第一章34話『誕生秘話』
これから話すことに対する最低条件を出娜が事前に突き付けたのは燦が捜索している最中、つまり彼女がその条件を知っているはずはない。
よって後出しで条件を追加されたと思い込んだ彼女は当然怒りを露わにするが、その様子に気付いた露零はすぐさま二人の間に割って入り燦を制止しようとする。
「は? あたしはンなこと聞いてねぇけど」
「違うの燦さん、私もその話を聞いてたんだよ? だから落ち着いて」
同じく事情を知っている側なのだろう伽耶の言葉を聞く限り、二人は話すことを渋っている様子だった。
そのことに一早く気付いた燦は露零の言葉に耳を貸さず「どういうつもりだ? お前ら最初から所詮口約束だと反故にするつもりだったってことだよなァ!」とドスの利いた声で言い放ち、次第に敵意を露わにしていく。
(だめっ、私じゃ燦さんを止められない…)
鼓膜を刺激するドスの利いた怒鳴り声に露零が委縮していると、二人が出した条件に当てはまる人物が目を覚ましたことで次第に燦の怒りは静まっていく。
「やれ騒がしい声がするなぁ。でもまぁ、反故とは穏やかじゃないよねぇ。僕がいることで話が進むならその条件は満たしているよ」
「あら、起きたのね…。それじゃあ改めて私の、私たちの知る全てを話すわ」
懸命に救助活動をしていた間、露零はずっと怖さ同居する期待に胸を高鳴らせていた。
それもそのはずで、ようやく自分と伽耶との関係性、そして自身の出生を姉本人の口から聞くことができるのだ。
「ほんならまずはウチから話させてもらうで。露零、あんたはウチが流した涙から生まれたんや」
「えっ? 何、言ってるの…? お姉ちゃんが言ったんだよ? 古代樹からしか人は生まれないって……」
――――露零の声は震えていた。
それも当然の反応だろう。
何を言うのかと興味半分に、軽い心持ちでいた少女はまさかそんな前提を根底から覆すレベルのヘビーな話を聞かされるなんて夢にも思っていなかった。
今回の話を聞くにあたって少女が持参したのは底の浅い食器皿のようなものだった。
それだけに、前提を覆すという湯水交換が必須の大浴場スケールの話を受け止めるだけの気持ち作りができていなかった少女が受けた精神的ダメージは計り知れない。
そんな少女の反応に、伽耶も段階を踏まずしていきなり本題に入ったことに罪悪感を感じると次第に心苦しそうに、その表情を曇らせていく。
するとそんな姉妹の様子を見兼ね、共犯者の心中を察すると話のバトンは出娜が引き継いでいく。
「ここから先は私が話すわ。まずは順を追って説明していくわね。私たち天爛然には代々受け継がれてきた禁忌の力があるの」
「なるほどな、それで?」
「その名前は幸滅の祈り。これはどんな願いでも叶えられるの。だけど同時にそれに見合った代償もこの世界に引き寄せてしまうわ」
「要するに魔獣は幸滅の祈りの代償だった、ということでいいのかな? 上姉さん」
「話が早くて助かるわ。下弟の言う通りよ」
語らずして通ずるというのは血の繋がりによるものなのだろうか。
答えは否、少なくとも天爛然と藤爛然二人の関係性は家族における姉弟に非ず、特定の役職に付随した義姉弟という肩書が就任時点で締結した結果だ。
そんな二人は身内の距離感で穿った物言いをされたことで出娜は目線を落とすとそのまま俯き、やがて口を閉じてしまう。
その様子に燦は(それ言っちゃマジぃだろ)と考えると彼女は地空とは違って出娜を容認する方向に話を持って行こうとする。
「ちょっと待ちな、あたしは今一理解できてねぇんだが何も出娜の代で魔獣が生まれたわけじゃねえんだろ? お前が負い目を感じることはねぇはずだ」
「…………」
事情を知るものと知らぬ者との差だろうか。
傷心に塩を塗るに等しい善行は却って自覚ある罪悪感を刺激すると、出娜は燦の包容力ある言葉でも顔を上げることなく終始無言で俯いていた。
「問い掛け」、『擁護』と共にだんまりを決め込む出娜の姿に燦は姉御肌な部分が刺激されたのか、この行動によって御爛然同士の争いに発展しないよう二人の仲を取り持つ回し役に徹する。
「この場じゃあたしと地空、それと露零が同じ土台に立ってんだ。質問権は地空にやる。一度で最大限に引き出してみな」
「言ってくれるじゃん。僕が問題視しているのは上姉さんがことを引き起こしたというただ一点。「義理」と『人情』どちらを重んじているかによって僕の寛容の可否は決まるというものさ」
「そうだよ出娜さん、私も一緒に頑張るからこれからのことを考えようよ」
植物人間ゆえに外的刺激には極端に弱いが、自我のあるうちは堅物で全人類の中で最も芯の通っている地空。
しかしそこに受け入れるという選択肢がないわけではなく、彼は自身が用意した容認へと通ずる枝分かれのトロッコ問題を口にする。
そんなトロッコ問題を出題した地空に続き、露零も共に前に進もうと当該女性に歩み寄る。
それからしばらくの間、出娜の言葉を待つ彼ら彼女らは皆口を閉ざしていた。
その静寂は極限状態まで場の緊張感を高め、満を持して口を開いた出娜から更なる衝撃的な真実が告げられる。
「違うのよ…。私の罪は識爛然と露零、あなた達なの……」
――――とてもか細い声だった。
顔を上げると同時に名指しした二人の顔を両の目に一人ずつ映した出娜。
彼女は涙ながらにそう訴え、寄り添おうと歩み寄った露零は思わず足を止めるとそれ以上、近付くことも言葉を掛けることもできなかった。
いや、正確には掛ける言葉が見つからず、そんな現状から目を背けるように同じく名前の挙がった識爛然に目を向けると、彼は黒衣越しからでもわかるほどに悲哀を帯びていた。
(――――ガチャン)
その時、露零は脳内で再び施錠音を聞く。
「その罪ってのは魔獣を倒すために仕方なくだったんだろ? なら何も気にすることはねぇよ。誰も気にしてな――」
そこまで言うと、燦はいつの間にか立ち直っていた伽耶に軽く肘打ちされる。
伽耶としては涙を分けた姉妹である露零の気持ちを察しての行動だったのだろう。
そのことに気付いた燦も「悪い、あたしが言うことじゃなかった」と謝罪の言葉を口にするとケジメとして自らの意思で会話の輪から抜け、少し離れた位置から内容のみを聞く。
「これからの私たちの敵は滅者になると思うわ」
「めつしゃ?」
魔獣に変わる新たな敵の呼称を聞いた者は皆、雲を掴むような話をイメージできていなかった。
そしてそれはこれまで知る側にいた伽耶に対いても当てはまり、他三人と同様だ。
だが伽耶はこの中で唯一の有識者である出娜を交えることでよりイメージを鮮明にしようと考える。
「さっきはおおきに。あんたとしては何か対策ないん?」
時間を置いたことで、さっきまでの不安定な情緒から回復した伽耶は今、この場で最も情報を得ているのだろう出娜に単刀直入に尋ねる。
すると彼女は自身が知る全ての情報をこの場にいる全員に共有する。
「一つだけあるわ。滅者は一人一人が求めている言葉があって、彼らは第一声に求めている言葉を話す傾向があるの。こちらの返答が上手く響けば滅者は自然消滅するはずだから無駄な血を流さずに戦いを切り抜けられるはずよ」




