している最中だった。
そんな二人は少女の入室に気付くと伽耶は一旦会話を止め、手招きして露零を話の輪に混ぜるともう一度、一から再度説明を始める。
「おお、今まさにそのことについて話しとってん。まず改めて礼を言わせてもらうわ。昨日はほんまおおきに」
「えへへ、どういたしまして」
先日に引き続き、まだ伝え足りない感謝をされた露零は照れくさそうな仕草で言葉を返すと伽耶は次に昨日起こった出来事、その詳細を遅れて現着した露零メインで共有する。
「それから昨日のこともあんたらに共有しとくわ」
「……っ、それは私もずっと気になっていたんです。二人が満身創痍で帰ってくるなんて一体何があったんですか?」
すると伽耶は思い出すことも苦痛なのか、一瞬表情が強張るも國長として不安を振りまくわけにはいかない思い直すと重たい口をゆっくりと開き、事態の全貌を語り始める。
しかし彼女が語ったその全貌は、この世界有為の概念を根底から覆しうる内容だった。
「あんたらは知らんかもしれへんけど昨日遭うた爆弾の娘は人やない。体内にちょっとでも水分があったらウチの水が作用するんや。例えるんやったら福助みたいなもんやな」
「私と心紬お姉ちゃんもその人と会ったよ。それってお人形さんのことだよね?」
「あんたらも会うてたんか。まぁそれはそうとしてや、その福助人形なんやけどウチの刀が一回も通らんかってん。打っても切っても全然手応え感じひんかったからあんたらも気ぃ付けや」
この時、伽耶の胸中では己の不甲斐なさや無力感といった自責の念がいくつも渦巻いていた。
しかしその語り口調は渦と渦との合間に存在する静水のように極めて穏やかで、二人はつい聞き入るとそれのみに意識が没頭する。
彼女がこれらの情報を共有したのはなぜなのだろうか?
再び攻め入られることを懸念してなのか、あるいは反撃に打って出るためか。
しかし、その理由は後に彼女の口から直接説明がなされる。
「それで伽耶様、さっきの話はしないんですか?」
「わかってるわ。せやけど時系列も大事やろ?」
愛しの従者に催促されたことで反射的に言葉を返し、心紬は(言われてみれば確かに)と考え直すと主君が話始めるのを今か今かと心して待つ。
その一方で場の空気が乱れたことを理解した伽耶は十分な間を置き、数秒間の沈黙を経て再び場を整えると頃合いを見計らっていざ、本題を切り出す。
「――――露零、風月に行ってもええよ。心紬のことも連れてったって」
「へっ?」
それはあまりにも突然のことだった。
魔獣と対峙してから今日で四日目、何の前振りもなく突然伽耶からの許可が下りたのだ。
何の脈絡もなくこれまでとは真逆のことをいきなり言われ、露零は思わず(えっ、なんでいきなり?)と何か裏があるのではないかと勘繰り、言葉そのままに素直に受け取っていいものかと内心、頭を悩ませる。
「そういうことです。よろしくお願いしますねっ♪」
露零が困惑するのも当然だろう。
前後の会話など全くなく、どういう経緯で伽耶の考えが百八十度変わったのか。
露零としてはもう少し詳しく知る必要があり、「どうして急によくなったの? 私、まだお姉ちゃんのこと手伝えるよ?」と質問ついでにその真意を探る。
すると伽耶の答えから先日の敵襲による見えない被害、その一つが浮き彫りとなる。
「あ~それはな、ある物を奪われたからなんや。あの爆弾の娘な、ウチとシエナの前から堂々と宝玉を奪って行きおってん」
「あのまるいの? あれってそんなに大切な物だったの??」




