第33話 再会と決意
「マリナ!」
「ユーク!」
振り返ったマリナが、ダッシュハグを敢行する。
その懐かしい勢いを受け止めながら、俺はぎゅっとマリナを抱きしめた。
「おかえり、マリナ」
「ただいま、ユーク。……ごめんなさい」
「いいんだ。君がこうして戻ってくれただけで十分さ」
マリナの頭を撫でながら、ほっと胸をなでおろす。
こうして、無事に元気で戻ってくれたことが何よりも嬉しい。
「えっと、それでね。あたし、どうしよっか?」
「どう、とは?」
「あたしったら、フィニスを無茶苦茶にした『第七教団』の出身な上に、人間じゃないの。一緒にいない方が、いいよね?」
俺の返答を予想してか、腕の中のマリナが小さく震える。
さて、俺という男はそこまで信用がなかったのかと、落ち込んでしまいそうだ。
だから、強く抱きしめてマリナの耳元で答えてやる。
……よく、聞こえるように。
「マリナがいないと、寂しいよ」
「ユーク……!」
「君が何者かだなんて、どうでもいい。あいにくだけど、そのくらいで俺は君の手を放す気はないからな」
「でも」
「『でも』はなしだ。だいたい、そんな事を気にしたって仕方ないだろ? 俺なんて、元『影の人』で、邪神の使徒で、琥珀の〝淘汰〟継承者なんだしさ」
俺の言葉に、マリナがくすくすと笑う。
少しだけ、泣きながら。
「ユークったら、励まし方が独特すぎ」
「そうだろうか?」
「そうだよ」
抱擁を解いて、マリナが一歩下がる。
そして小さく息を吸い込んで、きりりとした目で俺を見た。
「あたし、マリナ。とっても悪い組織で作られた特別製の【人造人間】なんだけど、この災害を止めたいの。強くて、温かくて、いっぱい楽しくて、こんなあたしでも受け入れてくれる素敵なパーティ、知らない?」
「じゃあ、うちのパーティなんてどうかな?」
かつて、冒険者すら引退しようかと悩んでいた俺に、マリナが駆けてくれた言葉をそのまま彼女に返す。
俺に――『クローバー』とって、全ての始まりだったとも言える大切な言葉を。
俺の差し出した手を、マリナが掴む。
その瞬間、仲間達が駆け寄ってきた。
……もしかして、気を遣わせてしまったのかもしれない。
「おかえりなさい、マリナ。身体は何ともないですか?」
「うん、大丈夫。ちょっと特別丈夫にできてるんだよね、あたし」
シルクの言葉に、にぱっと笑うマリナ。
そんなマリナに仲間たちが小さく苦笑する。
いつも通り過ぎて、ちょっと拍子抜けした風に。
「心配かけるんじゃないわよ、もう!」
「ごめんなさい、ジェミーさん。もう、どこにもいかないから」
「当り前よ。次からは何かあってもすぐ相談してよね」
そう肩を叩いて、小さく涙をぬぐうジェミー。
仲間想いな彼女は、ずっとマリナを心配していた。
俺と同じに。
「でも、戻って来てくれて本当に良かったっす! マリナさんがいないと、どうも調子でないんすよね」
「ごめん、ネネ。ここから先は、あたしも一緒だし……頑張るね!」
「っす! さっきのすっごいヤツ、期待してるっす!」
ネネのはしゃいだ言葉に、レインが小さく首をかしげる。
「あのすごいの、どう、したの? 魔法、みたい、だった」
「えっと、なんか『できる』って思ったらできちゃったんだよね。誰かに教えてもらったような気もするし、ただ忘れてただけなのかもしれない。よくわかんないや」
「そう、なんだ。まるで、ユークの力、みたいだった」
「ああ、俺も〝淘汰〟みたいな気配を感じた。あんまり多用しない方がいいかもな」
先輩飾を吹かすわけではないが、あの手の『力』は多かれ少なかれ代償が必要になるものだ。
ただでさえマリナは『魔剣化』で消耗しやすい性質なので、気を付けてもらいたい。
「だったら、使いどころはユークに決めてもらおうかな」
「マリナの力だぞ? どうして俺に?」
「えーっと……あたしがユークのものだから、かな?」
顎に指先を当てて、首をかしげるマリナ。
自分の素性が【人造人間】だったからと言って、そんな風に卑下するなんて、マリナらしくないな。
「マリナ、俺は君をモノ扱いするつもりはないぞ」
「そうじゃなくって。あー……そうだった、ユークったらすっごく鈍いの忘れてたかも」
がっくりと肩を落とすマリナに、今度は俺が首をかしげる。
「ダメね。わかってないわ」
「ん。ユークは、鈍い」
「鈍いってレベルじゃないっす」
「先生は、本当に何とかしないといけませんね」
次々と仲間達から投げかけられる言葉に、思わずぎくりと固まる。
どうやら、俺は全会一致のミスをやらかしたらしい。
悩む俺に、マリナが向き直って小さく笑う。
「あたしはユークの家族で恋人だから、全部あげるって意味。わかってくれる?」
「……わかった。でも、やっぱり俺が決めるのは少し違うよ。マリナは一人前の冒険者で、立派な剣士だ。だから、あの『力』はマリナだけのもので、マリナが責任をもって揮わないと」
「そっか、そうだよね。いつまでも、ユークに先生をさせてちゃ、恥ずかしいもんね」
少しはしゃいだような声で返事したマリナが、大きくうなずく。
天真爛漫で素直。そこにいるだけで気持ちが軽くなる、太陽みたいな女の子。
マリナという存在の大きさが、本当に身に染みる。
そんなマリナが手を叩いて俺達に向き直った。
「それじゃ、行こっか。『パパ』はすぐ上の階層にいるはず」
「ああ、あいつを止めて……この〝淘汰〟を終わらせよう」
決意を燃やすマリナに頷いて、『ママ』の亡骸の先……闇へと続く階段を見やる。
マリナは取り戻した。あとは、『第七教団』の『祝祭』とやらを終わらせるだけだ。
仲間達へと向き直って、俺は口を開く。
「やろう――『クローバー』で!」
仲間たちが俺の言葉に、大きくうなずいた。





