第一章20話『初夢』
心紬とシエナは同時に真逆の言葉を返し、露零目線、仲がいいのか悪いのかわからなくなりそうな二人の正反対な返しにも伽耶は高笑いしながら二人の言い分を理解する。
その上で一人置いてけぼり状態の少女にもわかるように情報を整理すると、そのまま言葉にして彼女は呼吸のような自然な運びで発する。
「あっはは、相変わらず仲がええんか悪いんかわからへんなぁ。確かに「日数」で言うたら早いけど『時間帯』で言うたら遅いになるわ」
伽耶の高笑いにつられ、二人も互いに顔を見合うとクスッと笑みを零す。
すると心紬が今度はシエナに年に一度のビッグイベントである水鏡で行われる大規模な祭りの日時を確認する。
「ところで城下町で行われる祭り、今年はいつからでしたっけ?」
「そうですね、水鏡名物の水中花火が一週間後なので屋台などは徐々に開店し始めているかもしれませんね」
「相変わらずシエナって情報通ですよね。と言っても今日一日は藍凪にいますよ? 出るにしても日を跨いでからです。ねっ」
そう言って心紬は露零に目配せすると、少女の共感を誘うように可愛らしくウィンクしてみせる。
その様子を冷めた横目で見ていたシエナに「出会ってからそれほど時間も経ってないのにすっかり打ち解けたようですね」と言われてしまい、何のことだか分からず険悪ムードだと感じ取った露零は(仲裁しなければ)という先行した感情によって無言で且つ無意識のまま、シエナとほんの僅かに距離を詰める。
しかし歩幅一歩分程度の距離が詰められたことに気付くことのなかった彼女は最後に「本当、羨ましいです……」と二人には聞こえないようボソッと呟く。
そんなこんなでなんだかんだ楽しく過ごしていた四人だったがそろそろいい時間帯。
伽耶は自身が一歩引き、話し手が心紬に変わるのを静かに待つと頃合いを見計らい、彼女は自身は会話から抜けるという意思を三人に伝える。
「楽しくやってるところ悪いけどまだ色々詰めなあかんしウチは抜けさせてもらうで」
そう言うや否や、伽耶は三人の言葉を待たずして一人部屋を後にする。
そんな姉の唐突な行動に(お姉ちゃんいつも急だよ)と内心呆れ果てる露零。
しかしそんな少女の考えは近親者ゆえのものなのか、その後に続く他の二人の言葉によって間接的に否定されることとなる。
「私もまだやることがありますしここでお開きにしますか?」
「そうですね。それじゃあ私達も行きますか」
主君の言葉に続いてシエナがお開きを提案すると、それに同調した心紬もその意思を露零に告げると成り行きに身を任せた二人は共に部屋を後にする。
そうして部屋を出た二人は心紬を先頭にどこかへ向かっていたが、行き先を知らない露零は彼女にこれからどうするのか尋ねる。
「心紬お姉ちゃん、これから私たちどうするの?」
すると心紬は「そうですね、露零は何かしたいことありますか?」と特に目的も決まっていない様子で、彼女は逆に少女に質問で返す。
主君である伽耶が自由を信条としているからか、どこかのびやかな雰囲気だとこれまでの会話や日常生活を送る中で感じ取っていた露零だったが、『読心しない彼女はポンコツ』だと少女の中では認識が固まりつつもあった。
そんなことを考えていたせいで予期せぬ質問返しをされた少女は返答するのにワンテンポ遅れ、「う~んとねー」としばらく考え込んだ後、思い出したように「あっ、それじゃあ猫さんを見たい!」と目をキラキラさせながら心紬に自身の要望を伝える。
心紬からすれば思ってもみなかったことだろう。
それなら擬人化を思わせる混血種の方が会話も弾み、それでいて半身としての愛嬌も持ち合わせている彼女の方が理に適っていると考えるも、彼女のルックス面を脳内で思い返すと心紬はポンと手を叩いて納得する。
その後、彼女は露零の自室まで付き添い少女を無事部屋まで送り届けると、自身は一人部屋を後にし、しばらくすると今度は一匹の子猫を連れて戻ってくる。
「この子でいいですか? 思い返してみれば私たちが出会えたのはこの子のおかげでしたね」
「そうだね、心紬お姉ちゃんありがとう!」
リクエストに応えて子猫を連れてきてくれたことに感謝を伝えると、少女は早速近付いてくる子猫をそっと抱き上げ、膝の上に乗せると優しく頭を愛で始める。
子猫、そして子猫に引けを取らない愛らしい笑顔を見せる露零の姿に心紬は指カメラに一人と一匹を収めると(何人たりとも露零の純真無垢を穢すことはできない)と確信する。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
まるで猫カフェのように子猫と長時間戯れた少女は耳元で聞こえた子猫の「ニャ~オ」という鳴き声で目を覚ます。
気が付くと既に部屋の中に心紬の姿はなく、少女は自身に掛けられた黒いフードのついたマントに気付くとそれを畳んで机の上に乗せる。
相変わらず胸元に五芒星、そしてその中心にある雪の結晶の模様がはっきりと浮かび上がっていたが今の少女はそんな些細なこと、気にも留めていなかった。
(外、もう真っ暗だ。私、なんだかずっと寝てる気がして恥ずかしい……)
露零は自分が人一倍眠っていることを自覚していたが、その理由までははわかっていなかった。
ぱちぱちパチンと数回瞬きしながら目を覚ました少女は窓から外を覗くと夜であることが分かるなり布団を敷き、その布団にもぐり込むと添い寝相手に子猫も誘い、ゆっくりと目を閉じ少女は二度目の眠りにつく。
それからしばらくすると――。
(なにこれなにこれ??! 私の中で誰か戦ってる!)
この時、露零は初めて夢というものを見る。
非現実的なその光景を瞼の裏側の世界で目にした少女が目を覚ますとまるで化け物でも見たかのように恐怖に引きつった、それでいて心底困惑した表情を浮かべていた。
眠りが浅いということもあってか夢で見たものの内容は朧気だったが、確かなのは一人の人物が黒く、とてつもなく大きな四足獣と激しい戦闘を繰り広げていたということだった。
他にも重要そうな会話が一人と一匹の間で交わされているような気がしたが、夢の中の少女はそもそも会話を聞いていなかったのか、あるいは記憶から抜け落ちているのかそこまで詳細に思い出すことができなかった。
妙な胸騒ぎで起き上がった露零はまだ夢と現実が混合しているのか、状況把握に時間が掛かっていた。
「さっきのあれ、何だったんだろ……」
この時、露零は今回に限らず寝て起きてを繰り返していたこれまでの自分の行いを振り返っていて、その自覚があるだけに今回見た光景にも絶対の自信を持てずにいた。
しかし初めて体験した睡眠中の出来事を自分だけで抱えることに不安を感じた少女は最も心を許している人物に相談することを決意するとそのまま部屋を後にする。
「心紬お姉ちゃん、今どこにいるんだろう……」




