11 送られる
清水の車はゴツめなデザインの4WDであった。
インテリ風な外見である清水とはミスマッチに思えるが、毎日山道を走るからこの車なのだろう。
確か寺周辺は道が舗装もされおらず、土がむき出し状態だったはずだ。
ちなみに郁也が乗って来た原付バイクは、一緒に車に乗せてもらえている。
けれどそのせいで、車の後部座席が埋まってしまった。
郁也は本当は清水と距離をとれる後部座席がよかったのに、助手席に座ることとなってしまう。
≪ついてなぁ~い、死ぬ? 死んじゃう?≫
脳内タヌキが縁起でもないことをぼやく。
というか、さっきから死ぬ死ぬ言いすぎである。
けれど言い返す相手が目の前にいないので、ツッコむと脳内がややこしいことになって知恵熱が出そうだ。
「また顔色が良くないですね、やはり病院へ行きますか?」
清水が郁也を助手席へスマートにエスコートしながら、こちらの顔を伺ってきた。
清水はこういう気遣いをできるあたり、優しい先生なのだろうとは思う。
ただ、今の郁也とは体質が合わないらいしだけで。
「……いえ、ただの食べ過ぎですから」
郁也はそんなテキトーな言い訳をしながら、助手席へ座る。
ちなみに、この時はちょうど昼休みに差し掛かった時刻だったのだが。
「あ、あれ橘じゃない?」
「あの噂の……」
「清水先生も一緒よ?」
「キャッ! 車に乗ってなにするのかしらっ!?」
ちょうどこちらが見える校舎の廊下から清水の車に乗る郁也を目撃した女子二人組が、何故か黄色い悲鳴を上げている。
清水にキャーキャー言うのはわかるのだが、今は何故か郁也もセットでキャーキャーの対象のようである。
――何故に?
郁也が不思議に思っていると。
「あー、運ぶ時に少々目立ちましたかね」
その女子に気付いた清水が苦笑していた。
――運ぶ時?
郁也はなんのことかと首を傾げたが、すぐに清水が郁也をお姫様抱っこ状態で運んだらしいことを思い出す。
その姿が、他者からはどう見えたかなんて、考えるまでもなく明らかであろう。
世の中に、BLなるジャンルの恋愛モノがあるということは、郁也とて知っているし、実際の恋愛でも恋愛対象が多様なことも、一応学んでいる。
けれど今、あの女子たちから自分と清水がそういう風に見られているのかもしれないと思ったら、郁也は突然猛烈に恥ずかしくなってしまった。
なにせ、幼児期から今まで恋愛のレの字の経験もしたことのない、純情ボーイであるので。
――恥ずかしい!
郁也は自分が清水にお姫様抱っこをされている姿を想像するだけでも、顔から火が出そうである。
≪ヤーイ、恥ずかしいヤツ!≫
脳内タヌキがうるさい。
しかしこちらとて好んでお姫様抱っこされたわけではないし、意識のない時の話なのだから、これは郁也が悪いわけではないのだ。
そう自身に言い聞かせようとしても、やはり恥ずかしいものは恥ずかしかったが。
乗り込んだ助手席で、大きな身体をギュッと縮こまらせてその女子たちの視線から隠れようとしていると、隣の運転席から「クスッ」と笑い声が聞こえた。
――笑いごとじゃない!
無神経に思えて腹が立った郁也が、目だけを動かして清水を睨むと。
「すみませんね、ちょっと意外で……」
清水は「コホン!」と咳をして笑いを治めたものの、まだ頬がにやけているのが見て取れる。
けれど、どうして清水はそんなことをして運んだのか、気になったのも事実で。
「あの、なんで横抱きで運んだんですか?」
郁也が勇気を出して聞いてみたところ。
「そりゃあ、運びやすいからですね。
知ってます? 意識のない人間とは、ひどく運びにくいんです。
しかも君はガタイがいいもので、背負って運ぶなんて余計に危なくて無理ですよ。
その点、横抱き運びの方が楽ですから」
いたって真っ当な答えが返って来た。
生憎と郁也は意識のない人間を運んだ経験はないのだが、「そうなのか」と素直に学び、今後のために覚えておこうと思ったのであった。