第60話 不死身と永遠
今日も更新です('ω')
「お前、どうして……ッ!?」
「さあ? どうでもいいじゃないか、そんな事」
未だ血の滴る黒い長剣をぶらぶらとさせながら、サイモンが俺に向き直る。
その背後には、今まさにサイモンに斬られたであろうジェミー。
サイモンめ、どう考えてもおかしいぞ。
風貌もおかしいが、どうにも狂ってる。
そもそも、本当にサイモンなのか?
死んだはずだろ? お前は。
オルクスに頭を齧られていたじゃないか。
「あの人、この世のものではありませんよ……! 狂った精霊が渦巻いていて、まるで影の人みたいです」
「……! くそ、そういうことか」
ここに来て、ピンときた。
サイモンがこんな姿で生きている理由に、だ。
ベシオ・サラスが『サンダーパイク』に提供した違法魔法道具の中に、ああなるであろう危険なモノがいくつかあった。
いずれにせよ、アレがサイモンでありつつも、もはや人間でないことを裏付けることにしかならないが。
見慣れぬ黒い長剣を引き摺りながら、サイモンがこちらに歩いてくる。
その一歩一歩に狂気じみた殺気が濃く漲っていて、俺達に何をしようとしているかなんて、考えるまでもないほどだ。
「さぁ、懺悔の時間だよ……ユーク! 死んで詫びろ!」
徐々に歩調を早め、やがて駆け出すサイモン。
それを止めるべく、バスタードソードを抜いたマリナがその前に立つ。
「邪魔をするなぁッ!」
「くぅ!」
サイモンの斬撃を受け止めたマリナが鍔迫り合いのまま一歩下がる。
ここのところで随分と力をつけた彼女に力押しで勝るなんて、本当にサイモンか?
とはいえ、マリナは今や『侍』の力も備えた戦闘者だ。
ただ押し負けるという事もない。
「てぇ……いッ!」
体捌きで回転を加えた斬撃が、サイモンの腹を鎧ごと深く切り裂く。
臓物が漏れ出し……どう見ても致命傷だ。
「痛い……! ああ、痛いッ! ははははは」
どす黒い血を周囲に撒き散らしながら、サイモンが笑い悶える。
そして、次の瞬間……傷など意に介さぬ様子でマリナに剣を振り下ろした。
「えっ!?」
「マリナ!」
サイモンに〈衝電〉の魔法を放って怯ませる。
低レベルの弱体魔法だが、一瞬でもあればマリナは危機を脱せられるはずだ。
「大丈夫か、マリナ?」
「うん! ごめん、油断した」
体勢を立て直して、剣を構えなおすマリナ。
そんな俺たちの目の前で、サイモンがゆらゆらと嗤う。
「あはははは……愉快で滑稽だね、そんな雑魚を引き連れて」
「ユークさん、あの人……!」
身体を真っ二つにする勢いだった傷が、粘着質な音をたてながら、見る間にふさがっていく。
「驚くほどの事かい? ……僕はね、もうこんな事では傷つかないのさ。不死身になったんだよ。でも……」
おどけるように嗤いながら、サイモンが俺達をぐるりと見る。
「いいなぁ、ユーク。ずるいなぁ、ユーク。どうしてお前だけが、そんな風にちやほやされてるんだい?」
「なんだと?」
「僕はこんなに大変なのにさ。お前は毎日その女どもと楽しくやってる。羨ましいなぁ。妬ましいなぁ。……だからさ、ユーク。全部奪い取って踏みにじりたいんだ。いいよね?」
いいわけないだろう。
だが、そんな問答すらする気もない俺は、細剣を構えてサイモンを睨む。
「……返事をしろよ、ユゥゥゥゥークッ!」
突然激昂したサイモンが声を荒げて黒い剣を振り回す。
魔剣の力か、剣撃と共に放たれる衝撃波が周囲の地面を鋭利に抉った。
「ユーク、これじゃ、ジェミーさんに近づけない」
レインが不安げな顔で俺を見上げる。
目視できる距離とはいえ、ジェミーまでの距離は200フィート近くある。
回復魔法を使うにも、【退去の巻物】を使うにも、このままでは遠すぎて何もできやしない。
ならば、覚悟を決めねばなるまい。
「あれはもう、人間じゃない。〝討伐〟するぞ……!」
違法魔法道具の副作用と呪いによって、サイモンは別の何かになってしまった。
魔人か、屍人か、あるいは魔法生物か。
いずれにせよあれはもう人間ではなく、敵対的な魔物だ。
「アレを叩いて、ジェミーを救出する! 〝起動〟」
多重強化の巻物を起動して、一気に仲間を強化する。
「レイン、こっちで足止めするからジェミーのところに走ってくれ。ネネ、それのカバーを頼む」
「了解っす」
「ん。了解」
大丈夫だ。まだ、死んでいないはずだ。
だが、あの傷だ。放っておけば、いずれは生命は尽きてしまう。
「マリナ、正面を任せる。付与魔法で援護するからなるたけあいつを足止めしてくれ。シルクは遊撃と補助を」
「まっかせて!」
「承知しました。ユークさんは?」
「考えがある。少し時間を稼いでくれ……来るぞ!」
殺意と狂気に満ちた嗤いを上げながら剣を振り上げ、サイモンがまっすぐにこちらに向かってくる。
化物になっても相変わらずの脳筋野郎。
巷では「バカは死ななきゃ治らない」なんて言うが、サイモンの場合は残念ながら治らなかったようだ。
「──いまだ!」
仕掛けておいた〈転倒〉の魔法が発動し、サイモンがたたらを踏む。
そのタイミングを見計らって、マリナがバスタードソードを横薙ぎに振るった。
胴が二つに分かれたサイモンの隣をレインが駆け抜ける。
よし、完璧なタイミングだ。
すぐさま再生したサイモンがレインに手を伸ばすが、それを読んでいたシルクが木の精霊の力を借りて、石畳から伸びた蔦でサイモンを拘束した。
それを引きちぎって動こうとするサイモンを再度マリナが切り裂く。
しかし、すぐに再生する。まるで粘性生物や屍肉悪魔の様にも見える。
「無駄だよ! 僕はな、高みに至ったんだ。この不死身の肉体があれば、誰にも負けない。誰も怖くない! 何もかもを手に入れて永遠に生き続けられる!」
「人を捨てた自慢か? サイモン!」
「僕が怖いか? ユーク。お前とお前の仲間たちを必ず殺す。僕を見殺しにしたお前を絶対に許さない」
俺の〈必殺剣〉を付与されたマリナの斬撃に切り裂かれては再生しを繰り返しながら、狂気に満ちた赤いまなこでサイモンが俺に嗤う。
どうやら、不死身というのは本当らしい。
「僕は不死身で無敵なんだ。逃げたってどこまでも追いかけて、必ず殺す。殺す殺す殺す殺すころす……あははははははは!! ──……お前は最後にしよう、ユーク」
狂ったように笑ったかと思ったサイモンが急に真顔になる。
「そうしよう。ただ殺すだけじゃ不公平だ。お前の目の前で女どもを嬲って殺そう。そうじゃないと、バランスが取れないもんな? 僕だけが不幸だなんて、許されるわけがないもんな? ユーク、お前は僕よりも不幸でないと……でないと、僕が幸せでいられない! あははははははははははははは!!!!!」
「サイモン、お前は……!」
嗤うサイモンに静かに怒りながら、俺は指を突き出す。
「何をしたって無駄だよ。僕は死なない」
「……らしいな」
そう告げて、俺は詠唱を始める。
「Rozaj folioj, hurlantaj nigraj hundoj, la maro glutanta la sunsubiron, blanka miksaĵo kun nigro, stagno kun helaj koloroj!」
詠唱と共に魔力を練り、魔法式を緻密に織っていく。
お前が永遠を望むならくれてやる。不死身の身体で好きなだけ味わうがいい……!
理論上、この魔法は死ぬまで解けないからな。
「──〈歪光彩の矢〉」
いかがでしたでしょうか('ω')
そろそろ第一部はフィナーレに向かっております。
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