19 モフモフしてみた
――なんか今、清水先生からそこはかとなくゲスい発言が聞こえた気が……。
いや、郁也的には助かるのだけれども。
「今回は学校に出たのでこうして釣り上げましたが、それだってせいぜい他所へ追い出す程度ですよ。
まあその場合、橘くんが行方不明になってしまいますけど、そうはならなくて幸いでしたね」
清水が「ハッハッハ」と軽く笑い飛ばすのが、逆に怖い。
――俺、生きててよかった!
行方不明なんてなったら、祖父母がどんなに悲しむことだろう。
それを想像して青い顔になる郁也は、なにかをギュッとして気持ちを落ち着けたくなった。
すると、尻尾が股の下を通って身体の前に移動してきた。
どうやら郁也の気持ちに反応したようだ、気の利く尻尾である。
そしてそれをモフっと抱きしめてみる。
「……おぉ?」
なかなかにいい抱き心地であった。
その郁也の様子を、清水がじぃーっと見ていた。
「ところで橘くん、お願いがあるのですが」
そして突然、郁也にそう言ってくる。
「はい? なんです?」
尻尾をモフモフすることに夢中な郁也が、半分ボケーっとしながら尋ねたところ、清水は両手をワキワキさせながら述べることによると。
「その尻尾、僕にも撫でさせてもらっていいですか?
実は僕、昔から動物に嫌われる質でして、触らせてもらったことがないんですよね」
確かに、動物に好かれない人というのはいるものだ。
郁也もそういう質の人物が小学校のクラスメイトにいて、その子と組んで飼育小屋の世話をする際は作業にならずに大変な思いをした。
――動物に触ったことがないって、可哀想かな……。
その子だってやる気はあったし、飼育小屋の世話を楽しみにしていたのに、散々なことになってしょんぼりしていた記憶がある。
その子と清水の姿が重なり、郁也の中に同情心が産まれた。
「えっと、そんなことでいいのなら」
「≪ちょっと、僕の尻尾なんだから、勝手にしないでよ!≫」
郁也は頷くが、ポン助は拒否の構えである。
しかし郁也が手放すと、尻尾は元通りに背中側に戻ってユラユラとする。
「いいですか?
いいですよね。では……」
ポン助の文句をまるっと無視した前のめりな清水が、そのユラユラしているぶっとい尻尾を大胆にズム! と力強く掴んだ。
その瞬間、郁也の全身に経験したことのな感覚がゾワゾワっと広がり、鳥肌が立つ。
「≪ギャン!?≫」
ポン助も悲鳴をあげる。
尻尾というものの感覚がこういうものだとは。それに自分で触るよりもゾワゾワがスゴい。
「先生、もうちょい優しく!
ソフトタッチ!」
「おや、失礼。
なにせ初体験なもので、力加減が分からなくて」
苦情を申し立てると力を弱められて、ゾワゾワが少しマシになった。
――今度から、犬とか猫の尻尾にちょっかいをかけないぞ、俺……。
郁也は一人強く決意する。
一方、人生初体験中の清水は、ウットリと尻尾を撫でていた。
「少々毛並みがザラザラしていますね、きちんと手入れをされていますか?
ああでも生毛皮っていいですねぇ」
生毛皮とか言われると、コートとか襟巻を連想してしまうのでやめてほしい。
「≪ボク、もうお婿にいけない……!≫」
そしてポン助はメソメソしていた。
どうやらポン助はオスだったようだ。