1 一学期が終わった
雨の季節が終わるとほぼ同時に、一学期が終わった。
郁也にとって、春から実に目まぐるしい変化に見舞われた一学期だった。
新しい環境、新しい人間関係、新しいタヌキ……いや、タヌキは新しいとかは関係なく、そもそも人生に食い込んでくる予定はこれっぽっちもなかったか。
――ペット候補の動物でもなかったし。
それはともかくとして。
一学期終了ということは、明日からは夏休みだ。
一学期の終業式が終わった今、「夏休み中の部活動の計画をたてる」と言う先輩の崎山に呼ばれて、こうして部室である数学準備室にいる。
清水は夏休み前の職員会議が長くなるとかで不在で、崎山との二人である。
崎山がインスタントのアイスコーヒーをブラックで、郁也が甘いカフェオレにして飲みながら、夏休みの活動について話し合っていた。
「まず、肝試しは外せないでしょ~♪」
崎山が「夏のイベント!」という題目で、ホワイトボードに書き込んでいく。
――そんな必須項目はいらないんだけどな……。
そう思いはしても、口に出しては言えないのが郁也なのである。
「場所はぁ、快斗くん家でいいとしてぇ……あ!
そだそだ!」
そう言いながら崎山がホワイトボードからこちらへパッと振り向いた。
「橘くん、ウチのお姉ちゃんに会ったんでしょ?」
「はい?」
突然そんなことを言われた郁也は、目を丸くする。
崎山先輩の姉なんて知らない。
――いや、しかしこのフレーズをどこかで聞いた気がする?
こんな既視感を、以前にも抱いたことがあった気がするのだけれども、はて一体どこでだったか?
郁也が記憶をひっくり返して考えていると。
「あれぇ~? 会ってるヨネ?
快斗くんところにいる、お姉ちゃんだってば♪」
崎山がペンをフリフリしながらそう述べた。
『愛は私の母の年の離れた妹で、叔母さんです』
途端に以前に聞いた清水の言葉が、脳内に蘇る。
――そうだ! 清水先生のお母さんって、崎山先輩に似ていたんだ!?
崎山が清水の母の妹ということは、清水の母は崎山の姉ということだ。
言葉にすれば「当たり前だろう」と言われることだが、この二つは言い方を変えただけで、自分は何故気付かなかったのか?
今になって謎が解けた郁也が、驚きすぎてカフェオレを机にこぼしてしまい、慌ててティッシュで拭いていると、数学準備室のドアがガラッと開く。
「はぁ~、疲れた。
書面を読めばいい話を、延々説明されるのは勘弁ですよ」
そしてそうボヤきながら、清水が入ってきた。
「快斗くん、お帰り~♪」
「なにか決まりましたか?」
笑顔で迎える崎山に、清水が尋ねる。
これに、崎山が笑顔で答えた。
「えっとね♪
まずは肝試しは外せないよねって、橘くんも言ってくれていたトコ♪」
――いやいや、俺は同意していませんから!?
崎山の中では郁也も積極的であることになっているらしい。
なんということだろうか?
≪肝試しって、ニンゲンって昔から好きだよねぇ~。
なにが楽しいのかワカンナイ≫
ポン助がこんなことを言っているが、このタヌキだって結構なビビリなくせに、と郁也は白けた気持ちを脳内に向ける。
――夜中のカエルの鳴き声にだってビビっているの、気付いているからな。
この時期、夜になると「ウォーン」という不気味な音が響いていて、あれがカエルの鳴き声だと知るまでは郁也だって怖かったものだ。
いや、今だって不意打ちで鳴かれると怖い。
カエルの鳴き声はケロケロで統一してほしい。
郁也がそんなことを考えていると。
「やっぱり、決行日はお盆でしょ~♪」
「ウチは別にいいですけど、客間は開いていますし」
「よぅし、決まり♪」
なんと、肝試し計画の実行が決まってしまっていた。




