第一章28話『秘策』
シャンテ・レーヴェ。
彼女が有する力は主に二つだ。
一つ、それは己が生きる過去にまで遡る。
現代よりも遥か昔、有為とは全く異なる創造主にして雇い主に授けられた《《加護》》。
一つ、それは現代で言うところの固有の力に相当する。
彼女のハイライトとも言える持って生まれた《《召喚術》》。
数少ない手札から最も有効な攻撃を模索した結果、レーヴェは魔獣の足元を電光石火の如き速さで通り抜けるとその刹那に魔獣の上空に召還した無数の剣で再び攻撃を試みる。
しかし魔獣は大地を二度三度踏み鳴らし咆哮すると降りしきる剣の雨は風圧によって全て弾かれ、同じくレーヴェも踏み鳴らしの余波によって勢いよく後方に吹き飛ばされる。
「――――ッ! 接触前ならまだ間に合う。流離ノ加護!!」
岩壁にぶつかるその間際、レーヴェはかつて主君に与えられた加護を発動するべく、その前手順である《《五芒星》》を自身を中心に展開する。
しかし展開した加護を上回るダメージ量に、レーヴェは呆気なくその場に倒れてしまう。
「うっ、私は…まだ……」
(もういいよ…。もう、やめて……。誰にも死んで欲しくないの!)
精神世界でそう何度も訴えかけるも、悲痛な少女の叫びがレーヴェに届くことはなかった。
そんな彼女を追撃するように、魔獣は大口を開けて捕食しようと猪突猛進、迫り来る。
精神と肉体の両者が絶体絶命と確信したその時、『パチン』という音と共に魔獣を中心に膨張する水球が突如、何の前触れもなく発生する。
「これ以上この娘に好き勝手させへんで」
(お姉ちゃん?! ここにいるってことはもしかして死んじゃったの?!!)
そんな想像が嫌でも妹の脳裏に過り、精神世界で露零は思わず絶望の表情を浮かべる。
しかし今の少女は肉体を明け渡し、体の自由が利かない状態だ。
さらに肉体に顕現しているのは別の人物であるため、意思疎通もままならないことに歯がゆさを感じていた。
(私も戦いたいしお姉ちゃんに聞きたいこともあるのにちっとも体が動かない。まるで私の体じゃないみたい)
その時、露零は精神世界で現実と同様に倒れているレーヴェを発見し、少女は覆いかぶさる様にして彼女の身体に溶け込んでいく。
すると露零の意識は再び戻り、肉体の主導権を再び取り戻した少女は全身にゆっくりと力を込めていく。
「痛っ、一回ぶつかっただけなのに体中ズキズキする。怖い……でも、今度こそ私がお姉ちゃんを助けなきゃ」
(はぁ…はぁ……機転の利いた対応感謝する。やられはしたが私の策はまだ潰えたわけじゃない。この身の持ち主である弓波露零、其方に頼みがある)
肉体の主導権が再び入れ替わったことレーヴェの声が脳内に響き、彼女の策を聞いた露零は無言でコクコクリと数回頷く。
「あんた、その怪我大丈夫なん? ウチは記憶全部戻ってきたけどあんたの方どうや?」
「――――弓波露零、この名前をくれたのはお姉ちゃんだよね?」
「その様子やと大丈夫そうやな、せやけどこれ以上は一旦後や。まずはこの状況を何とかするで」
このとき、魔獣はすでに伽耶の発生させた水球を吸引し終えて再び本能のままに棒若無尽に暴れ回っていた。
魔獣が一度地面を踏み鳴らせばその衝撃で辺り一帯更地と化し、魔獣が一度咆哮すれば周囲の自然が瘴気に当てられ枯れ果てる。
その様はまさに厄災そのものの所業だろう。
そんな招かれざる狂猪によるこれ以上の被害拡大を阻止するべく、伽耶は再び指を弾くと今度は魔獣を囲うように四方向に巨大な水球を発生させ、さらに発生させた水球全てに《《深海圧》》を与えていく。
「あんたは話の邪魔や、泡水重四面鏡!!」
新たに発生させた、深海圧が付与された四つ水球は魔獣の踏み鳴らしによって発生した衝撃を吸収し、その上で魔獣の行動をも制限していた。
「待ちなさい! いくら深の力に目覚めたからと言って貴女一人で勝てるわけないわ。残る私達で足並みを揃えないと――」
いち早く駆け付けてくれたこれ以上ない頼もしすぎる助っ人。
伽耶の現着から少し遅れて彼女を制止する声が聞こえ、露零が声のした後方へ振り返るとそこにはトラウマとして心に深く刻み込まれた、先の世界で自身を刺殺した張本人にして、識変世界を離れる直前まで伽耶と対峙していた羽の生えた女性の姿があった。
(嘘っ、なんで??! 私を、殺しに来たの……?)
その思考に至るまで時間は要さなかった。
しかし現実世界に引き戻される直前まで敵対していた二人が普通に会話していることや識変世界と違って現実世界では天使と見紛う純白の正装であること。
仲間意識すら感じさせる彼女の言動に少女は理解が追い付かず、困惑が解消されるこどころか人間関係という複雑怪奇な脳内糸はより複雑に絡み合う。
「言われんでもわかってるわ。それより問題あるんはあんたの方やろ。先代の者らの罪を全部背負うんやったらこの戦い終わるまでに覚悟決めときや」
「うっ」
その反応から察するに、少女を刺殺した張本人は相当深刻な身内問題を抱えているのだろう。
だが今の話を含め、会話の内容を何一つとして理解することができない露零は一人置いてけぼり状態を喰らい、終始ぽかんとしていた。
(お姉ちゃんたち何の話してるんだろう?)
「そうは言うても正直なとこウチら四人だけで勝てる気ぃ全くせえへんわ」
いくら深の力に目覚めたといっても、それだけで魔獣に勝利することはおろか、対抗馬としても釣り合っていないのが現実だ。
惨状から逆算した冷静な状況判断の結果、伽耶は焦りの表情を見せるが識変世界では叶わなかった救いの「手」ならぬ『口』を差し出すように、露零からある第三者の存在が語られる。
「ちょっと待って、私の《《中にいる人》》に考えがあるみたいなの」
その言葉で初めて露零の中に得体の知れない《《なにか》》がいることを知ったような反応だった。
しかし少女が話したこの状況に自ずと結び付く、全く別の情報を知っている二人は互いに顔を見合わせると、鎌を持った女性は青ざめた顔で少女に尋ねる。
「嘘、よね……? 一体どんな会話をしているの??」
一つの肉体に共生する者同士の言葉を必要としない意思疎通の内容を爛然両名が知るはずもなく、露零はレーヴェから聞いたある《《秘策》》を二人に伝えていく。
「魔獣を倒せる《《破魔矢》》っていうのを召喚できるみたいなんだけど時間がかかるんだって。だから――」
「時間を稼ぐ、よね」
「時間を稼ぐ、やな」




