第28話 歴戦と伝説
ダークエルフ達が用意してくれた緑のトンネルを駆けて、〝塔〟へと向かう。
「見えた、入り口だ!」
俺の考えていた通り、エドライト共和国の『旧王都』で出現した塔と同じく、地表部分に入り口が露出していた。
かつて、俺達が『無色の闇』へと降りていくために通った荘厳な装飾が施された〝塔〟の入り口だ。
「ドルゥルルッ!」
あと少しというところで、地響きと共に前方の木々がへしゃげ、折り散らされる。
吹き飛ばされた瓦礫と一緒に土煙を上げ、葉と枝を舞わせながら目の前に現れたのは、見上げるほどに巨大な体躯の竜種だった。
「な……ッ! 大地竜だって……!?」
褐色の鱗に覆われたこの竜は、知恵と翼を持たない下位竜なる分類がされているものの……竜には違いない。
冒険者ギルドの定めるモンスターランクは、『A+』。
つまるところ、世界で最も手強い魔物の一角である。
『アヌビス』が残した『無色の闇』の攻略記録で、地下45階層にて遭遇したとの記録があった。
ネネが〝溢れ出し〟ではなく〝大暴走〟という表現を使ったのに、いまさらながら納得する。
こんな危険で強大な魔物までもが外に出てきているのならば、〝大暴走〟と言って差し支えあるまい。
「これはちょーっと、まずいっすね……!」
「さながら、門番か、階層主といった感じでしょうか」
「なるほど、あり得るな」
巨大な下位竜を見据えながら、俺は小剣を左手に持つ。
「どういうことよ?」
「フィニス市街地をフィールド型迷宮のワンフロアと考えれば、そういう仮説も成り立つって話さ」
「『オーリアス王城跡迷宮』みたいなものってわけ?」
「あくまで仮説だ。どちらにせよ、見逃してはくれなさそうだしな……! 仕方ない、ここで切り札を切る。みんな、足止めを頼んだ」
琥珀化した左腕に魔力をめぐらせて、詠唱の準備を始める。
「ユーク、それは、ダメ。また、倒れちゃう」
「うまくコントロールするさ」
心配そうなレインに軽く笑ってみせて、覚悟を決める。
俺の身体に宿る、いくつかの『祝福』。
それらは俺が〝勇者〟であると同時に〝淘汰〟でもある証左だ。
この世界のルールの外――埒外とも言えるこの力なら、目の前で吼える強大な大地竜の命だって、擦り潰すことができるはず。
「待ってください、先生。……ビブリオンが予知を」
「どうした?」
「――来ます」
シルクの声と同時に、何かが超高速で飛来して大地竜の頭部をかちあげる。
悲鳴か咆哮かわからない叫び声をあげてたたらを踏む下位竜の前に、誰かが重い音を立てて着地した。
「はぁー……やれやれ、老骨には些か堪えるな」
背広姿の大男が、ネクタイを緩めながらこちらを振り返ってニヤリと笑う。
「このバカ弟子が。一人で飛び出すんじゃねぇよ。儂の作戦が台無しだろうが」
「ベンウッド……!」
「あなたが言葉足らずだからですよ、ベンウッド。でも、ユークさんもちょっぴり短慮でしたね」
背後から音もなく姿を現したママルさんが、そんな風に俺とベンウッドを嗜める。
さらにその後ろからは、全身鉄の塊みたいな老婆――マニエラ――が、豪快に笑いながら背後から現れる。
「いいコントロールだったろう? 脳筋ジジイ」
「馬鹿力過ぎんだよ、脳筋ババア」
「マニエラさんまで?」
「向こう見ずなのは若さの証拠さね。ま、無事でよかったよ」
ニィっと口角を上げるマニエラさんが、大きな戦棍を担ぎ上げて、体勢を立て直しつつある大地竜を見上げる。
「それにしたってこりゃまた厄介なのが出てきたもんだね。爺婆にはちょいと手に余るよ」
「ほっほっほ、〝殴殺〟も寄る年波には勝てんかの?」
「黙んな、妖怪ジジイ。アンタんとこの若いのにも働いてもらうよ」
どこからか聞こえる覚えのある声に、舌打ちしながら答えるマニエラ。
「無論、そのつもりだ。仕事は心得ている」
精悍な声と同時に一陣の風が吹く。
その直後、冒険装束の一団がふわりと空から舞い降りた。
「『スコルディア』、これより勅命依頼を開始する」
「ルーセントさん……!」
「よくここまで頑張った、フェルディオ君。我ら『スコルディア』が憂いなく君の道を切り拓こう」
長剣を抜いて、大地竜をを睨むルーセント。
王国最高峰のAランクパーティのリーダーが、俺の隣に並んだ。
「おっと、配信中か。儂ら『アヌビス』も名乗りを上げたほうがいいか?」
「もう手遅れだよ。馬鹿ジジイ」
「そうじゃの。ワシなぞ、どっちで名乗ればいいかわからんしのう」
「リーダーも不在ですからね。私達はオマケということで」
並び立つ伝説を前に、思わず苦笑してしまう。
なにがオマケなものか。
あの叔父が背中を預け、一度は『無色の闇』の底まで至った冒険者だぞ?
いくら何でも謙遜が過ぎる。
「ドゥルルル……!」
体勢を立て直した大地竜が、威嚇じみた唸り声をあげる。
忘れていたわけではない、ちょっとあっけにとられていただけだ。
「では、『クローバー』諸君。準備はいいかな?」
「……はい。ご助力に感謝を」
「そう固くなるな。一緒に迷宮を踏破した仲だろう?」
軽く笑ったルーセントが、仲間達に目配せする。
それに併せ、俺も仲間達にハンドサインを示す。
巨躯の大地竜の横をすり抜けるのは、リスクが高い。
タイミングを合せなくては。
「まどろっこしい。おい、モリア! デカブツを魔法で叩き潰せ」
「だ、そうじゃが? どうするね」
「モリア老にお任せしよう。我らの仕事は、彼等を〝塔〟までエスコートすることだからな」
ルーセントの言葉が終わった瞬間、モリアが小さく杖を振った。
たったそれだけで、大地竜の右前足がひしゃげて崩れる。
「デカブツは老人方に処理を任せる! 『スコルディア』前進! 『クローバー』の進行をフォローするぞ!」
「アタシらを老人扱いとは、肝の据わったガキんちょだね! いいさ、久しぶりに暴れてやろうじゃないか!」
「本来、ギルドの椅子から動いちゃならん儂だが……あいにく、建物ごと椅子もなくなったんでな。今は一介の冒険者として仕事をさせてもらうぜ!」
「張り切り過ぎないでくださいね。もうお二人とも若くないんですから」
バカげた速度で飛び出してくマニエラとベンウッド。
それを静かに追い越していく黒い影。
そんな三人の後ろで、プラズマ化した魔力を杖に宿す老魔術師。
叔父が率いた伝説のパーティ『アヌビス』の背中が、そこにあった。
まったく……誰も彼も、まるで衰えていないじゃないか。
大地竜が、可哀想になるくらいに。
「よし、抜けたな。この先は……君達の仕事だな?」
〝塔〟の入り口で立ち止まったルーセントが、俺を見る。
「はい。この先は異界の気配が強い……。〝塔〟の内部は皆さんにとって毒でしょう」
「ならば、君達に任せる。各々できることをするのが、冒険者だからな」
差し出された手を握り返して、頭を下げる。
「はい。ありがとうございます」
「我々はこのまま、周辺のフォローに入る。幸運を」
それだけ告げて、『スコルディア』の面々が去っていく。
中央街区の魔物は多い。
きっと、退路を作りに行くのだろう。
「いよいよ、〝塔〟だな」
「はい。マリナを取り戻しましょう」
「マリナだけじゃないわ、街だって取り戻さなきゃ」
「気合十分っす! 先行警戒はおまかせくださいっす!」
「魔力は、十分。いつでも、いける」
仲間達に目で返事をして、〝塔〟に向き直る。
「マリナ。今、行くからな……!」
決意を込めて、俺は〝塔〟へと一歩踏み込んだ。





