第一章33話『意気投合』
「伽耶お姉ちゃん大丈夫?」
「心配おおきに。それより前にも言うたけどウチはあんたの姉ちゃんやないで」
「それじゃあ私は何なの?」
妹でないのなら、露零の正体とは一体何なのだろうか?
伽耶のことを誰よりも知っていると信じて疑わない少女は姉だと思っている彼女の言葉さえも素直に受け取ることができなかった。
まだからかい半分の可能性も僅かに残ってはいるが、人間誰しも自身を形成した体験と共に刻まれた記憶を疑う者などほとんどいないだろう。
露零もそのうちの一人で、頑として引かない少女に二人は再び顔を見合わせるとここらが潮時だと、観念交じりの溜息をつき腹を括る。
「――――はぁ、分かったわよ。それじゃあ皆が揃ったら全部話すわ」
長きに渡り下界を一望してきた天爛然。
彼女に限った話ではなく、御爛然はそれぞれ独自の方法で有為にアプローチをかけていた。
例えばそう、植物の特徴を併せ持つ藤爛然であれば樹齢三百年という生きた歳月を武器に有為の解剖を試みているが、反対に故人となった碧爛然であれば未来視、過去視で有為の時間軸や因果関係に舵を切っていたという具合だ。
憂鬱さ伝わる出娜の溜息をかき消すように、燦は早速識爛然を発見すると、彼女は嬉しそうに三人に向かって大声で発見報告をする。
「識爛然を見つけたぞ! 後は地空だな!!」
「うっ、思っていたより早いわね。大柄だから見つけやすかったのかしら」
ある種、救助活動の一環だというのにどこかお気楽な空気感。
さっきまでの絶望もどこへやらだが考えて見ればこの場にいる者全員、もう絶望を乗り切っているのだ。
それを思えばこの、のほほんとした緩い空気感も悪いものではない。
有為を覆った絶望の靄は晴れ、鬱屈とした感覚から解放された露零は次なる興味の矛先自身の存在を一早く知るべく二人にあることを伝える。
「私も早く知りたいから燦さんと一緒に探してくるね」
早々に識爛然が発見したことで触発され、可能性を感じた少女は彼女の救助活動に自らの意思で加わっていく。
一方で一足先に捜索を始めていた燦は発見した識爛然を近くの倒木に凭れさせると、次は地空の捜索へと切り替える。
「燦さん! 私も手伝う!!」
「お前は伽耶んとこの…。地空はお前くらいの見た目だから探すのに時間がかかりそうだったんだ。助かるぜ」
人の懐にもぐることに長けた露零は難なく燦の捜索に加わると、その様子をまるで保護者のように遠目に眺める二人は少女の話題に触れ始める。
「まぁ露零はウチの片割れやし当然っちゃそうやわな」
「それでも全てを信じるわけにはいかないわ。だってあの子は――――」
露零が燦の捜索に加わってからしばらくの間、二人の救助活動は好調のように思えた。
しかしあるタイミングを境に二人を取り巻く空気は不穏を通り越して一気に険悪ムードへと突入する。
理由は簡単、燦は二手に分かれたほうが効率がいいと考えていたが、そんな彼女の思いを知らない露零は彼女の通った道をちょこちょこ付いて回っていたからだ。
「ちょっと待ちな、お前が見てるところはあたしが今見たとこだろ。それじゃあ一人で探してんのと変わらねぇよ」
「そうなの? でもさっき通ったところに人の手みたいなのが見えたよ?」
順調から険悪、険悪から最高潮と、この短時間で山折り谷折りを繰り返した二人を取り巻く空気感。
だが険悪ムードを作り出したのはあくまで燦一人であり、救助活動中、常に心穏やかだった露零は彼女の見落としをフォローしたことで二人の関係性は事なきを得る。
露零の言葉で地空を発見できなかった理由を理解した燦は自身の落ち度をフォローしてくれた少女のことを見直し一言詫びるとその手が見えたという場所を聞き、今度は少女を先頭に二人は今来た道を引き返す。
「本当か?! それは悪かったな、その場所まで引き返すか?」
「うん、こっちだよ」
そうして二人が要救助者発見地点まで引き返してくると、二人が通ってきた道なき道から少し逸れた場所にうつ伏せで倒れている少年を発見する。
その光景に燦は少女を追い越し駆け寄ると、彼女は少年の腕を片手で掴むとそのまま雑に持ち上げる。
すると少年は突如目を見開き、殺意マシマシの攻撃的な視線を眼前の二人に向ける。
「……?!!」
「燦さん乱暴しちゃだめだよ!」
明らかに怪我人に対する扱いじゃない燦の粗暴さに、露零は思わずやめるよう彼女に訴える。
しかし彼女が掴んだ手を放すことはなく、華奢な細腕のどこにそんな力があるのか彼女は少年の腕を片手で持ち上げたまま移動し始める。
持ち上げられた少年は移動中も凄い剣幕で二人を睨み続けているが、意識が完全には戻っていないのかまたすぐに項垂れてしまう。
「あたしは仰が起こした竜巻で緩和されたがお前は踏み鳴らしを直で受けてたし瘴気にも当てられてただろ? 戦いなら終わったから安心しな」
(燦さんって意外にちゃんとしてるのかも。それに比べて私ってばすぐ早とちりしちゃうしなんだか恥ずかしい……)
仰が亡くなった今、露零と同僚二人が戻ってくるまでの間、魔獣を食い止めていた燦はこの場にいる誰よりも地空が最もダメ―ジを負っていることを理解している。
彼女は救出した少年を近くの倒木に凭れさせるとそのまま伽耶達との距離を確認する。
すると突如、音なしに背後からさっき救出した識爛然が現われる。
「お前、触って確認したが伸びてたはずだ! なぜ動ける??!」
得体の知れない識爛然を同僚とカウントすることに燦は抵抗を持っていた。
そんな二人には明確な相違点があり、感覚を最重要視する燦の服装は布面積が少なく肌の露出部分がやや多い。
対して識爛然は黒衣に身を包み、肌の露出はおろか唖者であるため言葉も発することができない。
会話からその他人となりを推察しようと燦は疑問を投げかけるが当然彼から言葉は返ってこず、彼女はすかさず距離を取り臨戦態勢に入る。
しかし彼は無言で歩み寄り燦とすれ違うとそのまま少年を背負いだし、他二人の待つ場所まで静かに戻っていく。
その様子に戦闘意思を削がれた燦は「なんだそりゃ」としらけた様子で言い放ち、彼女は握った拳を緩やかに開くとその背を追って爛然二人が待つ場所まで戻っていく。
そうして三人は待機組と合流すると二人を見つけた旨を伝え、露零は待ちに待った話を聞けると内心、浮かれ気分だった。
「二人を見つけてきたよ」
「どうだ、これで話ができるだろ?」
二人は意識もしていなければ、そのことに気付いてすらいなかったが捜索しているうちに意気投合した少女らを見た出娜は露零を誰かと重ねているような言い回しで話し掛ける。
「もう戻ってきたの? 早いわね。それにこの短時間で二人に何かしらの絆が芽生えたように感じるわ」
「あんたらの行動力は大したもんやけど肝心なことを忘れてるで。ウチらが話すんは全員が揃ってからやってことを――」




