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御爛然  作者: 愛植落柿
第一章『水鏡』
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第一章18話『逆乱逆』

 ――――タダほど怖いものはないとはよく言ったものだ。

 何もないことが却って不気味だと言わんばかりに、今まで見せたことのない焦りの表情を浮かべる心紬みつ

 そんな彼女とは対照的にキョトンとした顔でただただ純粋な疑問を返す露零ろあ

 その純粋さ故に変にきらきらと輝かせた瞳を向けられた彼女はにわかには受け入れ難い事実を理解するため、一度呼吸を整えると動揺と心配が入り混じったような声で質問を質問で返す。


「本当に大丈夫なんですか…? 怪我人を藍凪あいなぎまで歩かせるわけには……」


「だ、大丈夫だよ! それに私、何もできなくて伽耶かやお姉ちゃんに頼りっぱなしだったから今度は私が伽耶かやお姉ちゃんを助けたいの」


「ふふっ、可愛いことを言いますね。でも朱爛然あけらんぜん様相手に無事生還できたのは凄いことなんですからもっと自身を持っていいんですよ? 何も今すぐ移動しようというわけじゃありませんし、それまでは安静にしていてください」


 心紬みつ露零ろあ初陣ういじんを褒めることで少女の気を良くすると、同時に安静にするよう少女に促す。

 しかし少女はそんな彼女のさり気ない気遣いを気遣いとも気付かず無視すると、無意識のうちに身体に鞭打ちながら立ち上がろうする。

 すると傷に障ったのか、頭部にズキッっと痛みが走る感覚を覚えた少女は心紬みつに支えらながら再び地面に頭を下ろす。


「いっ……」


「大丈夫ですか? やっぱりまだ安静にしていた方が……」


 事実だけを見るならば、少女に怪我は全く無い。

 しかし医者としての長年の経験と勘が「事態」と『結果』が釣り合っていないという違和感に警鐘を鳴らし、心紬みつが抱いた根拠のない心配は悪い意味で見事的中することとなる。

 その一方で当の本人はというと、意識はあるのに体の自由が利かない状況に歯痒さを覚え、しょんぼりとしていたがそんな少女の心中を察したのか、心紬みつは連れてきた愛猫が首元に巻いていたスカーフを伽耶かやの治療を再開するにあたって汲んだボトルに残っていた水で濡らすと少女の額に優しくそっと被せる。


「んっ」


「気休め程度ですがきっと少しは楽になりますよ」


 四つ織りしても尚、露零ろあの額より一回り以上大きいそのスカーフは少女の目元までかかり、まるでアイマスクを装着したかのように視界を遮られた少女は次第に睡魔に襲われ、やがて眠りに落ちていく。


 それからしばらく経った頃、寝息が聞こえてからもさらに時間を置き、完全に少女が深い眠りに落ちたことを確信できる状況になると心紬みつはぽつりと小さく呟く。


伽耶かや様がいつか言っていた通りですね。読心ではわからない心身の疲労は()()が判断材料になる。やはり伽耶かや様に歩いてもらうことになりそうです」


「――――あんたに介抱してもろてだいぶ楽になったし別にウチはええよ?」


 それはまるで夜襲やしゅうをかけられるような、不意打ちの返答だった。

 心紬みつからしてみればまだ意識の戻っていない前提で、独り言のつもりで呟いた言葉だが気を失っていたと思っていた人物から、思わぬ返答を受けたことに発言者は二つの意味で驚いた反応を示す。


「起きていたんですか??」


「今さっき起きてん。怪我人に歩かせるわけにいかへんしその子はあんたがおぶってくれるんやろ?」


 目覚めて間もない主君に軽症者の扱いについて尋ねられ、行動を共にした期間以上に入れ込んでいた心紬みつは「も、もちろんです!」と隠し切れない喜びを語気に宿し、表情にも浮かべながら嬉しそうに言葉を返す。

 そんな彼女は自身の就任を最後に長らくの期間途絶え、その末にできた後輩従者にして妹のような存在。

 その妹のように見ていた露零ろあをこれまた敬愛して止まない主君に任されたという事実がよっぽど嬉しかったのか、早速行動に移ると彼女は軽々少女を背負い主君の手を引き立ち上がるのを補助すると、二人は藍凪あいなぎに向かって移動を開始する。


 話は少し遡るが二人が國を出てあきらと相対したのがまだ日が昇る前の午前四時頃、現在はそれから数時間が経過し、國一つを覆う水球の外側に見える日の出が戦後疲れが残る二人の背中を優しくも力強く照らすとその炤爛しょうらんが増すにつれて、決して多いとは言えないが國内ではちらほらと人が見え始める。

 そんな陽光の差し具合に比例して人が増す城下町を通って帰城きじょうするその道中で、伽耶かやは主従関係に亀裂が生じかねないデリケートな、しかし疑惑が確信へと変わった()()()()について尋ねる。


「あんたに一つ聞きいときたいんやけどええ?」


「? 何ですか」


「最近ウチの記憶がどうも曖昧なんやけどその子となんか関係あるん? それか――――」


 言い出すまでには葛藤があれど、一度腹を括って発せばもう後に引くことはできない。

 単刀直入な主君の問い掛けに何かやましいことでもあるのだろうか。

 心紬みつの表情は露骨に強張り、目線を落とすと流石にこれ以上は隠し通せないと判断したのか、意を決した表情を浮かべるとゆっくりと口を開き、無礼とならぬよう慎重に言葉を選びながら主君の問い掛けに返答する。


「……そう、ですね。今の段階で私から言えることがあるとすればそれは伽耶かや様に対する思いです。伽耶かや様に仕えてから今日この日まで…いえ、現在進行形で私の気持ちは常に一貫しています」


 ――――従者のいいようになっている。

 ぼかされはしたが主君の手前、嘘はつけないのだろうことが感じられるその言い回しに一瞬そんな考えが脳裏を過り、伽耶かやはこみ上げる不快感に思わず口元を抑えてしまう。

 ()()をモットーとしている彼女にとって、敷かれたレールの上を進んでいるような状況は不快以外の何物でもなく、顔を上げた伽耶かやはつい反射的に幻滅したような眼差しを信頼の置ける従者に向けてしまう。


 その後も二人を取り巻くギクシャクした空気が変わることはなく、さっきまでとはうって代わって口数がめっきり減り、重たい空気のまま二人が目的地手前に配置された城門前に到着すると、まるで全て見ていたかのようなタイミングで分厚く大きな木造の扉は『ギィィィ』と大きな音を立てながら開門し、中からシエナが現れる。


「お早いお戻りですね。湯浴ゆあみの準備も露零ろあ自室へやの準備もできているのでどうぞ」


「おっ、用意がええやん。流石やな」


伽耶かや様の従者ですからこのくらい当然です」


露零ろあの自室は先日使用していたあの部屋ですよね?」


「ええ」


 二人は会話に第三者が加わったことで本来のテンションを取り戻すと、城門をくぐった三人は庭先に敷かれた玉砂利の上をゆっくりと進み藍凪あいなぎの中へと入っていく。

 城内に入ると伽耶かやはすぐさま地下へと向かい、心紬みつ露零ろあを背負ったまま二階の一室へと連れ運ぶ。

 玄関横にある階段を上り、廊下を歩いて到着した部屋に入ると室内には予め布団が敷かれ、彼女は背負っていた軽傷少女をそっと布団に移すと自身は物音ひとつ立てず、静かに部屋を後にする。


「私に任されたこの大一番おおいちばん、必ず成し遂げて見せます」


※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「う~ん。ここは、どこ? あれ? お姉ちゃん、は…」


 露零ろあが目を覚ましたのは藍凪あいなぎに戻ってから優に一日以上が経過した後だった。

 今では頭痛もすっかり引いたようで、さっきは試みるもできなかった上体を今度は起こすと体の不調を確認する。

 しかし特にこれといった怪我や不調の見当たらない露零ろあはいつの間にか戻ってきていた室内を部屋の中心から広々と見渡す。

 すると物の少ない部屋の中にかつて自身が置いたままにしたフードの付いた黒いマントが目に留まり、少女は今いる場所がこの國、水鏡すいきょうに初めて訪れた日に一夜を明かした部屋だと気付き始める。


「ここって昨日の……。私、に戻ってこれたんだ。あっ、そんなことよりお姉ちゃんはどこ?」


 そこそこの怪我、いや、軽疲労によるダウンから目を覚ました露零ろあだが、少女は自身のことは二の次に姉である伽耶かやのことを真っ先に気に掛けていた。

 部屋を出てすぐ、不意に気怠さに襲われるも何のそのと言わんばかりの若さからくる底なしの気力で姉を探すべく城内を歩き回る。

 その結果、城内を一通り歩き回って見ても三人を見つけることはできなかったが、散策時間に比例して露零ろあは城内の構造を自ずと理解していく。

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