19 モフられ中だった
郁也はふっと意識が浮き上がった。
――なんだろう、俺って今寝ていたのか?
内心首を傾げながら、郁也は「う~ん」と伸びをした。
そうすると、なんだかお尻のあたりがムズムズして、なにかにムギュっとされている感触がある。
それを「嫌だな」と思った郁也は、逃げようとするがまるで拘束されたように身体が動かない。
一体どういう状況なのか? と郁也が目を開けると。
「おや、目が覚めましたか?」
間近に清水び顔があった。
これは覚えのあるシチュエーションである。
ちょっと首を動かせば、茶色い毛皮が見える。
「ウキュ……」
――またか、またなのか!?
郁也は驚きで固まる。
またもや全身タヌキ状態とは、一体なにがきっかけなのか?
もしや、気を失うとタヌキになるのだろうか?
そんな風に推測しながら、とりあえず違和感のあるお尻を確認する。
すると、清水の手が尻尾を根元からスルーっと撫でているのが見えた。
どうやらお尻のムズムズはこれが原因であるようだ。
「キュ!(やめろ!)」
郁也はお尻を振って清水の手を尻尾から外す。
自由になった尻尾がブワッと膨らんだのに、自分でも驚くものの、数回ブンブンしたら治まった。
どうやら生理的な反応だったようだ。
郁也は尻尾を取り戻したところで、キョロキョロと周りを見る。
どうやらここは数学準備室のようだ。
けれど何故に、自分はここにいるのか?
――確か、朝から天邪鬼を捕まえるぞって崎山先輩に言われて、けど気持ち悪くなって……。
郁也の意識はそこまでで途切れている。
もしやそこで気絶してしまったのだろうか?
ソワソワとしだした郁也を見て、清水が現状を説明してくれた。
「あの後、橘くんは気を失ってしまったんですよ。
ちなみにもう授業は始まっています。
よく寝ていましたねぇ。
担任からは、君は虚弱体質だと思われてますよ」
なんと、まさかそんなに寝ていたとは。
それに確かに入学してすぐに入院したり、早退したりしているが、我ながらずいぶん逞しい体格の虚弱体質である。
郁也が呆然としていると、清水の手がまた郁也の毛並みに伸びてくる。
――あ、こら、毛を逆撫でするな! 指を差し込むな!
郁也の毛並みを撫でて遊ぶ清水に、ジタバタと抵抗する。
そんな攻防をしていると、全身がボサボサになってしまった。
「さて、僕は堪能させていだだきましたし。
戻れますか? 橘くん」
ボサボサにした張本人が、満足そうな顔でそんなことを言う。
――戻る、戻る……。
郁也が念じると。
ポンッ!
またあの衝撃と共に、人間の身体が戻って来た。
そしてまた、清水の膝の上だ。
郁也が落ちないように、清水が腕を回して抱っこみたいな体勢をとってくれている。
どうして先に床に降りなかったのか、我ながらマヌケだ。
膝の上に乗っているせいで、清水と顔が近い。
「すみません、降りますね」
郁也は急いで清水の膝の上から降りながら、「でも」と考える。
思えば人とこんな近距離で接するなんて、過去にあっただろうか?
もしかしたら生まれて間もない頃には両親に抱っこされたりはしたかもしれないが、物心ついてからはさっぱり記憶にない。
だから、そういえば人に抱かれると温かいのだということを、なんだか初めて知った気がする。
祖父母だって近くで接してくれるが、二人とも体格が小さいので、「抱く」というのは少々無理なのだ。
できて「しがみつく」体勢がせいぜいだろう。
そんなことを思いながら、郁也はタヌキの名残なのかボサボサになってしまっている髪の毛を手櫛で整えていると。
「橘くん、授業は出れそうですか?
ここでまだダラダラしているのも手ですけど」
清水に教師らしからぬ提案をされた。
「……元気だし、サボりはダメだし。
教室へ行きます」
郁也の答えに、清水が「真面目ですねぇ」と呟く。
「まぁでも、今の授業が終わるまではここで時間を潰すといいですよ」
清水がそう言いながら、ココアを作ってくれた。
確かに、授業途中で乱入するような形で戻るのは悪目立ちしそうな気がするので、休み時間を狙って戻るのがいいだろう。
「ああ、そうだ。
放課後に反省会をするんだと愛が言っていましたよ」
清水にそう言われて、両腕に一人ずつ女子を抱えていた崎山の姿が思い浮かぶ。
あの彼女たちがどうなったかも、聞きたいかもしれない。
「……わかりました」
郁也は了承の返事をした。
というか、崎山の中では郁也は既に入部しているらしい。
お試しのはずだし、入部届も出していないのに。




