表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御爛然  作者: 愛植落柿
第一章『水鏡』
33/276

第一章32話『穿孔』

 小さく空いた身体の穴に、吹き込む隙間風がひゅーひゅーと音を立てて鳴いていた。

 風が染みて感じる痛みというのはより身近な例として、口内という極小規模でも凄まじい激痛を伴うものだ。

 それが腹部ともなれば呼吸一つでも激痛が走ることは誰の目にも容易に想像ができるだろう。

 まるで生を手放したかのように息も絶え絶えとなっていく変わり果てた姿のあおぎを前に露零ろあは唖然とし、数秒間、文字通り言葉が出なかった。

 いや、掛ける言葉が見つからず、そのまま視線を腹部に空いた風穴から徐々に上げていくと彼が身に着けていた白い狐面はなぜか目元が割れており、少女を覗く孔雀石のようなその瞳は何か物言いたげな揺るがぬ意思の宿った眼差しを向けていた。


出娜いづなさんいたよ!」


「わかったわ」


 そう叫んだのも束の間に、満身創痍の彼は露零ろあの腕を決して()()()()と力の限りを込めて掴み、少女の注意を自分に向けさせると残った余力を全て口元に集中させ、最後の力で遺言を伝える。


「…………後生だ、破魔矢はまやに貫かれた私はもう長くない。最後に貴女きじょに頼みがある。どうか「拙継せっけい」と…『鳴揺なゆら』を頼まれてはくれないか?」


 ――――後生。

 この文字には「こうせい」と『ごしょう』、二つの読み方が存在する。

 言葉通りに受け取るならば後生ごしょう表面おもてめんの頼み文句ということで何の疑いようもないだろう。


  では逆に言葉通りに受け取らない場合、後生こうせいには後輩や後進、また、彼らが生きる後の世という意味がある。

  普通に考えれば何の根拠もない不確定事項な裏面思考のように思えるが、あおぎの場合は話が変わる。

 理屈の伴わない暴論だと頭ごなしに否定し、切って捨てるのは簡単だが過去と未来を見通す彼の行動は常に先を見据えた最良の一手となり、人間国宝としてその名を広く轟かせた現人神あらひとがみ()()を求める狂信者はどの國にも一定数いるほどだ。


「うん! わかった!! わかったからもう安静にしてて……」


 この短時間で次々に身体が機能を失う中、最後まで残った聴覚が聞き取ったのは少女の力強い言葉だった。

 他人を疑うということを知らない、生後間もない少女の一切の迷いない快諾は死に花を飾った戦友に花道を作る。


(この身は盲目状態にあった。故に言葉のみが心を通わせるのだと信じ邁進まいしんしてそうろう。しかし是非を問うまでもなく、他人の第一声は心にもない罵詈雑言の猛嵐もうあらし。この花道は無垢むくわれたのだ、あの幼子に)


 こうして御爛然ごらんぜん最強と謳われた壮年男性は安らかに息を引き取った。

 故人となった彼がそれ以上の言葉を発することはなく、この時、露零ろあは初めて人の()を目の当たりにする。


 瞳の奥底から無限に何かが湧き溢れてくるような感覚。

 そして「喪失感」や『虚無感』など、とても言葉では言い表せないような止めどない感情の波が少女の心を一瞬にして飲み込み、次の瞬間には溢れ出た感情が()となって頬を伝い流れていた。


 彼とはたった今知り合ったばかりでほとんど面識がないといっても過言ではない。

 しかし露零ろあは他人の喪失に生物的拒絶感を覚えるとともに、本能的な()()()の感情を強く抱いていた。


 魔獣討伐からあおぎを看取るまでの時間はまだ三分も経っていない。

 だがこの三分間で他の爛然らんぜんが少女の元まで辿り着けないのは数十回にも及ぶ踏み鳴らしによって地盤沈下じばんちんか隆起ほうきしたためであり、あおぎが息を引き取ってから五分ほど経過した後、出娜いづなは満身創痍のあきらに肩を貸しながら二人のもとに到着する。


「そんな…うそ、でしょ……」


 身体的損傷が特別激しいわけではない。

 それでも直前のあおぎの勇姿からすれば今の彼はあまりにも変わり果てている。

 遠からずも近からずな同僚の惨い有様に、出娜いづなは口元に手を当て唖然としていた。

 一方の肩を貸りながらも意地で付いてきたあきらは少し俯きながら、識変世界しきへんせかいでの出来事を淡々と話していく。


「いつからこの展開を想定してたんだ? お前があたしとの()()を汲もうとしてたのはわかってる。それでも言わなきゃならねぇことはある」


「あなた…まさか?!」


 今、この場には魔獣討伐の功労死者を含めて四人いる。

 だが喪失感に飲まれた露零ろあは防衛本能から全ての情報をシャットアウトしたことで二人の会話がまるで耳に届いておらず、一方の爛然らんぜん二人はそんな少女に向けたものではないと言わんばかりに会話を続ける。


 続く言葉を遮った出娜いづなとしては何か心配事があったに違いない。

 そして、それは()()()()の言葉として相応しくない内容だろうと察知しての行動なのだろう。

 しかしあきらはそんな彼女が考えているだろうことを真っ先に言い当て否定する。


「いやいや、何も火葬しようってわけじゃねぇよ。あたしはただ約束をしただけだ。「あたしとの一対一サシを予定に組み込みな」って。でもまさかそれが最後になるなんてな」


 かつて結んだ約束はとうにほどかれ、その瞳に宿っているは「焼香」と『線香』の意から生まれた傷悔炎しょうかいほのお

 言った相手こそ違っているが先の世界で()()だけがおのれの大半と本人が言っていただけに、最強と謳われたあおぎにはかなり思い入れがある彼女は最大限の敬意を払い、彼に感謝の言葉を伝える。


「今を見てねぇ奴の考えることなんざあたしにはわからねぇ。それでも戦友にかける言葉はこれに限るな。あたしらを、この有為せかいを守ってくれてありがとう」


 ――――遠くで聞こえた追悼の言葉。

 外部からの情報全てがシャットアウトされた閉鎖空間に反響するその言葉は露零ろあを立ち直らせるための道標ともしびとなり、同じ痛みを知る者に引き寄せられるかのように少女は意識を取り戻す。


 現実世界に引き戻された露零ろあは先の世界でのあきらを思い出すと識変世界むこうでの印象の方がずっと強烈だったと感じるた少女は彼女がもっともらしいことを言うような人物とは到底思えず、思わず困惑してしまう。


(あきらさんってもっと過激な人だと思ってたからなんだか意外)


「さてと、戦いも終わったことだしあおぎ風月こきょうに運んでやるか」


「ちょっと! 勝手に一人で話を進めないでくれる? 私もみんなに伝えたいことがあるのよ」


 個人技主体のお國柄、団体行動のとれない者の代表という悪目立ちをしたあきらはこれが通常運転だと言わんばかりに勝手に話を進めていていた。

 そして気付いた時にはお開きになりそうな状況に、出娜いづなは彼女に必聴ひっちょうして欲しいことがあるのだと伝える。

 するとあきらはめんどくさそうなそぶりを見せた後、御爛然ごらんぜんが全員揃わないことを指摘する。


「はぁ? 伽耶かやはまだ軽症だからまだいいが識爛然しきらんぜん地空ちぞらも完全に伸びてんだぞ」


「それでも私から伝えなきゃいけないのよ、悪いけどこれだけはどうしても譲れないわ」


 最初は無理だ帰ると言って彼女の言葉を一蹴するあきらだったが出娜いづなの必死な説得により、彼女の考えは次第に揺らぎ始める。


「ん、待てよ。この惨状で戦後処理より優先して話したい内容となりゃ…。はっ、いいぜ。その内容に興味が湧いた。話を聞くまではここにいてやるよ」


 終始漂う、いつ一触触発してもおかしくない危険を孕んだ空気感。

 ……のように思うのは付き合いの浅い露零ろあだけであり、長年の付き合いでなんとなく距離感を掴んでいる爛然らんぜんは上手く話をまとまるとあきら亡骸なきがらとなったあおぎの肉体を抱きかかえ、一同は揃って場を変える。


 移動中も二人の会話は続いていたが、話に入れないことに疎外感を感じた露零ろあは「私も聞きたい!」と、内容も分からないまま二人の会話に半ば強引に割って入る。

 するとなぜか出娜いづなは少女を会話に加えることに思うことがあるような表情を浮かべるも、前方から伽耶かやが現われると彼女は出娜いづなに一言告げる。


「別にええんとちゃう? なんも知らんまま生きるより全部知った上でこれからどうするか考えるべきやろ」


「……っ、でも()を再認識する意味では確かにそうね」


(お姉ちゃんたち、何話してるんだろ?)


 伽耶かや出娜いづなは互いにしかわからない会話をしていた。

 同じくその一方で、一緒に隣を歩いていたあきらはそのまま一人どこかに向かおうとしていた。


「話を聞くまでいるとは言ったが長居するつもりはねぇ。二人をお連れてくるからお前らはそこで大人しく待ってな」


 吐き捨てるようにそう言い残すとあきらは一人、魔獣による被害の酷い場所へと向かっていく。

 そんな彼女に倣った露零ろあが周辺をぐるりと見渡すも、魔獣の踏み鳴らしによって浮き沈みした地面のせいか遠視を以てしても肉眼で二人を見つけることはできなかった。

 だからなのか、被害が及んだ広範囲をやみくもに探すよりも二人の意識が戻るまで気長に待つ方が賢明だと考えたのだろう。

 伽耶かや出娜いづなには初めから捜索する気が見受けられず、あきら一人が捜索に乗り出してすぐ、見える傷以上にダメージが深刻なのか残った爛然らんぜん二人は同時にその場に座り込む。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ