2 タヌキの夢
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郁也は夢を見ていた。
それはとあるタヌキの物語である。
味噌っかすだったそのタヌキは食べ物を見つけるのも下手くそで、タヌキ的に見目も良くないので、家族を得ようにもメスに見向きもされない。
結果、仲間から爪弾きにされて、一匹でトボトボと旅をしていた。
――いや、タヌキの見目の良さっていうの、イマイチ分からんのだが。
郁也が夢の中身にツッコミを入れても、誰からも共感が得られずに少し寂しい。
それから長い間タヌキは一匹で旅をして、いつもお腹が空いていた。
とある日、いつものようにトボトボと歩いていると、気が付けば広い道路に出てしまう。
人間の使う道に出ると殺されてしまう! と怖くて固まったタヌキに突如変な音がして、鉄の塊が勝手に転んで、それに乗っていた人間が崖の下に転げ落ちていく。
――あ、俺のバイク!
そうか、あの小さな影はタヌキだったのか。
てっきり子どもかと思って慌てたのに。
いや、タヌキであっても轢くのは嫌なのだが。
一方のタヌキはというと、「え? なんだろう? 今のってもしかして自分のせいだったりするの?」と焦っていた。
今まで、悪いことをしたことがないのだけが、タヌキの唯一の自慢だったのに。
これではもし死んでしまったら、地獄へ行ってしまうかもしれないではないか! と思ってワタワタしている。
いや、事故は完全なる郁也の独り相撲なのだが。
気のいいというか、思い込みが激しいというか、そういう所がこのタヌキがメスにモテない理由では? と郁也は思う。
ともあれ、タヌキは「そんなのは嫌だ、自分が天国へ行くためにも、落ちた人間には助かってもらわなければ!」と決意し、自身も人間を追って崖を転げ落ちて行った……。
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パチッ!
郁也は眼を開けた。どうやら寝ていたらしい。
――変な夢を見たな……。
自分がバイクで事故って、それをタヌキに後追いされるというショッキングな夢だったのだが。
どうしてあんな妙ちくりんな夢を見てしまったのか?
郁也はそんな疑問を抱きながらも寝ていたベッドから起き上がろうとして、腕をなにかに引っ張られた。
「なんだ?」
郁也が引っぱられた腕を見ると、大きな針が刺さっていて、そこからチューブが伸びて点滴に繋がっている。
――点滴? なんだこれ?
そう言えば寝ているベッドも、自分の部屋のベッドじゃない。
というか、郁也はベッドじゃなくて畳に布団を敷いて寝ているので、ベッド自体を使っていない。
首を巡らせて周りを見れば、郁也がいるのは白くて狭い部屋であり、ベッドの他はテレビしかなかった。
こういう部屋を、郁也はドラマなどで見たことがある気がした。
「ここって、病室……?」
郁也がそう呟いた時、部屋のドアが横にスライドして、看護師の格好をした女の人が入って来た。
やっぱりここは病院の中なのか、と郁也がぼんやりと考えていると、その人と目が合い。
「橘さん!? 目が覚めたんですか!?」
看護師が驚いて郁也に駆け寄り、枕元にあるナースコールを押して、「橘さんの意識が戻りました!」とスピーカーに向かって叫ぶ。
そこから医者がやってきたり、色々と検査をされたり、怒涛の勢いでやいのやいのとされた結果。
判明したのは、郁也がバイク事故を起こして丸三日意識不明だったことだった。
あの妙な夢のせいで、起き抜けはバイク事故も夢だったのかと思ったりしたのだが、あれは現実だったらしい。
けれどそうだとしたら、郁也は崖を転げ落ちたはずだし、何なら頭を打って結構な衝撃だったと思うのだが。
頭に包帯が巻いてあるわけでもなく、なにか処置されている風でもない。
体調も寝過ぎて身体がダルいくらいで、どこかが痛いということもない。
――なんでだ? 頭を打ったと思ったのは勘違いで、奇跡的に無傷だったとか?
そんな風に首を捻りながら、駆け付けた祖父母に大泣きしてもみくちゃにされ、健康体だということですぐに退院となり。
病院から出ていく頃には、タヌキの夢のことなんてすっかりと忘れていたのだった。