第34話 教祖と野望と
そこは『無色の闇』最下層に似ていた。
この〝塔〟の中でも、『透明な闇』に近い場所なのだろう。
異界の気配が充満する中、祭壇のようになった小高い構造物の上で『パパ』が俺達を見下ろす。
「まさか裏切るとはね、マリナ」
「裏切ったわけじゃないよ。あたしは、最初から『クローバー』だったもの。それに、約束……破ったでしょ」
「約束?」
「あたしが我慢すればフィニスとみんなには手出ししないって、約束だったじゃない!」
ため息まじりに、首を振る『パパ』。
「そんな約束、私はしていない。この場所で『祝祭』が始まるのは、百年以上前から決まっていたことだよ。……ここは、もっとも高き〝塔〟だからね」
「どっちにしても、もう『祝祭』は終わり。早く〝塔〟を元に戻して」
マリナの言葉に、『パパ』があからさまにげんなりした顔をする。
心底呆れた、といった風に。
「やはり失敗作は愚かだな。もう『祝祭』は止められない。この〝塔〟は世界の中心にして、私の玉座となるんだ」
「アンケリアスはここに来ないよ」
「引っ張り出せばいい。あの〝異貌存在〟がなんであれ、傍観者でいられなくなれば、御することもできる。お前たち同様、傲慢で愚かな存在なんだよ、アンケリアスは」
この『パパ』なる男は、色々とモノを知っているようだ。
ずいぶんと異界に詳しい。この口ぶりだと、マリナが会ったという『アンケリアス神』ともすでに接触したのではないだろうか。
「やれやれ……戻っておいで、マリナ。私はこれからこの世界の神になる。君は、そんな私の所有物だという自覚が少し足りないんじゃないかな」
「あたしは、モノじゃない!」
「モノだよ。私のために作りだされた存在なのだから。『存在証痕』を持つ【人造人間】である君なら『神の卵』を孕むこともできる」
そこまで口にして「待てよ?」と口にしながら、視線をこちらに向ける『パパ』。
こちらに向ける視線に、邪な気配が滲む。
「いやはや……どうやら私は少しうっかりしていたようだ」
目を細めて口を弧に歪めながら『パパ』が続ける。
「何も【人造人間】である必要もないのか。『存在証痕』を持つ母体は多ければ多いほどいい。これはいい拾いものだったようだ。喜べ、君達は王の寵愛を受けて『神の卵』を宿す資格がある」
吐気すら覚えるような邪悪で傲慢な思考に、仲間達を背後に庇う。
そんな視線を、俺の恋人たちに向けるな。
「ユーク・フェルディオ……まだ君は物語の主人公でいるつもりか? まあ、いい。どうあれ、君の物語はここで終わる。英雄譚は廃れ、王の物語が始まる。私が描き、私が紡ぐ、私に依るこの世界の真なる物語だ」
「何を言っている……!」
睨みつける俺に、『パパ』がうっすらと嗤う。
「わからないのかね? わからないんだろうね。君のように、選ばれた者には」
「ああ、わからないな。お前が俺の敵だってこと以外は」
「それでいい。いつだってそうだ。最後に勝利を収めたものだけが、物語の主人公たりえるのだ。ハッピーエンドに終わるよ、この物語は――私の勝利によって!」
背中をぞくりとした感触が這いずっていく。
殺気とも違う、おぞましい気配が周囲を満たしていくのがわかった。
異界の気配に似た、もっとおぞましい何かがここには満たされている。
「……来るぞ! 戦闘準備!」
俺の声に仲間たちが得物を抜き、『ゴプロ君』が飛び上がる。
それと同時に、『パパ』がゆらりと浮かび上がって祭壇の下へと着地した。
「アンケリアスは来ない! これ以上戦う意味なんてないんだよ?」
「『|過ぎ去りしいつかのあの日』はお前が見つけてくれた。あとは、【深淵の扉】を繋いで、こちらから〝淘汰〟でも流し込んでやればいい」
「そんなこと、させない!」
マリナが大太刀を抜いて、高速で飛び出す。
こちらの指示を待たずに動くなんて、相変わらずちょっと困ったものだが……戦端を開くにはいい合図だったかもしれない。
「〈身体強化〉、〈武器強化〉、〈防壁〉、〈小祝福〉!」
駆けゆくマリナの背中に強化魔法を放つ。
「ありがと、ユーク!」
いつもの調子で返事をするマリナに思わず口元が緩んでしまう。
決戦は始まっているというのに。
「にやけちゃって。ちょっと妬けちゃうわ」
「やっぱりマリナだなって思ってさ」
「そうね。やっぱり、『クローバー』にはマリナが必要ね」
そう微笑んで、ジェミーが杖を構える。
「あいつの気配、なんか嫌な感じがする。頼んだわよ、ユーク。あたしも頑張るから」
「ああ。ヤツを止めよう」
ジェミーに頷いて、すでに駆け出しているネネにも強化魔法を施す。
ネネは無茶しがちなので、防御を厚めに。
少し離れた場所で弓を構えるシルクには、敏捷性の強化と、〈矢避けの加護〉、それから〈魔力継続回復〉。
伝承の精霊の顕現維持には、それなりの魔力を使うはずだから。
「ユーク、あの祭壇は、どう、する?」
「どうかな、おそらく魔法道具だとは思うが」
「壊していいなら、あのおっさんごと、大型の、魔法で、殺」
レインの言葉に、少しばかりの嫌悪感と剣呑さが混じっている。
ああ、そういえばあいつの目つき……レインに情欲を向けていたベシオ・サラスって男にそっくりだった。
それを思い出すと、殺気の吐気じみた嫌悪感を俺も思い出す。
この戦い、別な意味でも負けるわけにはいかなくなった。
「きゃう……ッ」
先頭を駆けていたマリナが、何かに弾き飛ばされて床を転がる。
無詠唱で治癒の魔法を施しながら、フォローのためにマリナの前に立った。
「〝起動〟!」
腰から【光盾の巻物】を引き抜いて、発動する。
直後、魔法の障壁に半透明の何かが連続で叩きつけられた。
生理的な嫌悪感を抱く、気味の悪い気配を感じる
「ごめ、ユーク! なんか変なのがいるみたい!」
「わかってる! なんだ、これは……?」
「ヘンな、魔力……!」
「狂った精霊の気配も感じます!」
レインとシルクの言葉を聞きつつ、俺はもう一つそれに付け加える。
「まさか、〝淘汰〟の力なのか……!?」





