10 弁当を食べる
キャラ弁だけではないけれども、生き物を模した食べ物を口にする際に、人によってはどこから食べるかを結構気にしてしまうことはないだろうか?
まさにその質である郁也は、この弁当もなんとなく犬に箸をぶっ刺すのが気が引けてしまって、その周りから攻略していく。
――あ、そぼろご飯が美味い。
そんな風に食べ進めていくが、けれど結局最後にはキャラクター本体を食べることになるわけで。
郁也がキャラクターの顔に箸を刺す勇気を出そうとしていると。
「橘くん、バイク通学ですっけ?」
コーヒーを既に飲み終えたのにまだ保健室に居座っている清水が、郁也に話しかけてきた。
「ファッ!?」
それにビクッとした郁也はそのせいで箸をゆらし、しかも運悪く(?)犬の目玉に箸が刺さった。
この事実に郁也がちょっとだけショックでいると、脳内タヌキが≪死んだぁ!?≫と大きな悲鳴を上げる。
――死んでないし、これはただの弁当だし。
脳内タヌキにツッコミをして、おかげで我に返った郁也はそのままキャラクターを分解することに成功できた。
分解してしまえば、ただの美味しい弁当でしかない。
それにしても、自分は何故あの夢の中のタヌキの声と、脳内で会話をしているのか?
奇妙な現状に首を捻っていると、清水の質問を放置していることにすぐに気付く。
「そうです、今日もバイクで来ました」
脳内タヌキはうるさいが、郁也としては別段嘘をつくようなことではないので、正直に話す。
すると清水が、「やはりそうですか」と頷き。
「では今日はまだ危ないでしょうから、僕が送っていきますね」
なんとそんな意外過ぎる申し出をしてきた。
――なんだと!?
「いえ、そんなことをしてもらわなくても!」
ギョッとして鳥肌が再発する郁也に、清水がニコリと笑う。
「橘くんの家は僕の自宅の近くですから、ご近所同士遠慮は無用です」
なんと、清水から意外な情報はもたらされる。
「……近いんですか?」
「ええ、君の家のある集落のさらに奥にある、山のてっぺんの寺。
あれが僕の家、というか父が住職をしている寺ですね」
問いに返された清水の答えに、郁也は眉を寄せる。
同じ山に住んでいるという範囲なそれは果たして、近所と言える距離なのだろうか?
郁也はこれまで近所とは、もっとギュッとした範囲のことだと認識していたのだが、田舎の近所とは違うのだろうか?
そして、山のてっぺんの寺は、我が家の墓がある寺でもある。
清水とそんな縁があったとは、その寺を菩提寺にしたご先祖様は、余計な縁を繋いでくれたものである。
それでもなんとか事態を打破しようと、拒否の理由を絞り出す。
「でも、そうだ! 先生は授業とか……」
「僕は今日はもう受けもつ授業はないし、職員会議の日でもありませんからね。
もう帰っても差し支えないというわけなので、ついでですよ」
――暇人か!?
もっとみっちり授業を入れておけばいいのに、なんて楽な働き方をしているのだろうか。
いや、昨今では教師の働き過ぎ問題がニュースになっているので、その対策で余裕を持たせているのかもしれないが。
今の郁也にとってはもっと働いていてほしかった。
「そうだねぇ、橘くんが倒れたのは事故の後遺症かもしれないし、そうなると一人バイクで帰るのって危ないよ?」
「ほら、先生もこう仰られていることですし」
「くっ……」
大人二人に説得される形になり、これ以上の反抗は無理となり。
結果、今郁也は清水の車に乗り込んでいる。
――もうちょっと、口が上手くなりたい……。
己の口下手が恨めしい郁也であった。