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御爛然  作者: 愛植落柿
第一章『水鏡』
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第一章24話『城砦同体』

「よくわかりましたね。まぁ、ずっと藍凪ここに籠っていれば嫌でも身に付くことですよ」


 そう話すシエナは相変わらず素っ気ない態度を装っていたが、露零ろあは彼女の耳が僅かに揺れ動いていることを見逃さなかった。

 そして少女はここぞとばかりに(仲良くなるチャンスは今しかない)と考えるや否や、今までとは少し方向性の違う()()()質問を投げかける。


「シエナさんまた耳揺れてる! もしかして照れてるの?」


「はにゃ!? 別にてっ、照れてなんていませんよ! これはっ、その…猫の本能と言いますか……そうです、勝手に揺れる仕様なんです!」


 趣向を変えるつもりで発っせられた少女の発言は本人の意図しないところまでオーバーランするとそのまま核心を突いてしまい、図星を突かれたことに驚きの反応を示すシエナは明らかに動揺が隠し切れておらず、即席で繋ぎ合わせたような拙い言葉でする必要のない言い繕いをしてさらなる墓穴を掘ってしまっていた。

 当の本人的には上手く繕えたつもりなのだろうが実際には全く言い繕えておらず、カタコトの日本語みたいになっていたが。

 そんな常時冷ややかな態度を崩さない冷徹、鉄仮面女子の脆い部分から垣間見えた素顔は普段の冷たく突き放すような刺々しいものとは異なり、狼狽した彼女の意外な一面に少女はこれが(心紬みつお姉ちゃんの言っていた()()()()()なんだ)と理解すると茶目っ気のある表情で彼女を見つめ、そしてからかう。


「シエナさんってもしかして褒められ慣れてないの?」


「うっ、これから話すことは誰にも言いませんか?」


(うわぁ~~~~~~! シエナさんが動揺してるの初めて見ちゃった。ほっぺ赤くなってるし耳もゆさゆさしててかわいい♪)


「もちろんだよっ!」


 それなりに関わりはあったはずだがこれまでがこれまでだっただけに、彼女を知る絶好の機会だと思った露零ろあは穏やかな心持ちで話すに際して提示された条件を飲む。

 するとシエナはこれから話す濃い内容がそっくりそのまま重力に変換されたことで重たくなった口をゆっくりと開き、空気を壊さない程度に軽く自身の身の上話を始める。


「あれは私がとりでと呼ばれる以前の出来事はなしです。私は()()()()が原因で水鏡すいきょうの民衆から迫害を受けていました。もちろん、()は私にあるので不満を抱いているわけではありません。ですが、褒められて慣れていないというのはそうですね。案外間違いじゃないかもしれません」


「そっか…シエナさん、辛かったんだね……」


 これまでの彼女と比較した感じ、一見シエナにとっての通常運転のように思えなくもないが、意識的に感情を押し殺している可能性も無きにしも非ずといった半々の可能性というのが少女が感じた正直な感想だ。

 その出来事は恐らく、彼女の精神性を形成する上で大半を占めたダウナー気質のいしずえとなった要素の一つでもあるのだろう。

 傷口を開いてまで覗かせた、痛みの伴うシエナの身の上話を聞いた露零ろあは触れ部分のほんの僅かな内容ながらに感情移入するといたく感傷的になっていた。


 ――――この時、露零ろあの心には()()感情が芽生え始める。


 それは()()()()()()()()()()()()という誰でも考え付くようなありふれたものだった。

 しかし少女はこの考えをさらに独自解釈し、良くか悪くか後に大きな影響をもたらすこととなるのだが、今はまだ誰も知る由もないことだ。


「それじゃあこれからは私がいっぱい褒めてあげるね」


 露零ろあからしてみれば良心で言ったのだろう。

 しかしシエナは少女の言葉にかつてのトラウマを呼び起こされたような苦悶の表情を浮かべると、まるで傷口に塩を塗られたかのように、彼女は反射的に恐怖から遠ざかろうとすると少女が食べ終わった空の容器の乗ったお盆を無意識のまま手に持ち終始あたふたしたまま部屋を後にする。


「そっ、それでは私はこれで」


「えっ、シエナさんもう行っちゃうの??」


(もしかして私、また変なこと言っちゃってたのかな)


 相談も早々に終わりを告げ、自室に一人、寂しく取り残された露零ろあはふとそんなことを考えながら我が身顧みると自身の言動を振り返る。

 しかしいくら考えてもシエナの気に障るようなことを言った自覚がなく、少女は退屈のあまり一度は投げ捨てた書物を再び手に取ると、一度目に読み開いた時よりもさらに時間をかけてゆっくりと熟読し、より深くまで読み込んでいく。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 そんな何気ない日常生活を送り数日が過ぎたある日の夜、露零ろあは一階に下りると突き当りの一室にて()()()()が目に留まる。

 それはこの國、水鏡すいきょうではお馴染みのシエナ

 彼女の半身であり、使役対象の和猫が連絡手段として首元に巻いている一枚の白いスカーフで、そこに施されていた刺繡を罪悪感を感じつつも興味本位で盗み見た露零ろあはその驚きの内容に全身の血の気が一瞬にして引いていく。

 少女が目にしたそのスカーフにはとても信じがたい()()()()()が施されていた。


伽耶かや様の誘導は完了しました。後のことは朱珠すず様と東雲しののめ様に一任します≫


(えっ…? なに、これ……。お姉ちゃんはこのことを知らないよね? このままじゃお姉ちゃんが死んじゃう!)


 ただならぬ事態が起こっている。

 その匂わせだけで生後間もない少女の不安を煽るには十分だった。

 誰が置いたのか不明な以上、それが意図的なのかどうかは関係なく、実際に露零ろあ伽耶かやの身を案じると刺繍の施されたスカーフを懐にしまい、考えるより先に一目散に駆け出していた。

 城内にいる誰に一言声を掛けることもなく、一人藍凪ひとりあいなぎを飛び出すと伽耶かやと交わした()()()()()()()()をも破り、水鏡すいきょうからも飛び出てしまう。


(確かお姉ちゃん、昨日と同じところに行くって言ってたよね? 今度は私がお姉ちゃんを助けなくちゃ)


 一抹の不安因子が泡沫うたかたとなって水面に浮上したその一方で、藍凪あいなぎではスカーフを置いた張本人、シエナが露零ろあがスカーフを見つけた部屋で()()()のことを回想していた。


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 時は数日前に遡り、その出来事が起こったのは露零ろあ藍凪あいなぎに初めて訪れた日の深夜のことだった。

 城砦同体じょうさいどうたい契約の穴を突いたシエナはこっそりと藍凪あいなぎを抜け出すと、とある会合に参加していた。

 なぜ彼女がその会合に参加したのかというと、城主不在のタイミングで藍凪あいなぎに住む彼女宛に一通の封書が届いたからだ。

 その封書には差出人である識爛然しきらんぜんの名前、そして中には一足先にシエナから送っていた彼女の要望に対する返答≪了承≫と書かれた別紙が同封されていた。


 そして当日、シエナが会合の場に到着するとその場にはすでに各國かっこくの濃い砦達かおぶれ、計四人が一堂に会していた。


「――――皆さんご無沙汰ですね。お待たせして申し訳ありません」

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