恋に落ちたのは間違いだった
そもそもであるが、私が処刑された原因はジェリー……ジェラルド第二王子と恋をしてしまったためだ。
私はただの平民の田舎娘だった。
ある日、教会主導での魔力適性検査が私の住んでいた村までやってきた。そこで私は光の魔法に強い適性を示してこの時代の聖女として抱え込まれることになった。
そして、王都に迎え入れられてひたすらに修行の日々を過ごした。
教会での暮らしもそう良いものではなかった。奉仕活動は魔力が大きいからと幼いうちから一人で他の方々の倍以上を課せられて、平民だからと沢山の仕事を押し付けられた。同じ聖職者でも、法衣を纏っただけのお嬢様方は優雅な暮らしをしていた。
けれど、私が6歳の時。私の住んでいた村が盗賊に襲われて皆殺しにあった事を新聞で知った。
だからもう帰る場所もないと、差別にあっても私は必死に日々の奉仕と鍛錬をした。
15歳になる年、私は貴族の通う魔法学園へと入ることになった。
私は聖女として国に尽くすことが決められていたので、貴族との関わり方を学ぶため…というのがその理由だ。
そこでは好きな本が読めて、虐待のようなキツい修行もなくて、村にいた時よりも質素な食事からまともな食事に変わって。
まるで天国みたい!と一瞬は思ったのだ。
けれど、きっと地獄への階段はここから始まっていたのだろう。
教会にいた時と比べれば幸せな日々だったけれど、軽いものからえげつないものまで、嫌がらせはそれなりに多かった。それを偶然にこの国の第二王子、ジェラルド殿下が見つけてしまったのだ。
正義感の強い彼は、私を元気づけようとしたし、犯人を許すことはできないと憤慨して走り回ってくれた。
私はまだ小娘で、周囲にはそんな風に気遣ってくれる人もいなくて。だから優しい王子様に夢を見るように、恋をしてしまった。
王子様は侯爵家の令嬢と婚約していた。
だから私は遠くから見ているだけで十分だと思った。酷い嫌がらせの主犯は彼女だったけれど、身分も容姿も後ろ盾も申し分のないお姫様のような人だった。
幸いにも、男女では受ける学科も違っていたし、私は生涯を未婚で過ごす身だ。
この一生で、一つの恋を抱えて生きるというのも良いのではないかと思った。
けれど、ジェリーは恋を諦める性格をしていなかったらしい。
令嬢に婚約の解消を願い出て、私のところまで来て告白をしてくれた。
彼自身が他の人に心を移した自分に非があると侯爵家に誠心誠意謝罪して、私を望んでくれた。
とても嬉しかったけれど、私は受け入れるわけにはいかなかった。
聖女は未婚の、清らかな処女でなくてはいけなかった。それに私では貴族社会を生きる彼の力にはなれないと感じていた。学園で過ごしていればどれだけそれが難しいことなのかは容易にわかってしまった。
だから、お断りをした。
けれど、彼はどうしても、このひとときだけでもと。諦めきれないのだと言った。
私も、同じ気持ちだと知ってしまった彼を諦め切ることなんてできなかった。きっとそれが罪だった。
私は彼を跳ね除けなければいけなかった。
受け入れてしまった私は、学生の間だけというお約束で期間限定の恋人となった。
私たちは初めての恋に夢中になった。
一緒に勉強をして、おしゃべりをして、少しだけ出かけて。今思ってもとても清いお付き合いだったと思うけれど、それでも私たちはその罰を受けた。
ジェリーの元婚約者の侯爵家の令嬢。
彼女は隣の国に嫁いで、そこで光の魔法を使えるようになった。しかも、その時の私より強い魔法だった。
その頃から私は逆に魔法を使えなくなっていった。ジェリーとは清いお付き合いをしていたので処女でなくなったからというわけでもない。
けれど、利用価値のなくなった私が転落していくのに時間はかからなかった。
聖女の地位を剥奪された私は、教会の偉い人に手籠にされかけた。そこをジェリーは助けてくれた。少ししか渡すことはできないが、とご自分の資産の一部を持たせてくれて、私を王都から逃がしてくれたのだ。
私は救われた身で、これでやり直そうと。彼だけを思って遠くから生きようと
──その時は、そう思っていたのだ。
我が国は魔物が多い。そして、国を守るべき聖女が力を失い、強い光の魔法が出現した令嬢は他国に嫁いでしまっている。
他に結界を維持できるような光属性の能力者は国に残ってはいなかった。そもそも、光属性の力が珍しいものだった。
国は結界が弱ったことで聖女を失ったことを国民に知られてしまった。その責任を、彼は一人で負おうとした。
自分が令嬢との婚約を解消したせいだと、そう言って。
ジェリーは優しい人だったからみんなに好かれていた。
だから、彼の周囲は彼の守ろうとした私を殺してでも、彼を守りたかった。
結果として…。
結果として、私は国を売った魔女として処刑されたのだ。
個人的には王家や貴族の鬱憤を晴らすための拷問がなければ特に死に関して思うところはない。
だって、これで私が恋した人は生きることが許されるのだ。そう心から思えるくらいには、私はあの人を愛していた。
だから、もう良いのだと。
──あなたさえ幸せであれば、と願った。