第五部最終話 帰還るべき所へ
「ずいぶんと片付きましたね」
シルクが汗をぬぐいながら、俺に笑いかける。
作業用のオーバーオールをまとう彼女は、いつもと違う雰囲気でちょっと可愛い。
「ああ。とはいえ、まだまだ住める状態じゃないな……」
「いいじゃん、こういうのも楽しくて好きよ?」
落ち込む俺の肩をジェミーがぽんぽんと叩く。
こっちは、チューブトップに作業ズボン、麦わら帽子というラフな出で立ち。
瓦礫が危ないので、もうちょっと厚着をしてほしい。
……なんだか、ジェミーらしくてかわいいとは思うけどさ。
「それにしたってわたくし達、拠点の修理ばかりしてますけど、いいんでしょうか?」
「ベンウッドがそうしろって言うんだから、それでいいんだろ。たぶん」
あの戦いから二週間。
ほぼ廃墟と化してしまったフィニスには、各都市から多くの人々が集まってきていた。
残った魔物の排除や安全確認に数日かかってしまったが、復興は急ピッチで進んいる。
〝塔〟は崩壊しなかった。
だが、だが『祝祭』が阻止されたことで異常性は薄れ、地上部分はただの安全な建造物となっている。
ベンウッドなどは「もうこの塔を冒険者ギルドにしちまおうぜ」などと言っているが、元が最難関迷宮なので、そうもいかないだろう。
「元のフィニスに戻るには、どのくらいかかるかな……」
「どうでしょうね。でも、思っているよりは早いと思いますよ」
通りがかった老婆に会釈を返しながらシルクが笑う。
「だって、皆さん……全然、落ち込んでいませんからね」
「フィニスのいいところでもあるけど、やっぱりユークがいるからよね」
「俺?」
シルクとジェミーが頷いて応える。
「あんたの言葉と行動があったから、みんな前向きになれたのよ」
「そうだろうか。まあ、役に立ったならなによりだ。俺はサポーターだからな」
「当の〝勇者〟様は、ちょっとずれてるんだけど。ま、そこもユークのいいところよね」
にこにこと笑いながら、崩れた二階部分を見上げるジェミー。
「ねぇ、シルク……二階、どう直してもらう?」
「大きいベッドについてもは話を詰めないといけませんからね」
「もう一部屋にして、全員の部屋にしちゃう?」
「グッドアイデアですね」
いや、それはどうなんだろう。
そして、俺に意見は求めてくれないのか。
「あ、ユークいた!」
「どうした、マリナ?」
シルクとおそろいのオーバーオールを身にまとったマリナが、手を振りながらこっちに駆けてくる。
相変わらずの様子に、少しばかりほっとする。
こうして日常にマリナがいてくれることに、幸せを感じずにはいられない、
「ネネとレインがね、市場通りに行ったんだけど、ユークに聞きたいことがあるって」
「ああ、たぶん建材を扱う新しいキャラバンが来たんだな。わかった、案内してくれ」
「ちょっとユーク、借りてくねー」
マリナの明るい声に、シルクとジェミーが手を振って応える。
「市場通りは混んでたか?」
「もうすっごい人混みだよ。なんかどさくさに紛れておしり触られそうになったりとか、困っちゃう」
「ベンウッドに言って、取り締まりを強化してもらおう。いや、俺がやるか。一生後悔する呪いをかけてやる」
俺の大切な人に不埒を働けばどうなるか、もうちょっと周知した方がいいか?
まったく、賑やかになるのは構わないが、あんまり治安が悪くなるようなら本気で考えないと。
なにせ、『クローバー』は女所帯だしな。
「あ、ユークお兄ちゃん!」
「ルン? どうしたんだこんなところで」
事件の後、何食わぬ顔で帰ってきたニーベルンは……シルクとジェミーに予定通り大説教をもらった。
しばらくふくれっ面をしていたが、俺達の心配がちゃんと伝わったのか最後には抱き合って泣いていたのが印象的だ。
「えっとね、この広場に記念像立てるんだって」
「へぇ、それで錬金術師が集まってるのか」
ああでもない、こうでもないと半ば口論しているのは、顔見知りも含むフィニスとサルムタリアの錬金術師たちだ。
そういう事なら、俺にも声をかけてくれたっていいのに……と思ったが、どうも様子がおかしい。
「ユークさん一人でいいのでは?」
「やはり全員そろってこその『クローバー』でしょう」
「全員にするとして、ユークさんの隣はどなたにするのですか」
「それはもちろん……」
近づいて聞こえてきたのは、そんな会話。
どうも、嫌な予感がする。
「お兄ちゃんの像、かっこよく作ってもらえるといいね!」
「少なくとも俺は許可してないし、他にやることがいっぱいあるはずだ……!」
まったく、何をやってるんだ。
この人たちは。
「おお、ユークさん! いいところに! ちょっと、詳しく採寸を」
「今はそれどころじゃないでしょう? 俺の像なんて」
「いやいや、復興出資者のご意向でしてな! 立派な仕事ですぞ!」
……首謀者がわかった。
マストマめ、次に会ったらこの件に関してしっかりと話をしないといけないな。
「まあまあ、いいじゃん! ユークのかっこいい像、作ってもらお?」
「良くない! とにかく、俺が出資者に話をするから、なしだ」
「えー、作ってもらおうよー。もちろん、あたしはユークの隣ね!」
「お、おい、マリナ!」
勝手な注文を出しつつ、俺の腕を引くマリナ。
ニーベルンはまだ像の様子を見ていくらしく、こちらに手を振っている。
「あ、いたいた!」
瓦礫がまだまだ散乱する大通りを横切って、人だかりができている市場通りのすぐそばで、レインとネネが待っていた。
二人とも、シャツにハーフパンツというラフな出で立ち。
「やっほ、ユーク。大丈夫?」
「ああ、日常生活に問題はない。それで? 建材選びか?」
「それもあるっすけど、家具系の露店が出てるっす! 家主のユークさんに、ご意見もらいたいっす」
俺はパーティリーダーではあるが、家主ではない。
売買契約者はシルクなので、むしろシルクを連れてこなくちゃいけなかったのでは?
「ベッド、とか。買わないと」
「……」
「む、さては、えっちなことを、考えた、ね?」
いいや、さっきシルクとジェミーが話していたことを思い出しただけだ。
とはいえ、今すぐ必要なのは人数分のベッドだな。
拠点の二階部分はほぼ壊されてしまっていて、瓦礫から発掘した比較的無事だったベッドを数人で使っている状態が続いている。
あまり、いい環境とは言えない。
「それなら先に拠点の壁直さないと。レインったら、結構声大きいし」
「え?」
「確かにそうっすよね。今の状態だと、周りの家に絶対バレるっす」
「へ?」
レインが交互に首を振って、最後に赤くなってしゃがみ込んでしまう。
何かフォローしたいところだが、何を言っても藪蛇な気がする。
「うそ……!? ボク、そんな、に……? いままで、も……?」
「逆にネネの時は全然聞こえないよねー」
「ウチは聞き耳防止の魔法道具、使ってるっすから」
勢いよく立ち上がったレインが、ネネの袖をぐいぐいと引く。
「ボクも、それ、欲しい。すぐ、に」
「すぐっすか!? 必要な時はウチのを貸すんじゃだめなんすか?」
「それじゃ、ダメ……!」
「わかった、わかったっす! サルムタリアの人も多いっすから、露天市場に行けば、たぶん見つかるはずっす。えっと、それじゃあ、また後で合流するっす!」
レインに引っ張られて、ネネが人混みの中に消える。
俺ももう少し、気を使うべきだったか。
なんというか、申し訳ないことをした気がする。
「二人ともいなくなっちゃったな……。どうする? 戻って作業するか?」
「だったら、ちょっと付き合ってほしいんだけど、いいかな?」
「もちろん」
「えへへ。やった!」
可愛いお願いに軽くうなずいて横に並ぶと、上機嫌な様子でマリナが俺の手を握る。
その手を握り返して、崩れ落ちたままのフィニスをゆっくりとした歩調で歩いた。
「ぜーんぶ、無くなっちゃったね」
「ああ、この辺りは特にかな」
今いる中央街区は魔物による破壊の傷痕がまだまだ残っている。
復興は居住区や商店が優先で、このあたりはまだまだ瓦礫だらけだ。
「こっち」
「ん? ああ。どこに行きたいんだ?」
手を引かれるまま、〝塔〟のそばまで歩いていく。
そろそろ日が暮れ始める時間帯なためか周囲に人影はない。
「この辺……いや、こっちかな? まあ、いいや」
「冒険者ギルドの跡地に用事があったのか?」
「うん。アンケリアスにね、言われたの。ユークの物語は、あたしが始めたんだって」
マリナの言葉に、頷いて返す。
「そう、だな。この場所で、マリナが俺を見つけてくれて……そして『クローバー』が始まったんだ。俺がここにこうしていられるのも、マリナのおかげだな」
「でも、あたしはユークを裏切った。みんなも」
「それは……」
「ううん、言わせて。本当は、ユークに相談するべきだったし、もっとみんなを信じなきゃだった」
事情は、聞いている。
マリナが言う通り、一人で決めてしまったことは迂闊だったかもしれないが、それは彼女の優しさからくるものだったし、『第七教団』による暗示は強力なものだったと調査報告があがっている。
それに、俺にだって落ち度はある。
マリナが悩んでいることを薄々わかっていながら上手くフォローしきれなかった。
リーダーとしてもサポーターとしても失格だ。
「あたしのせいでいっぱい迷惑かけちゃって、ごめんなさい」
腰を折って頭を下げるマリナを、そっと抱き寄せる。
こんなことを言わせてしまうなんて、やっぱり俺はダメなやつだ。
「俺達を守ってくれようとした結果なんだし、いっぱい悩んだ末のことだろ?」
「うん。でも、結局ユークもみんなも巻き込んじゃった」
「いいさ。俺の事は好きなだけ巻き込んでくれ。君のためにできることなら、何だってしたいよ思ってるよ」
「いいの?」
「もちろん。だけど次からは、ちゃんと相談してから、巻き込んでくれよ?」
「えへへ、うん。そうするね」
ぎゅっとした後に、少し離れて照れくさげに笑うマリナ。
よしよし、元の調子に戻ったな。
「あ」
「どうした?」
「早速なんだけどさ、あたしの右眼……見てくれない? 特別な魔法道具なんだけど、ユークに鑑定してもらおうと思って」
「ああ、【ネヴィナルの眼球】だっけ? どれどれ」
髪をかき上げたマリナに近づいて、瞳を覗き込む。
その瞬間、少し背伸びしたマリナが唇を触れさせた。
少し驚いたものの、そっと腰を抱いて応える。
夕闇が迫る思い出の場所で、何度も確かめあうようにキスをして……額を触れ合わせる。
「えへへ。大好き。愛してる」
「俺もだ。ありがとう、マリナ。俺は幸せ者だ」
「これからもずっと一緒だよ、ユーク」
もう一度だけキスをして、マリナがそっと離れる。
そして、いつもの天真爛漫な顔に戻ったマリナが満面の笑みで指さして言った。
「あたし達の家に帰ろう」
~fin~
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