17 ギャン泣きタヌキ
脳内タヌキは切々と訴える。
「≪ボク、ボク、ちゃんと大人しくしていたのにぃ!
それなのにこんな晒しものって、ヒドいや!
やっぱりニンゲンってヒドいことをするイキモノなんだぁ!≫」
そうエグエグしながら嘆いているのだが、現状として郁也は悲しいわけでもないのに涙がポロポロ零れ、尻尾はビッタンビッタンと背中と地面を往復して、頭の上はなんだかタヌキ耳がピルピルしている気配がするしで、総合してせわしない。
清水に借りた手鏡を持ったままなのでその様子が見てとれて、郁也は自分ではない自分の様子に違和感が強く、ぶっちゃけ気持ち悪い。
「ちょっ、なん……」
「≪ボクはただ、平和に生きたくて、怖いこととか痛いことが嫌で、ボクのせいで人が死んだら、ボクもダメタヌキになっちゃうんだと思って、それで、それで……!≫」
郁也はひとまず脳内タヌキを黙らせようとするが、しかし脳内タヌキはそれに被せるように喚き続ける。
しかも内容が支離滅裂で、意味不明だ。
「≪地獄行きは嫌ぁ~!≫」
さめざめと泣くのも、郁也の涙腺を勝手に使ってである。
郁也は自身では涙腺をこんなに使ったことなんて、物心をついてからない。
それをまさか、脳内タヌキに初体験を強制されてしまうとは。
そんな一人コントをしているような郁也を見て、清水が興味深そうにしていた。
「この化けタヌキ、ポンコツ臭がしますね」
郁也もその意見には同意だが、しかし他人から言われると微妙に腹が立つのは何故だろう?
「オマエ、ポンコツとか言われているぞ。
悔しかったらちょっと泣き止め」
「≪うぎゅぅぅぅ……!≫」
郁也がそう宥めると、脳内タヌキは唇をぎゅぅっとして涙を堪える。
けれど泣き止むのに、いちいち郁也の表情筋を使う必要があるのだろうか?
勝手に泣き止んで欲しいのだが。
「それにオマエ、思い違いをしているからな。
俺があの時こけたのは、まだ原付バイクに乗り慣れていなくて避け方が下手くそだったからで、オマエは悪くない。
それで地獄行きにするほど、閻魔様も鬼じゃないんじゃないか?」
郁也があの事故について、後日思った客観的な感想を述べる。
「≪ホント?≫」
すると脳内タヌキが目をパチクリとさせる。
だから、いちいち人のまぶたを動かさないでほしい。
けれど、これでようやく脳内タヌキの嘆きが止まったかと思いきや。
「さて、どうでしょうね?
そういうのは総合的な行いで決まるでしょうから。
あの偶然が押しの一手になって、地獄行きかもしれません」
「≪うびゃぁぁぁん⁉≫」
清水が余計な事を言って、再び郁也の目から涙が駄々洩れる。
「先生!
せっかく泣き止んだのに!」
郁也が涙声で文句を言うと、清水がにっこりと笑う。
「失礼、泣いたりツッコんだりする橘くんが、少々面白かったものですから」
なかなかヒドいことを言われた。
あの笑顔で「面白い」発言が相殺されるわけではないと、ジト―っとした目で見ていると、「そうそう」と清水が手を叩く。
「これで謎が解けましたしね。
橘くんが死にかけだったところに、その化けタヌキが入り込んだことで回復したのですね。
ポンコツとて一応はあやかしですので、回復力は普通の人間の比ではないでしょう」
清水の発言に、郁也はハッとする。
そうだ、忘れかけていたけれど、「お前はもう死んでいる」問題が宙ぶらりんであった。