第一章42話『新たな敵』
飴玉をもらった露零はその場でパクッと食べると頬を飴玉で膨らませながら心紬と同い年くらいの男性に話を振る。
「お兄さんって心紬お姉ちゃんのことよく知ってるの? もっと心紬お姉ちゃんのこと知りたいから教えて欲しいな~って」
「う~ん、例えばそうだね。もう知ってるかもしれないけど昔から他人のほっぺをよく触ったりミサンガを作れるよ」
そんな緩い感じの会話で心紬の新しい一面を知った少女は(私もミサンガ作ってほしい)と考える。
しかし一方的な質問は不釣り合いだと言わんばかりに「ねえ、今度来たときは僕にその髪切らせてよ」と、今度は彼から逆アプローチを受けてしまう。
いきなりのことにたじたじになる露零。
口説きにも似た彼の誘いに少女が返答に困ってると、背後から現れた店長が彼の頭をポカッと叩き、同じく現れた心紬は露零の名を呼び、背後から少女を抱き寄せる。
「下心がない分不審者感が凄いです。私も切らせてもらってないんですから『なるみん』一人に抜け駆けさせないですよ」
そう言って心紬は『なるみん』と呼んだ男性に敵意にも似た、しかしどこか親しみも感じさせる眼差しを向ける。
しかし彼は特に悪びれる様子もなく、次は先程『りあん』と呼ばれた女性が彼に圧力をかけていく。
「みっちゃんの言う通りだし。あーしも抜け駆けすんの許さないかんね」
稀に見る上質の髪の毛を前に、歯止めの利かない様子のなるみんは三人に一斉に攻め立てられる。
すると彼はわかりやすく落ち込み、次第に冷静さを取り戻していく。
そして同じく露零も冷静さを取り戻すと心紬は「そろそろ行きましょうか」と少女に声を掛け、彼女はかつての同僚たちに別れを告げる。
「そういえばそろそろ開店の時間ですよね? それじゃあ私たちはそろそろお暇しますね」
「気を使わせてるみたいで悪いね。また来るのを楽しみに待っているよ」
「あーしも久しぶりにみっちゃんと話せて超~テンション上がったしいつ来ても歓迎するかんね」
「次来るときは土産話をよろしく。それからその子も…ね」
そうして二人はserenoを後にすると、藍凪に向かって歩き出す。
帰城途中に寄った雑貨屋では道中少女が作って欲しいとせがんだ『ミサンガ』に必要な材料を購入した。
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そして現在は藍凪の城門前、二人はいつになっても開門しない城門を前に立ち往生していた。
「変だね、いつもならすぐシエナさんが開けてくれるのに」
「そうですね。何かあったんでしょうか?」
いつもなら自動ドアの如くすぐ開門するだけに開門要請後、いくら待てど開門しないことに二人は違和感を覚えていた。
すると突如藍凪の遥か後方、場所にして昨日露零が窓から見た巨大な滝が流れていたあたりからド派手な爆発音が鳴り響く。
直後に軽い地震のような揺れが生じ、露零は胸がざわつく感覚に襲われる。
すぐに(何かあったんだ)と直感し心紬を見るが、彼女は危機意識が低いのか「水中花火は明日のはずですし誤爆でしょうか」と、どこか他人事だった。
開門しないことからシエナ、さらに言えば伽耶もこの事態に関わっているかもしれないのに一向に焦る様子を見せない、にぶちんな彼女のポンコツ具合に呆れながらも「昨日私の部屋から滝が見えたの。きっとそこにシエナさんがいるんだよ」と言って少女は彼女の手を引く。
「シエナがいない理由、滝…はっ、そういうことですか! この状況はまずいですね、案内するので私に付いてきてください」
少女の言葉で目を覚ましたのか、おおよその現状を把握した様子の心紬は一人駆けだそうとしていた。
その時、シエナの計らいなのか『弓』と『日本刀』を両手に乗せた二足歩行の猫が二匹、塀の上から飛び降りてくる。
一方の猫が掌に乗せているのは以前露零譲り貰った弓、ならばもう一方が手のひらに乗せている日本刀はおそらく心紬のものだろう。
本来は藍凪を通り抜けるのが最短距離なのだが、門番であるシエナが不在で通過できないため、二人は猫から武器を受け取ると藍凪を囲う塀を半周し、裏へと回る。
どんなものでも利点と欠点があるものだが、今回に限っての『大きな城』は完全に後者となっていた。
日々鍛えているのか息切れすることなく走り続ける心紬と、そんな彼女の背中を追う息の弾んだ少女露零。
そんな二人の前に本来、水鏡にはいるはずのない人種『野良』が立ちはだかる。
「動向不明の二人がなぜここに? いや、ちょいと待ちたまえよこの僕。主力二人が出払ってる今ならこの状況はむしろチャー---ンス! その首もら――」
「どいてください!」
やたら前置きの長い野良をいとも容易く切り伏せた心紬は後方で息を切らしている露零のもとに駆け寄ると少女を背負い、速度を一段階上げ目的地まで一気に駆け抜けていく。
しかしい移動してる間も爆発音は鳴り響いていて、シエナ達の安否を心配する心紬の額からは冷や汗が滴り落ちる。




