第一章21話『親睦』
現在の時刻はまだ日を跨いだばかりの深夜帯。
初めての経験なだけに比較対象が存在しないがとても現実味のある生まれて初めて見た不思議な夢に、不安に駆られた露零は自室を出ると心紬を探すべく階下に降りていく。
そうして一階に降りるとシエナと心紬が前方から時間帯に見合った小声で談笑しながら歩いてくるのが遠目に見え、思わず足を止め、しばらく声を掛けられないでいると少女に気付いた二人は最初こそ声を上げて驚きはするもその人物が後輩だと分かるや気を利かせて優しく声を掛けてくる。
「――ひっ! ……ってなーんだ、露零じゃないですか。どうしたんですか、こんな遅くに。あっ、もしかしてお手洗いの場所を探しているとか?」
持ち前の天然要素が本人センスのいい香水になっている心紬が二言目で見せた安定のポンコツ具合に露零は何とも言えない表情を浮かべる。
しかし彼女の表情をよく見てみるとまるでお化けでも見たかのような怯えた眼差し向けられていることに気付き、少女はそれより前に発せられた第一声を思い出すと彼女の言葉の意味をなんとなく察する。
そして同じく(なにを言ってるんだ?)と思っただろう、シエナは一人浮いている彼女に心底呆れながら悪態をつく。
「全く、心を読まないとより一層鈍さが悪目立ちしますね。どうやらあなたに話があるようですよ。さっき口をもごもごさせてましたし」
言われて気が付くとはまさにこのことだろう。
話し掛けるタイミングが見つからなかったのは事実だが、少女は自分でも気付かないうちに口をもごもごさせていたらしい。
心紬の第一声、及び二言目は全くの的外れだったが、気を使って会話を中断してくれた二人に少女は睡眠中に起こった不可思議な出来事、その一部始終をざっくりと説明して先輩二人の見解を求める。
「実はね、不思議なことがあったの。きっと寝ている間のことなんだけどね、知らない人とお~~っきな猫さんみたいな動物が戦ってたの!」
「夢、ですか…。戦っていたのは一人だけですか?」
「うん。あれって何だったんだろ?」
一人でなければ心当たりでもあったのだろうか。
そんな勘繰りができてしまいそうな言い回しだったが不安が先に立ち、心に余裕のなかった露零は「うん」と答えることが精一杯で、そのことには一切気付いていなかった。
故に返答次第で回答が変わっていたのかというとそうかもしれないが、少女が頷いたしたことで心紬はわからないと言ってそのままシエナにバトンパスすると、彼女は淡々と自身の見解を二つ三つ挙げ始める。
「う~ん、私は夢の手の方面に疎いので詳しいことは言えませんがシエナはどう見ますか?」
「そうですね。この場合いくつか考えられますがまず一つ目は記憶が元になって見る夢です。つまり露零はその事象をすでに体験していることになります。二つ目は身の内で起こっていることが夢として表れている場合です。そして三つ目はこれから起こり得る事象、さしずめ予知夢といったところですね」
シエナの精細な情報分析に、心紬は思わず「じ、情報量が多いですね…」と本心を漏らす。
そのマメさに対する関心も一定の割り合いはあるだろうがやはり必要以上の情報だということの方が印象的には大きく、心紬が言うように情報量が多いことは否めない。
しかしシエナの見解自体は的を射ているため見解自体を否定はせず、今度は露零に「腑に落ちる回答があるかわかりませんが私たちから言えるのはこんなところです」と、さも自分も貢献したかのようなニュアンスで伝える。
だが同じ話を聞いたにもかかわらず、押し寄せてきた情報の波に揺蕩うクラゲと化した心紬とは違い、先輩二人の話を柔軟な思考で聞き入っていた少女は靄が晴れたような表情で「シエナさんも心紬お姉ちゃんもありがとう」と感謝の意を伝えると軽やかな足取りで自室に戻っていく。
去り際の露零の表情から先輩としての務めを果たせたと胸を撫で下ろしたのも束の間に、心紬も思い出したように「あっ、今日は城下町を案内する予定だったんです」とシエナに伝えると慌てた様子で、だが環境音には細心の注意を払ってシエナの元を去っていく。
「相変らず忙しないですね。ですがあなたならきっと――」
気掛かりだった夢について、合点のいく回答を得た露零は自室に向かう最中、一抹の不安が消散したことで鼻歌交じりにスキップしてリズムを刻むと、まるで音符が弾むような軽やかな足取りで気付いた頃には自室の前に到着していた。
この時、少女は身体が覚えるという感覚を初めて味わう。
いや、実際には少し異なるがそんな泥酔者によく見られる帰巣本能のような現象で意識せずとも部屋に戻ってきた露零は悩みの種が解消し、一段落着いたことで緊張の糸が切れたのか少女は数分もしないうちに早くも二度目の眠りに落ちる。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
それから数時間が経過した同日の朝、ある人物が少女の部屋を訪ねてくる。
その人物は障子越しに「ろーあー!」と少女の名を近所迷惑一歩手前なくらいの声量で呼び、呼ばれた少女は変な時間帯に目を覚ましたからか、まだ寝足りないような表情で目をこすりながら渋々布団から出るとそのまま障子の外に顔を出す。
しかし寝覚めてまだ間もないため、寝間着姿の少女は「う~ん、心紬お姉ちゃんなぁに~~?」と眠たげな声でわざわざ部屋まで来た理由を尋ねる。
「今日は城下町にいきませんか?」
「ふぇ…? いい、の? 行ってみたい…かも……」
「それじゃあ私は身支度を終えてからまた来るのでその間に露零も準備しておいてくださいね~!」
それっきり心紬の声は聞こえなくなり、城下町に行くことに前向きな露零は二度寝ならぬ三度目したい欲を抑えると立った状態で身支度を始めていく。
この時、露零は昨夜の会話を目覚ましアラームとして脳内で再生することで無理やり目を覚まさせると、さらにダメ押しで眠気が抜けないながらも確かに心躍った心紬の提案も織り交ぜて脳内で何度も再生する。
そうして睡魔に勝る活力を得た少女の身支度ペースは次第に早まり、笑顔でテンポよく布団を畳み、髪を整え、着替えをすませると再び彼女が訪ねてくるまで部屋で大人しく待機していた。
そして次に心紬が訪ねてくるとそのまま部屋を出た二人は階下に移動し、一階にいたシエナに一言外出する旨を伝える。
「それじゃあシエナさん、行ってくるね」
「おや、もう出られるんですか?」
「ええ、ですからシエナに一言声を掛けておこうと思ってたんです」
藍凪を出る旨を伝えるとシエナは軽く相槌を返し、言葉にこそしていないが二人を城門前まで見送るため先導する形で二人の前を歩いていく。
露零はそんなシエナのイメージを人見知りや素っ気ないなどあまり良い印象を抱いてはいなかったからか、彼女が先導してくれることに「お見送りしてくれるの?」と意外そうに尋ねる。
「露零は開門、閉門している私を見る機会が多いかもしれませんが本来は送迎も私が担っていることの一環なんです。それではお気を付けて」
そう言って背中を押すような言葉で送り出された二人は城門をくぐり城下町へと繰り出す。
すると一歩外に出た先のそこには数多くの屋台が出店していて、それは横並びにかなりの距離に渡って続いていた。




