第一章29話『イレギュレーション』
二人が同時に答えを導き出すと、最後の助っ人として、黒衣に身を包んだ大柄の人物が現われる。
その人物は瀕死だった三人の内二人を両腕に抱え、残る一人を背負い始めると一言も言葉を発さない彼は抱え、背負った三人を露零達がいる場所よりもさらに後方へ運び寝かせる。
三者三様にそれぞれ独立した思考をしているが《《魔獣討伐》》という共通目的の名のもとに、瞬時に意図を汲み取って行動に移る増援組に露零は感謝を伝えると、一刻も早く矢を召喚しようと早速レーヴェとコンタクトを取る。
「お姉ちゃんたちありがとう。レーヴェさんお願い!」
(キメラを滅せるのならば喜んで協力しよう。だが――)
レーヴェの端的な返答は好意的だった。
そして言葉の通り露零の片手、手のひらは白いオーラを纏うが、続く言葉は「魔獣」と『時間軸』の因果を破壊できるだけの強大な力を求めたが故のデメリットとも言えるものだった。
破魔矢が秘めたその強大な力は完全に人知を超越し、彼女が生きる製造時代と強く結びついたことで有為、召喚までに時間を要する旨を伝えるとそれ以降、彼女の声はぱったりと途絶えてしまう。
「お姉ちゃん、破魔矢の召喚には十分くらいかかるみたいだよ」
「詳細おおきに。この戦いが終わったらあんたが知らんことまで話したるから絶対生き残りぃや」
(お姉ちゃんだめだよ、それ死んじゃうやつなの)
前世では死亡フラグが現実のものにでもなったのか? と思えるほどに過剰な反応を示す露零。
実際のところ、少女は今さっき臨死体験しているわけだが、識変世界と違って実力込みでよく知った人物がいるという状況に、少女の《《死》》に対する恐怖は早くも和らぎつつあった。
その一方で伽耶は発生させた水球を故意に消滅させると、それを合図に三人は《《一縷の望み》》に命を預ける覚悟で腹を括ると本格始動を開始する。
「はぁ…はぁ……。流石に深化した力を使うんはまだリスクありやな。負担が尋常やないわ」
露零目線、伽耶の他にあと二人いるが、少女が真っ先にその特徴を捉えたのは先の世界で自身を殺めた張本人、大鎌を持った名も知らぬ女性だった。
彼女の風貌はセミロングの結わい髪に黒色の瞳。
手には身の丈以上の大鎌を持っていて、背中からは天使と見紛う純白の翼が生えている。
そして服装は白を基調とした機動力重視の軽装、その上にはやたら袖の長い羽織を羽織っていた。
(あれって確か萌え袖って言うんだよね?)
どこで覚えたのか萌え袖の知識はあるらしく、(邪魔そう)と失礼なことを考えていると今度は少女の視線上に黒衣の大男が映り込む。
最後に現着した助っ人は黒衣に身を包んだ大柄の唖者。
彼の名は識という。
識は黒衣に身を包んでいるため素肌を晒していなかったが、それでも分かるのは顔布に描かれた五芒星。
そして大柄な体型から性別が男性だということくらいだろうか。
大鎌を持つ女性は魔獣に急接近し、攻撃を掻い潜りながら懐にもぐると下から上に勢いよく鎌を振り上げる。
だが彼女の攻撃が魔獣の頑強な皮膚に届くことはなく、靄に覆われて実態が掴めないにもかかわらず、なぜか彼女からは余裕の表情が見て取れた。
その後、空中操作で更なる自由度を得た大鎌をぶんぶん振り回す彼女は魔獣が纏う靄を絶え間なく搔っ切り続けると、やがて妙な手応えに突き当たる。
「元は一つのこの力よ。伽耶が深の力に目覚めたことで私達にも直に発現するわ」
「出娜の言う通りや。キメラ言うたっけ? 露零にばっかし気ぃ取られてると足元掬われんで」
出娜と呼ばれた大鎌を持つ女性に続いて伽耶も口撃を浴びせるが、十中八九魔獣にその言葉は届いていない。
二人がそんな無意味なやりとりをしている一方で、後方に控える識爛然は合掌すると突如魔獣は苦しみだす。
唾液を垂れ流して唸る魔獣は鼓膜に響く「咆哮」と『踏み鳴らし』を交互に繰り返す。
この反復行動を数回繰り返した魔獣は次に土を蹴る仕草を取るとその瞬間、伽耶に向かって一直線に走り出す。
爆進する魔獣の初動は一見、単なる突進のように思えた。
しかし捕食しようと大口を開けたことで見誤ったのだと気付くも、反応が遅れた伽耶はいとも簡単に不可避空間への侵入を許してしまう。
魔獣が纏う、実体を捉えさせない揺らめく靄は本人に自覚がないほど自然に認識能力を阻害していた。
その事実に今になってようやく気付いた彼女は咄嗟に刀に手をかけるが、その様子を離れた位置から見ていた露零は《《あること》》に気付く。
(お姉ちゃんの左腕がある! なんで?!)
そう、伽耶の左腕は先の世界、識変世界で燦が跡形も残さず焼き払ったはずだった。
当然その後も彼女の左腕は戻っておらず、露零の生命活動が停止する際も彼女は隻腕のままだったのだ。
にもかかわらず現に今、左腕がある状況に驚いていると、いち早く異変に気付いた出娜が彼女に向かって必死に叫ぶ。
「それじゃだめよ! 生明さん避けて!!」
伽耶がその声に「……っ!!」と反応するより僅かに早く、識爛然は伽耶を猫をつまむようにひょいと持ち上げると魔獣の攻撃が届かないところまで彼女を軽々投げ飛ばす。
「ちょいあんた、何するんや!」
「…………」
投げ飛ばされた伽耶は空中で体制を整え、華麗に着地すると識爛然の雑な扱いに物申す。
しかし唖者である彼からは当然言葉が返ってこず、代わりに一枚の紙切れが手元に届く。
≪魔獣と距離を保ちなさい≫
書かれていた一文に、伽耶は思わず魔獣へと目を向ける。
すると伽耶をつまみ上げ投げ飛ばした識爛然は間一髪で捕食から逃れていたものの、イノシシのように猪突猛進する魔獣に轢かれ宙を舞っていた。
「嘘やろ……。なんぼ力を持ってない言うてもウチら御爛然に匹敵する《《幸者》》なんやで」
轢かれ、宙に打ち上げられた識爛然は受け身もままならないまま地面に落下すると頭部から血が流れる。
この状況が物語るのは「戦力ダウン」と『負担増』。
だが《《負担倍増》》と表現できないのはこの『負担』が単なる倍では済まないからだ。
デカブツに対する数的有利は攻防において分散効果が期待できる。
この数的有利だが一人抜けるだけで分散効果は大幅に減少し、少数の場合はさらにその抜けた穴はより大きく深くなる。
それすなわち残された者の被弾率が跳ね上がるということであり、一度被弾してしまえば体力が減少し機動力も奪われるという悪循環に陥るのは明白だ。
「そん、な…。こんな規格外の《《滅者》》が生まれるだなんて……。一体当時の天爛然は何を願ったというの?!」
魔獣が秘める底知れない力を改めて目の当たりにした二人は唖然とし、言葉を失っていた。
同時に背負う業の深さも実感した出娜の表情は絶望一色に様変わりする。
が、それは表情だけに留まらず、絶望に飲まれた彼女の全身は次第に堕天使のような漆黒に染まっていく。
「あ…ああっ……!!」
「あれは、ウチと同じ――」
伽耶は出娜の変化から自身と同じく深の力に目覚めたのだと早くに察していた。
だが露零は彼女の変化の理由がわかっておらず、《《黒色》》だからという理由だけで危機感を覚えた少女はレーヴェに破魔矢召喚までの所要時間を尋ねる。
「レーヴェさん、破魔矢ができるまであとどれくらいなの?」




