12 郁也の事情1
そんなことがあったものの、やがて郁也を乗せた清水の車は学校を出発する。
しばし車内は無言で、つけられていたカーラジオの音が響くのみであったのだが。
「橘くんは、入学がなかなかに突然で慌ただしかったみたいですけど。
この土地には慣れましたか?」
清水が郁也にそんな風に話しかけてきた。
「はぁ、ええっと、その……」
他人にはなんてことない質問に聞こえるだろうが、郁也にとってはだいぶん微妙なことだったので、なんと答えていいものか迷っていると。
「ああ、僕は一応、多少は事情を知っています。
なにせ橘さんに頼まれて、ウチの学校にかけ合ったのは僕ですからね」
清水からビックリなことを言われた。
「……そうなんですか?」
清水から意外な事実を聞かされ、郁也は驚くものの、確かに入学式直前に引っ越してきたところに、近所の高校がすんなり入学をOKするのは、なにかしらのコネがないと難しいかっただろう。
今になって思い至る郁也へ、清水が赤信号で停車中にちらっと視線を寄越す。
「ご両親の離婚騒動のあおりを受けて、大変な思いをしたと聞きました。
けど、ここへ越してきてどうですか?
僕個人としてはのんびりしていて、いい所だと思いますけど」
こちらの事情を知っているという清水からそんなことを尋ねられ、郁也は「はぁ、まあ」と曖昧な返事をするしかできない。
――清水先生はご近所さん(?)らしいし、集落のおっちゃんおばちゃんたちも俺のことに興味津々だったし、知られているのも今更か……。
そう、郁也は両親の離婚問題が原因で、この土地へ引っ越してきたのだ。
今どき、夫婦の離婚問題なんて珍しいものではないし、これまでの同級生で同じような境遇の子どもも結構いた。
だから離婚騒動自体は、郁也にとってはどうでもいいことである。
ただ両親共に、郁也の生活というものを全く考えてくれなかったことで、大迷惑を被ったのだが。
郁也は引っ越してくるまでのあれやこれやを、回想する。
郁也の両親は長年仮面夫婦で、別居状態であった。
両親は大恋愛の末に大学生の頃に学生結婚をしており、結婚の際には両方の両親から反対されたらしい。
曰く、「結婚するということがどういうことか、本当に分かっているのか?」と。
これに両親は、「もちろん分かっている、私たちは死ぬまで愛し合っていられる」と答えたそうだ。
しかし、結婚生活は三年経ったあたりには既におかしくなってきていたらしい。
大口叩いたわりに破綻が早かったな、と郁也は二人の子どもながらに思う。
郁也自身は、物心つく頃には喧嘩をする両親の姿しか記憶になく。
やがて母親が帰ってこなくなり、父親の帰宅も遅かったり余所に泊まりだったりを繰り返し、寂しい幼少期を過ごしたものだ。
そして母親が別の家に新しい彼氏と住んでいることを酔っ払って帰って来た父親に聞かされ。
ついでに両親が離婚協定中であると知ったのは、小学校高学年の頃であった。
別居の時点で離婚は既定路線だったのだが、お金のことで揉めており、話が進まなかったのだというのも、郁也がそのあたりの事が分かるようになってから知った事である。
けれどとうとう離婚が決まったことで、それまで両親が帰ってこなくても一応維持されていたマンションの一室は解約となり。
そこでほぼ一人暮らしをしていた郁也は放り出される形になった。
離婚が決まった後、一応父方に引き取られた郁也だったが、もうすでに大きい郁也に父親は「一人で生活できるだろう」と言う理由で面倒を見ることを拒否。母親も既に恋人がいたため、郁也の存在は邪魔になり。
結果行く場所を失くして途方に暮れる郁也に、父方の祖父母が「ウチにおいで」と声をかけてくれたのだ。
それが今年の春先のこと、高校進学直前であった。