4 職員室にて
郁也が校内に入り、駐輪場へ向かって原付バイクを押していると、周囲の生徒がざわついている。
「アイツ、死んだんだろう!?」
「幽霊か!?」
「不死身の男だ!」
――だから、死んでないぞ。
あの看板に備えられた花束とい、世間は郁也を死んだことにしたいらしい。
案外あの花束も、学校関係者なのだろうか?
周りをざわつかせながら駐輪場へと原付バイクを置き、学校へ来たらまず職員室へ顔を出すように言われているので、そちらへと足を向ける。
職員室周辺は教室がないため、あまり生徒がウロウロしておらず、比較的静かだった。
「あ~、落ち着く……」
それまでの遠巻きにしながらまとわりついてくる視線から逃れられたことに、郁也はホッと息を吐く。
それにしても、郁也が職員室に来るのは原付バイク通学の許可を貰う時以来か。
昔から素行はいい方だったので、職員室とは縁がない郁也であるので、心持ち緊張しながら戸に手をかけると。
ゾワッ!
突然、郁也の全身に鳥肌が立った。
≪コワイ!≫
微かにそんな声も聞こえた気がした時。
ガラッ
戸が開き、そこに男の教師が立っていた。
「おや、橘くん。元気そうですね」
そう話しかけてきた男は、郁也の学年の数学担当で清水快斗。
高い背丈に涼やかな容貌とメタルフレームの眼鏡という見た目で、女子生徒に人気のある教師である。
「あ、ハイ、この通りピンピンしていて……」
「ハハハ、事故の翌日に流れた死亡説を未だに信じている生徒が多いみたいですから、さぞビックリされたでしょう?」
「まあ、そんなカンジで」
清水が話しかけてくる内容になんとか応じている郁也だが、実はその会話内容は全く頭に入ってこない。
何故ならば――
≪コワイコワイコワイ≫
脳内で、なにかのそんな声がこだまするのだ。
一体なにが怖いのか?
そして全身の鳥肌は治まることなく、郁也自身も動悸がしてくる。
すると清水も、郁也の様子がおかしいことに気付いたのか。
「どうしました?
やはり具合が悪いのですか?」
そう言って清水が顔を覗き込んでくる。
その瞬間。
≪コイツ、コワイ!≫
脳内でなにかが大声で叫び、郁也の身体をビリっとした刺激が走り抜ける。
「……あれ?」
清水が訝し気な表情浮かべるのに、郁也は気付かず。
「しっ、失礼します!」
郁也はこれ以上ここに――この清水の前にいたくなくて、職員室前から駆け去ってしまう。
「ちょっと、橘くん!」
清水が呼びかけてくるが、聞こえないふりをしてとにかく走る。
どこへ向かっているのかは自分でも定かではなく、とにかく職員室、いや、清水から離れようとするだけだった。
――そうか、俺は清水先生が怖いんだ。
そのことに気付いたのは、校内をぐるっと回って、裏のゴミ捨て場にたどり着き、ようやく足を止めてからであった。
息は上がっているものの、鳥肌と動悸は止まっている。
「なんだったんだろう、あの声……」
郁也は誰もいないゴミ捨て場で独り呟く。
男のような、女のような、大人のような、子供のような、不思議な声だった。
あんな声の主に、郁也は心当たりが全くない。
それにしても、思わずというか、反射的に逃げてしまったのだけれども、職員室は行かなければいけないわけで。
――もうちょっと待って、あの清水先生がいなくなってそうになってから行こう。
そう考えた郁也が職員室に戻ったのは、それからしばらくしてからであった。