第一章44話『完全敗北』
「……言わなくてもわかってます。彼は助けることができる、露零は誰も死なせたくないと思っているんですよね?」
「うん、心紬お姉ちゃんありがとう」
言わずして気持ちを汲んでくれた心紬に感謝を伝え、待ち受ける刺客を見事切り伏せた二人はさらに奥へと進んでいく。
するとしばらくして洞窟の奥から再びド派手な爆発音が聞こえ始め、色んな意味で胸騒ぎのした二人は急いで最深部へと向かっていく。
「シエナ! シエナ!! 怪我はありませんか?!」
「シエナさん大丈夫??!」
二人が駆け付けた洞窟の最奥は一本道の通路とは違い、奥行きのある空間が広がっていた。
しかし一本道を歩いている間に聞こえただけでも相当数だった爆発音。
完全崩落を危惧する二人の目の前に、伽耶に肩を貸した満身創痍のシエナが現われる。
「二人とも…今すぐ逃げてください。まだこの場には――」
崩落を危惧しているも、引き返さずこの場で話を聞くという矛盾。
そうこうしている間に爆発によって天井はどんどん崩落し始め、今日一日快晴と出ていた天候が局所的に「雨」ならぬ『砂利』へと様変わりする。
目を開けることもままならない降ってくる砂利に露零は視界を遮られるも、この場においては打つ方向さえわかっていれば問題ない。
これまでと比較して、天井という大きな的に当てさえすれば後は氷結が伝播するため、少女は矢を打ち放つと完全崩落してもおかしくない天井に走る亀裂を止めようと試みる。
(お願い止まってお願い止まって)
「お願い、止まって――」
矢を打ってから対象に貫通し、消え失せるまでの刹那で胸中を含めて合計三回呟いた願い事。
それは少女の潜在能力を最大限に引き出す希望の星となり、天井全体に伝播した大規模氷結によって崩落が一時的に収まると四人はそのまま脱出して難を逃れる。
その後、外から様子見をして安全だと判断すると気を失っている伽耶への肩貸しを心紬が引き受け、露零は率先して出口まで姉と先輩従者を誘導すると彼女らは命からがら洞窟からの脱出に成功する。
滅者が同じ洞窟内にいる中で、何も仕掛けられなかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。
しかし、他にもまだ不安要素は残っていた。
まずは一本道の通路で対峙した少年の姿をした滅者。
彼の姿が脱出時にはどこにも見当たらなかったことだ。
同時に崩落で塞がれた一本道の通路も元通りになっていたことから、おそらく彼も脱出したのだろう。
次に歩行もままならない程の重傷を負った伽耶の容態だ。
彼女は外傷以上に内部へのダメージが酷かった。
爆弾なるものは水中で爆発すればその威力は段違いに跳ね上がってしまうものだが、これまで何度も聞こえた爆発音から地雷も併せて使用していたのだろう滅者に彼女が有する固有の力水は返って不利に働いていた。
「ツートップって聞いてたんだけど弱すぎて笑える。他もこんな感じだったらマジ拍子抜けなんですけど」
月明りを背に浴び、崖上から大滝を見下ろす謎のシルエット。
彼女が発したその美声は洞窟を脱出した四人へと向けられていて、水鏡主要メンバーを待ち受けていたのはさっき外を任せた女性でも二人が知る滅者でもない第三の人物だった。
彼女の風貌はセミロングの黒髪に、人を見下すようなジト目の黒い瞳。
服装は黒のへそ出しインナーシャツにジーンズを着用していたが、どこか骨格に違和感がある。
そして服とは別に巻かれた大きいベルトにはビー玉よりも一回りくらい大きな黒い球体が複数個付いていて、恐らくそれが今回使用された爆弾なのだろう。
言動からもわかる高飛車なその滅者は神秘的な淡い光を放つ球体の宝石を手中に収め、洞窟から出てきた四人を高みの見物をしながら嘲笑っていた。
彼女が手中に収める宝玉について知る心紬は手負いの主君を地面に下ろすと唯一戦力になりそうな後輩従者に「あれはこの國の宝なんです、出れますか?」と小声で尋ねる。
相棒にそう言われては断る理由がなく、二人は互いに武器を構えるも、滅者はそんな二人を前に突如背を向け退散するそぶりを見せ始める。
「今日はこれが目的だし底辺と戦う気なんてないから。じゃあね」
「逃げられるなんて思わないでください! 絹流――」
吐き捨てるような彼女の声色に、もはや興味など微塵も感じられなかった。
それは水鏡に住まう者にとってこの上ない侮辱行為であり、生まれ育った故郷や敬愛する主君、気の合う同僚に危害を加えられたという事実に心紬の怒りは最頂点に達していた。
しかし彼女が一歩踏み込むと次の瞬間、遥か崖上にいる滅者は勝敗は決したと言わんばかりに口角を上げる。
直後、突如地面が爆発し、その隙に滅者の女性は振り返ることなくこの場を去っていく。
「滅者」と『水鏡組』との距離は『地上』と「崖上」とでかなりあったが自身が爆発に巻き込まれないためか、派手な爆発に対して足止め程度と比較的威力が低かったため、心紬は爆煙を切り払うとすぐさま滅者の後を追おうとする。
「心紬お姉ちゃん待って、先にみんなの手当てをしないと……」
しかし平常心を失った先輩従者に待ったを掛けたのは今、この場で一番冷静に、俯瞰して物事を見ていた露零だった。
少女は怒りで回りの見えていない心紬を呼び止めると伽耶とシエナに目を向けた後、さっき外を任せた女性を指差す。
二人はその女性と洞窟に入る前にいくつか言葉を交わしていたのだが、その時と比べて目に見える大怪我をさらに負っていて、今では意
識なく横たわっている彼女の姿を見た瞬間、外で何が起きていたのかを心紬は悟った。
「きっと一人でみんなのこと守ってくれたんだよ。今ならみんな助けられるはず…だよね?」
そんな淡い期待を宿した純真無垢な眼差しを向ける少女露零。
しかし心紬は少女とは反対に、暗く沈んだ表情で絞り出したように呟く。
「ここにいる人を全員助けるには私達だけじゃとても人手が足りません…一体どうすれば……」
「そんな……」
改めて滝武者の被害を見てみるとざっとパッと見ただけでも目算数十人は身動きの取れない者が倒れていて、運ぶにしろここで手当てするにしろ人手が足りないのは誰の目にも明らかだった。
そんな絶望的な状況の中で何から手を付ければいいかも分からず、呆然と立ち尽くす二人のもとに再びシエナが現われる。
傷だらけで立っているのもやっとの様子の彼女は予め下準備してこの戦闘に臨んだのだと二人に伝え、後のことを一任する。
「はぁ…はぁ……。もうすぐここに全員を運べるだけの猫が来ます。全員一度、藍凪に迎え入れてください」
「でもさっきは入れなかったよ?」
「今なら大丈夫なので後のことはお願いしま――」
それは一矢報いるための最後の意地とも言えるものだった。
その功績は格上相手にジャイアントキリングを決めるより遥かに大きく、シエナは最後の力を振り絞って希望を告げるとそのまま意識を失ってしまう。
すると今度は彼女と入れ替わりに、どこから湧いたのか無数の和猫が突如として滝武者周辺に現われる。
その和猫たちは次々に駆け抜けていき、藍凪まで川のような流れを作るとまるで動く歩道のようなその流れに横たわった怪我人たちは見る見るうちに流されていく。




