第35話 〝淘汰〟と『パパ』
身構える俺に、『パパ』が肩を揺らして含み笑いを見せる。
まるで、してやったりといった風に。
「そうとも、ユーク・フェルディオ。〝淘汰〟の力を揮うのは君だけの特権ではない。私には〝渡り歩く者〟としての素養も、〝淘汰〟を受け入れる度量も、それを有効に使えるだけの能力も備わっていた」
「そんな男が、どうして世界を滅ぼそうとする!」
「私の物語ではないからさ」
相変わらず、わけのわからないことを口にする『パパ』。
その背後からは、半透明の触手が無数に揺らめいていた。
蛸や烏賊の触腕にも似ているが、蛭や蚯蚓のようにも見えるそれは、まるで生き物のように動いていて、こちらを狙っている。
「これは、別の世界に在った〝淘汰〟の一つだ。恐怖と罪を根源にする、危険な概念生物だが……この通り、今は私の一部となっている。『教団』が、私に植え付けた可能性の一つだ」
「あんたも、犠牲者だって言うの?」
「まさか。犠牲になったのではない、舞台に立ったのだ。この力で以て、理想郷に辿りつくはずだった」
ジェミーの声に、大きなため息とともに遠い目をする『パパ』。
「だが、残念ながら〝渡り歩く者〟としての素養があったとて、理想郷にたどり着けるとは限らないだろう? その世界にとっての異物であることには変わりない」
触手を振るってこちらを緩慢に攻撃をしながら、『パパ』が自分語りを続ける。
「だから、逆に理想郷をこの世界に作ってしまおうと思ったんだ。我ながら、いい思い付きだと思う。人間、他人任せに願うだけじゃ夢を叶えるなんて無理だからね」
「もっともらしいことを言っているが、結局は世界を好きにしようって話だろう!」
「それの何が悪いというのかね? 君こそ、滅ぶべき世界を好き勝手に救って見せて、自らの物語を続けているじゃないか」
一体この男は、この世界をどんな視点で見ているんだ。
独善的なのか俯瞰的なのか、よくわからない。
不自然で不安定に見えて、奇妙なところで芯があるようにも見える不気味さがあの男の異常さを物語っていた。
「物語は、それぞれの人の、心にある、もの。あなたの好きには、させない……!」
「そうよ! 筋書きが気に入らないから書き直そうだなんて、何様のつもりよ!」
レインとジェミーが揃って杖の先に魔力を集中させる。
あの〝淘汰〟にどこまで魔法が通用するかわからないが、あの二人の全力を受けてしまえば、ただでは済むまい。
「――汝、罪、ありき!〈断罪〉!」
「これがアタシの全力よ! 〈魔弾〉!」
どちらも第七階梯級のきわめて強力な魔法。
それが同時に『パパ』に向けて放たれる。
魔力の干渉で周囲の空間そのものが揺れる感覚と共に、『パパ』に二人の魔法が着弾した。
迷宮の一部が崩れ、土煙が舞い上がる。
だが、その中から無傷で姿を現した『パパ』が呆れたように首を振った。
「無傷、そん、な。殺ったと、思った、のに」
「嘘でしょ……!」
唖然とするレインとジェミーを前に、ため息まじりに『パパ』が口を開く。
「君達は、勘違いをしている。まず、現在の私はこの〝塔〟の管理者だ。つまるところ、君達の世界の力では、私を殺すことはできない。次に、私は〝淘汰〟の力を完全に支配している。ユーク・フェルディオのような、災厄の残りカスではなく、別世界そのものを取り込んでいるんだ」
「何が言いたい……!」
「マリナの力でこの〝塔〟を起動させた時点で、全ての選択権が私にあると理解してもらいたい」
ずるり、と触手を動かして斬りかかろうとしたネネの足を掴み上げる『パパ』。
「にゃや……ッ! 離すっす!」
「こうして無駄に会話しているのは、理解と屈服を促すためだ」
「ネネを離せッ!」
俺の放った弱体魔法を手で払いのけるように容易く抵抗した『パパ』が触手で拘束したネネを引き寄せる。
「物語の主人公面している君が嫌いだ。君を屈辱という屈辱にまみれさせて、理解させたい。私こそが真なる主人公で、君の嗚咽と絶望でオープニングを飾りたい。君という愚かな前座を舞台から蹴り落として、君が得てきた何もかもを台無ししたあとで、正しく、新しい物語を始めようというのさ」
ネネの腹に指先を這わせながら、『パパ』が満足げに……そして不気味に微笑む。
「これも、私のものだ。素晴らしい、この胎には何を仕込もうか」
「離すっす! うちは、あんたなんか受け入れないっす!」
「関係ないさ。最後には、みんな私を受け入れる。――私の物語では、そうなるんだ」
『パパ』がネネに無理やり口づけようとした瞬間、暗黒魔法を使ってネネを腕の中に引き寄せる。
頬に小さな痛みを感じたが、ネネのためなら大したものではない。
「大丈夫か、ネネ」
「気持ち悪かったっすー……!」
涙目になっているネネを立ち上がらせて、『パパ』へと向き直る。
どこか憮然とした様子の『パパ』が、大きなため息とともに俺を見据えた。
「私のモノを奪い取るのが得意なようだ。気色の悪い赤魔道士め」
「お前にだけは言われたくないな。あいにくだが、ネネもマリナも――俺のものだ」
小剣を構え直す俺に憐れむような目を向けて、『パパ』が口を開く。
「どうやら、君はまだまだ理解が足りないようだね。どうすれば理解してくれる? どうすれば膝をついて泣き叫んでくれるかな? ……そうだ、こうしよう」
首を何度か傾げながら触手をうねらせていた『パパ』が、笑顔でそういった瞬間……周囲の気配が様変わりした。
冷たい何かが周囲に立ちこめて、ゆっくりと霜が降りるように俺達に降り注ぐ。
何をされたかわからなかったが、異変はすぐに表れた。
「身体が、重い……? 動きが……!」
「何よ、これ。弱体魔法?」
シルクとジェミーが足をすくませて立ち止まる。
レインとネネも同じく、身体に力が入らない様子でへたり込んでしまった。
俺とマリナだけが、状況を飲み込めずに『パパ』に相対している。
「みんなに何したの……!」
「説明する必要もない。こういうことができるとわかってくれればね。さぁ、お前はどうするんだ? マリナ。もう理解できただろう? ほら、一緒に世界の変革を始めよう。新しい物語を一緒に楽しもうじゃないか」
手を差し出す『パパ』に首を振って、マリナが大太刀を向ける。
「やだ」
「間違った物語は変わるべきだ。私が正しくしてあげようないと」
胡散臭い教祖顔に笑顔を浮かべながら、偏った御高説を口にする『パパ』。
そんな『パパ』をマリナが否定する。
「あたしは、それを認めない。何かを変えるって、自分が変わることなんだよ。あたしがみんなに会って変わったみたいに」
「そんなものは詭弁だ」
「シルクと出会って、レインと出会って、ユークと出会って……再会して、それからネネや、ジェミーさんとも仲間になって、ルンちゃんとも一緒に暮らして……他にも、色んな所でたくさんの人たちとお話して、時にはぶつかって……それで、今のあたしがあるの」
小さく息を吸い込んで、『パパ』をきっと睨みつけるマリナ。
「世界はそうして変わっていくんだよ! こんな方法じゃ、世界はなにも変わらない! あなたが望むものは、何も手に入らないよ!」
マリナの声が透き通った闇の中で反響する。
おそらく、『パパ』には届いていまい。表情一つ変えていないから。
だが、マリナの言葉が終わった瞬間、レインの下げている【タブレット】が明滅した。
『さっすがマリナちゃんはいいことを言いますねえ! どうですか、解説のガトーさん』
『まさにその通り、としか言いようがありませんね!』
聞こえる声は、いつもの『冒険配信公式チャンネル』の二人の声だった。





