第一章22話『神格化』
「ここって全部お店だったの?!」
「ふふっ、城門をくぐれば名前こそ変わりますが明確な境界線引きはされていないんですよ。伽耶様の御意向は縦繋がりではなく横繋がりだそうで、地縁? というものに重きを置いているそうなんですよね」
露零がこれまでにこの城下町を通行した時間帯が夜間と偏りこそあるものの、その本来の姿と熱気を帯びた活気を前にした露零が驚きと同時に口にした言葉は無理もない当然の反応と言えるだろう。
しかしタイミングが「住民」の寝静まった「夜」だとしても『地形』や『建造物』など変化が現れないものも確かに中には存在する。
しかし露零が最初に藍凪に来たのは日が落ちる前で、その日の店はシャッターが下りてほとんどが閉店していた。
二度目の伽耶と共に藍凪を出た際もまだ日も登っていない早朝だったため、少女が開店する店を知る機会はなかったのだ。
人が行き交い絶えず賑わい続ける城下町。
美味なる食べ物に始まりオーダーメイドの装飾品、もちろんその他なんでもござれの店々に品々。
人並みに酔ってしまったのも束の間に、視界に入った店を手前から順に、片っ端から目移りしてしまう少女は何においても初々しい反応を示していて、自ずと振る話題も大半がこの状況に関する質問になっていた。
だが質問攻めに遭っている心紬は振り回されること、また嫌な顔一つすることなく聞かれた質問を一つにつき一言でまとめた回答で全て返し、第三者目線ではそんな二人の姿がまるで子供にものを教える母親のように映っていた。
「ねえ、藍凪がどんどん遠くなっちゃうけどいいの?」
「ふふっ、上の人混みは一人客が多いので連れ歩きならこのぐらいの空き具合が丁度いいんです。もし露零が迷子になっても私がすぐに見つけちゃいますけどねっ♪」
その後の二人は人通りの少ない場所を選びながら城下町を歩いていると、ふと心紬は並び立つ商店を指差しながら露零に話題を振る。
「せっかく城下町に来たんですし何か食べませんか? 私は――」
そう言ってお祭りムードの華やかな飾り付けがしてある商店を見つめる心紬の目線は一店舗に定まっておらず、まるで品定めしているような彼女のその姿は恋する乙女そのものだった。
今年は訳あって露零とこの祭りに参加したが本来、例年通りならば伽耶と参加していたはずだった。
故に主君が相手だったならば『あっはは! あんたって儚いモンに恋するタイプやってんなぁ』と盛大に笑われていたことだろう。
しかし露零はそんな彼女の何を笑うでもなく、例年の方が遥かにマシだったと思わせるあしらいの達人、シエナの言動を彷彿とさせるある言葉が飛んでくる。
その返しとは少女特有の愛の無い突っ込みで、自身の鉄板ネタに対する、思っていた反応と違う途いう事実に加え、今いる場所が野外であると急に現実に引き戻された彼女の心を羞恥心が襲う。
「心紬お姉ちゃん変な顔してるよ?」
「いっ、いえ! 別に食べ歩きたいな~~なんて思ってないですよ。そっ、それより露零は何か食べてみたいものとかありますか?」
「う~んとね―、それじゃあ、あれを食べてみた!」
照れ隠しついでに投げ掛けられた質問に対し、露零が指を差して答えたのは少し先に見える綿菓子屋だった。
商店が大半とは言ったが中には祭りに向けた屋台も点在していて、露零が目を付けたのはその数少ない屋台の一つだった。
表立って認識はされていないが食通である心紬は同伴者の年相応なチョイスに「いいですね、それじゃあ食べに行きましょう!」と、少女が行きたいと言った店を自身も指差し、乗り気な様子で二人はそのまま屋台に向かって移動する。
「やぁ、いらっしゃい」
屋台主は冴えない中年男性だった。
特徴と言えば恐らくお手製なのだろう、可愛らしい手作りの看板やメニュー表が張られた屋台に不釣り合いな中年の男が働いているということだろうか。
だが身なりには人一倍気を使っているようで一切の乱れがなく、しかしそんな異色の組み合わせが傍から見れば物珍しそうに映り、集客という意味合いではいい方向に作用していると言えるだろう。
そんなパッとしない屋台主とは対照的に、隠し切れない華々しさのある心紬は後輩をエスコートするのだと胸中で軽く意気込むと物怖じすることなく気さくに話しかけていく。
「すみませーん。この期間限定、パチパチわたあめを二つください。お代の徴収は藍凪へお願いします」
お代の徴収先を聞き、思わず周りの通行人たちも足を止めると顔も知らない通行人同士で会話が弾み、ざわつき始める。
そしてそれは屋台主も同様だった。
彼ら庶民からしてみれば、貴族が下町で買い物をしているような物珍しい非日常の光景なのだ。
本来、一國を治める伽耶を含めた彼女の側近は出来合いをわざわざ購入することはない。
なぜなら家政婦ばりに何でもこなせる砦、シエナを専属として城に住み込みで働かせているためだ。
故に彼女らが大衆の面前に姿を現すのは非常に珍しく、しかし大して深く考えることなく素性を明かした心紬は通行人や各店の従業員、そして屋台主の視線を一身に集めていた。
「藍凪って……お嬢ちゃん、もしかして伽耶の従者かい? それじゃあ後で請求書を送っておくよ」
上流階級としての自覚が薄く、危機意識の低い心紬は請求書を送らせることで代金の支払いを省くと屋台主が作ったこの祭り一番の目玉水中花火をモチーフにしたパチパチわたあめ二つを受け取るとバランスを取りながら慎重に元来た道を引き返し、様々な感情の籠った眼差しを向ける庶民の視線を振り切って離れた位置で待機していた露零へと手渡す。
その後、二人は外れだからこそある飲食可能なフリースペースへと向かうとそこにある腰かけ用の石椅子に腰を下ろし、仲良く口の中で弾けるパチパチわたあめを食べ始める。
「はむっ! 美味しい~~!!」
「ふふっ、美味しそうに食べますね。それじゃあ私も、ぱくっ」
二人が今食べているこのパチパチわたあめだが、期間限定商品と銘打って売り出されているだけにその見栄えは完全にメインイベントである水中花火をイメージして作られていた。
まずはそのカラーリングだがわたあめ部分は薄い水色で、その内部には炭酸ガスが注入された、砕かれた飴玉の欠片が散りばめられている。
そして持ち手とは別に、手持ち花火を彷彿とさせる食用の飾り棒が二本刺さっていて露零は本体とも言えるわたあめから、心紬は食用の飾り棒を引き抜くとそのまま口へと運ぶ。
その後、二人は綿あめを食べ終えるとさらに屋台を見て回ることでさらに親睦を深めていく。
未だかつて経験したことのない未知に対し、軽食程度では満ち足りない少女は未だ興奮冷め止まない様子だがそれは他の一般人も例外ではなく、お祭り気分を満喫しながら城下町巡りをしている中、露零が本命とは別で最も不思議に感じたのは白変種のような白い動物が多い中、決して色褪せることなく、崇高さすら感じさせる赤い体色を維持している唯一の生物金魚だった。
少女が興味本位で金魚が泳いでいる宙を揺蕩う水球を小突こうとすると、そのことを一早く察知した心紬に手を掴まれすかさず注意喚起されてしまう。
「金魚が気になるんですか? 水鏡において唯一色を持つ生物なので國民の間では赤神様と呼ばれているんです。神様と同じ扱いをされているので悪戯してはだめですよ」
彼女の行動は少女がまだ行動を起こす前、これから取り得る少女の行動の事前察知はおそらく読心によるものなのだろう。
心を覗かれたのか? と半信半疑ではあったが少女は「へっ? もしかして心を読んだの?」と反射的に突き放してしまうような物言いで、デリカシーの欠片もない失言をしてしまう。
ついそんな疑問が口をついて出てしまい、自身がアウトプットした言葉が巡り巡って再び自身の耳を通ってインプットされると少女は恐る恐る顔を上げ、心紬の顔色を伺う。
しかし彼女は何を怒るでもなく、むしろ心を覗いたことを認め始める。
それどころか自身に非があると思ってすらいない彼女は何食わぬ顔で論点をずらすと今度は説教じみた物言いで語気を強め、軽く脅しをかけるかのように愛で鞭打つ。
「必要最低限でしか人の心は覗き見ませんよ。ただ、覚えておいてください。知らなかったでは済まされないこともあるのだと――――」
そうして城下町巡りを半日以上も満喫した二人の体力は日の入りに比例していた。
しかしその疲労感は表面化しておらず、藍凪に帰城したことで日中はドーパミンの影に隠れていたが、確かに蓄積されていた疲労から露零はすぐさま眠りに就いた。
そんな少女は帰城直後、シエナに何やら声を掛けられたような気がしなくもないが、今にも眠りに落ちそうだった少女は会話の内容どころか言葉を返したのか返していないのか、それすらも全く覚えていなかった。




