第一章19話『相手違い』
城内の構造を説明する上でまず外せないのは階層だろうか。
玄関のある階を一階として、上に二階、そして地下からなる計四階のその城には地下を丸々使った大浴場がある。
その大浴場は城主である藍爛然以外が使用することはないが、大の入浴好きとして知られる彼女はまるで潤沢な懐事情を強調するかのように、銭湯のような感覚で金銭を湯水の如く入浴剤として溶かすという國民が知れば総バッシングを受けそうな、無駄遣いの代表と言っても過言ではない常時水の入れ替えを行っている。
そして一階には城に入る際に通ってきた玄関を始め、応接間やキッチンなど日常不可欠な部屋が障子によって小分けに区切られていて、目算だがその数は実に数十部屋はあるだろう。
そして二・三階は一階と同様の間取りで、その一室は露零の自室になっている。
いや、正確に言うならば、二階と三階にも多少の違いはあり、あえて挙げるならそれは空気感とでも言うべきだろうか。
城主の自室が最上階にあるからか、自然現象と言ってしまえばそれまでだが明らかに他フロアとは異なるどこか気品ある空気感が最上階には漂っている。
と、ここまでを散策過程で理解した少女は今一度、城内の構造を脳内で復唱することで整理するとそのまま次のステップに進むべく、今度は現在地を把握しようと(ここって二階だよね?)と考える。
するとそんな少女の背後から気配を殺して近付いてきたある人物が聞き馴染んだ、それでいてどこか言い回しに棘のある口調で声を掛けられる。
「――――こんなところにいたんですか。部屋にいなかったので探しに来たのですが城内を散策でもしていたんですか?」
伽耶を探していたはずが、いつの間にかただの散策になっていた。
そんなところに探し人の所在を知っているだろうシエナが現れ、第二目的ではあるが先輩従者に背後から声を掛けられたことで少しばかり取り乱した少女は次第に落ち着きを取り戻すと彼女に伽耶の所在を確認する。
「シエナさん! 伽耶お姉ちゃん今どこにいるの? 怪我は、大丈夫なの…?」
「ええ。伽耶様は有為でも五本の指に入る実力者ですし心配するだけ無駄ですよ」
直接本人を見たわけではないが、信頼できる同僚の口から聞いた伽耶の無事報告に「よかったよ~~!」と一安心した少女は安堵の表情を浮かべていた。
そして少女は次に伽耶に会いたい旨を伝え、今ここにいるのも姉を探していたからだと言って居場所を訪ねるとあわよくばシエナとも距離を縮めようと、案内してもらえないかと提案する。
「伽耶お姉ちゃんに伝えたいことがあるの、今どこにいるの? もしよかったら案内して欲しいな~って」
「? 別にそれはいいですが…。それではついてきてください」
疑問符を浮かべた時のシエナの表情はきょとん顔だった。
しかしその後に続く少女の言葉を聞くとそっちは想定外だったのか、時間差で彼女はほんの僅かに困惑の色を見せる。
感覚の違いという種族の垣根を感じさせるすれ違いで困惑を示したシエナだったが、すぐさま切り替えて案内役を引き受けると露零を追い抜き、同一階の突き当りにある一室へと少女を案内する。
そうして案内された部屋に二人が入るとすでに室内にいた伽耶と心紬が何やら話し込んでいたが、シエナはそんなのお構いなしに横槍を入れる。
「――――だから何度も言ってるじゃないですか」
「わかったから何遍もい言いなや」
「お二方、露零が目を覚ましましたよ。何やら伽耶様に伝えたいことがあるそうです」
部屋に入った少女の目に真っ先に飛び込んできたのは、左腕から肩にかけてを欠損した何とも痛ましい伽耶の姿だった。
恐らく燦との闘いで失って以降、ずっとそのままなのだろう。
その痛ましい姿を見ただけで直前の会話内容が嫌でも予想できてしまった少女は同時に当時の記憶と結び付いたことで罪悪感と無力さを強く感じると思わず表情を引きつらせてしまうがシエナに促されたことで、少女は未開の地でのある出来事を思い返すと自身の考えは瞬く間に上書きされ、守ってくれたことに対して、その場では伝えられなかった感謝の言葉を今、改めて口にする。
「伽耶お姉ちゃん、あの時は守ってくれてありがとう! その腕…私のせいだよね?」
しかし露零が伝えた感謝の言葉は抽象的だったため、伽耶は一瞬、表情と首を無意識に傾げて疑問符を浮かべていた。
そして思い出したように、いや、ピンと来たようにポンと手を叩くと持ち前の柔軟性で一度思考をクリアにすると頭の回転の速さですぐに言葉を返す。
「ああ~! 燦とのことやろ? ウチは藍爛然以前に一國を治めてる身やし民を守るんは当然のことやからなんも気にせんでええよ」
伽耶の言葉に嘘特有の嫌悪感を感じなかった露零は自身も水鏡の一員になったように感じ、その後は嬉しそうに終始ニコニコしていた。
そんな少女の少しはにかんだ満面の笑みを見た心紬は「嬉しそうでよかったですね」と冗談半分で伽耶を冷やかし、伽耶もそんな彼女に軽口を返すと二人は互いに笑い合う。
その様子を部屋の隅で見ていたシエナはどこか羨ましそうな様子だったが、彼女が二人の会話に入ることはなかった。
「ともあれこれで地上は伽耶様が制したも同然ですね」
その時、不意に心紬が今回の戦果の話を切り出す。
唐突な彼女の話の振りに伽耶は空気を壊すなと言わんばかりに彼女の口を閉じさせようと目つきで牽制する。
しかし彼女は怯むどころかむしろ乗り気で話を続ける。
「伽耶様、今後の方針を露零にも伝えたほうがいいのでは?」
タイミングを窺っていただけに、従者に先に越されて言われてしまった伽耶は「言われんでもわかってるわ」と言って退けると自分が話すと言わんばかりに分かりやすく一歩前に出る。
そして彼女は自身がこれから取る行動、そして露零が今後取るべき行動を明確に、それでいて長ったらしくならぬよう端的に説明していく。
「ウチは近いうちにもう一人の御爛然と一戦交えることになるんや。次にあんたにして欲しいことやねんけどそれはずばり水鏡に留まることや。そん中で出来ることやったら基本何してもええよ」
――――流石というべきだろうか。
自由を謳っていると自負しているだけに最低限の約束は結ぶものの、彼女は必要以上に縛るということはしないでいた。
一方の露零もそんな彼女の自由意志に基づく配慮に気付き、國に留まるにあたってあることを確認する。
「心紬お姉ちゃんと一緒にいてもいいの?」
「ちょい待ち、それは聞く相手がちゃうで。そういうことは本人に直接聞き」
間髪入れずにそう返すと伽耶は目線で心紬の方へと誘導し、露零は改めて同じ質問を今度は心紬に対して繰り返す。
「ねぇ。待ってる間、一緒にいてもいい?」
「もちろんです♪」
思いもしなかった嬉しい提案に心紬は最初、驚いたような表情をしていたが指名されたことがよっぽど嬉しかったのか、優しく微笑みを返すと二つ返事で快諾する。
そして二人が今後、行動を共にすることを理解した伽耶は主君として、また姉として付き添う従者にあることを依頼する。
「心紬、その子にはなるだけ色んな物を見せたって。ウチの見立てやとその子はウチらにとって戦況を左右しうる物を持っとる」
いつになく真剣な口調で伝える伽耶に心紬はコクリと静かに頷くと、今度は彼女が主君が出立する詳細な日時を確認する。
するとこれまで話に入ってこなかったシエナもなぜかその話題に食いつき、興味あり気な様子で二人の会話にしれっと混ざり込んでくる。
「そういえば伽耶様はいつ國を出るんですか?」
「私も気になります。いつもの放浪じゃないんですから当然ある程度目処は立てていますよね?」
「もちろんや、ウチが國を空けるんは明後日やで。日が落ちてからやけどな」
「早いですね」
「遅いですね」




