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Aランクパーティを離脱した俺は、元教え子たちと迷宮深部を目指す。  作者: 右薙 光介
第五部

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第28話 歴戦と伝説

 ダークエルフ達が用意してくれた緑のトンネルを駆けて、〝塔〟へと向かう。


「見えた、入り口だ!」


 俺の考えていた通り、エドライト共和国の『旧王都(ジョウ・ココ)』で出現した塔と同じく、地表部分に入り口が露出していた。

 かつて、俺達が『無色の闇』へと降りていくために通った荘厳な装飾が施された〝塔〟の入り口だ。


「ドルゥルルッ!」


 あと少しというところで、地響きと共に前方の木々がへしゃげ、折り散らされる。

 吹き飛ばされた瓦礫と一緒に土煙を上げ、葉と枝を舞わせながら目の前に現れたのは、見上げるほどに巨大な体躯の竜種だった。


「な……ッ! 大地竜(ランドドラゴン)だって……!?」


 褐色の鱗に覆われたこの竜は、知恵と翼を持たない下位竜(レッサー・ドラゴン)なる分類がされているものの……(ドラゴン)には違いない。

 冒険者ギルドの定めるモンスターランクは、『A+』。

 つまるところ、世界で最も手強い魔物(モンスター)の一角である。


 『アヌビス』が残した『無色の闇』の攻略記録(ログ)で、地下45階層にて遭遇したとの記録があった。

 ネネが〝溢れ出し(オーバーフロウ)〟ではなく〝大暴走(スタンピード)〟という表現を使ったのに、いまさらながら納得する。

 こんな危険で強大な魔物(モンスター)までもが外に出てきているのならば、〝大暴走(スタンピード)〟と言って差し支えあるまい。


「これはちょーっと、まずいっすね……!」

「さながら、門番(ゲートキーパー)か、階層主(フロアボス)といった感じでしょうか」

「なるほど、あり得るな」


 巨大な下位竜(レッサー・ドラゴン)を見据えながら、俺は小剣(ショートソード)を左手に持つ。


「どういうことよ?」

「フィニス市街地をフィールド型迷宮(ダンジョン)のワンフロアと考えれば、そういう仮説も成り立つって話さ」

「『オーリアス王城跡迷宮(ダンジョン)』みたいなものってわけ?」

「あくまで仮説だ。どちらにせよ、見逃してはくれなさそうだしな……! 仕方ない、ここで切り札を切る。みんな、足止めを頼んだ」


 琥珀化した左腕に魔力(マナ)をめぐらせて、詠唱の準備を始める。


「ユーク、それは、ダメ。また、倒れちゃう」

「うまくコントロールするさ」


 心配そうなレインに軽く笑ってみせて、覚悟を決める。

 俺の身体に宿る、いくつかの『祝福(のろい)』。

 それらは俺が〝勇者〟であると同時に〝淘汰〟でもある証左だ。

 この世界のルールの外――埒外とも言えるこの力なら、目の前で吼える強大な大地竜(ランドドラゴン)の命だって、擦り潰すことができるはず。


「待ってください、先生。……ビブリオンが予知を」

「どうした?」

「――来ます」


 シルクの声と同時に、何かが超高速で飛来して大地竜(ランドドラゴン)の頭部をかちあげる。

 悲鳴か咆哮かわからない叫び声をあげてたたらを踏む下位竜(レッサー・ドラゴン)の前に、誰かが重い音を立てて着地した。


「はぁー……やれやれ、老骨には些か堪えるな」


 背広(スーツ)姿の大男が、ネクタイを緩めながらこちらを振り返ってニヤリと笑う。


「このバカ弟子が。一人で飛び出すんじゃねぇよ。儂の作戦が台無しだろうが」

「ベンウッド……!」

「あなたが言葉足らずだからですよ、ベンウッド。でも、ユークさんもちょっぴり短慮でしたね」


 背後から音もなく姿を現したママルさんが、そんな風に俺とベンウッドを嗜める。

 さらにその後ろからは、全身鉄の塊みたいな老婆――マニエラ――が、豪快に笑いながら背後から現れる。


「いいコントロールだったろう? 脳筋ジジイ」

「馬鹿力過ぎんだよ、脳筋ババア」

「マニエラさんまで?」

「向こう見ずなのは若さの証拠さね。ま、無事でよかったよ」


 ニィっと口角を上げるマニエラさんが、大きな戦棍(メイス)を担ぎ上げて、体勢を立て直しつつある大地竜(ランドドラゴン)を見上げる。


「それにしたってこりゃまた厄介なのが出てきたもんだね。爺婆(じじばば)にはちょいと手に余るよ」

「ほっほっほ、〝殴殺〟も寄る年波には勝てんかの?」

「黙んな、妖怪ジジイ。アンタんとこの若いのにも働いてもらうよ」


 どこからか聞こえる覚えのある声に、舌打ちしながら答えるマニエラ。


「無論、そのつもりだ。仕事は心得ている」


 精悍な声と同時に一陣の風が吹く。

 その直後、冒険装束の一団がふわりと空から舞い降りた。


「『スコルディア』、これより勅命依頼(キングズオーダー)を開始する」

「ルーセントさん……!」

「よくここまで頑張った、フェルディオ君。我ら『スコルディア』が憂いなく君の道を切り拓こう」


 長剣を抜いて、大地竜(ランドドラゴン)をを睨むルーセント。

 王国最高峰のAランクパーティのリーダーが、俺の隣に並んだ。


「おっと、配信中か。儂ら『アヌビス』も名乗りを上げたほうがいいか?」

「もう手遅れだよ。馬鹿ジジイ」

「そうじゃの。ワシなぞ、どっちで名乗ればいいかわからんしのう」

「リーダーも不在ですからね。私達はオマケということで」


 並び立つ伝説を前に、思わず苦笑してしまう。

 なにがオマケなものか。

 あの叔父が背中を預け、一度は『無色の闇』の底まで至った冒険者だぞ?

 いくら何でも謙遜が過ぎる。


「ドゥルルル……!」


 体勢を立て直した大地竜(ランドドラゴン)が、威嚇じみた唸り声をあげる。

 忘れていたわけではない、ちょっとあっけにとられていただけだ。


「では、『クローバー』諸君。準備はいいかな?」

「……はい。ご助力に感謝を」

「そう固くなるな。一緒に迷宮(ダンジョン)を踏破した仲だろう?」


 軽く笑ったルーセントが、仲間達に目配せする。

 それに併せ、俺も仲間達にハンドサインを示す。


 巨躯の大地竜(ランドドラゴン)の横をすり抜けるのは、リスクが高い。

 タイミングを合せなくては。


「まどろっこしい。おい、モリア! デカブツを魔法で叩き潰せ」

「だ、そうじゃが? どうするね」

「モリア老にお任せしよう。我らの仕事は、彼等を〝塔〟までエスコートすることだからな」


 ルーセントの言葉が終わった瞬間、モリアが小さく杖を振った。

 たったそれだけで、大地竜(ランドドラゴン)の右前足がひしゃげて崩れる。


「デカブツは老人方に処理を任せる! 『スコルディア』前進! 『クローバー』の進行をフォローするぞ!」

「アタシらを老人扱いとは、肝の据わったガキんちょだね! いいさ、久しぶりに暴れてやろうじゃないか!」

「本来、ギルドの椅子から動いちゃならん儂だが……あいにく、建物ごと椅子もなくなったんでな。今は一介の冒険者として仕事をさせてもらうぜ!」

「張り切り過ぎないでくださいね。もうお二人とも若くないんですから」


 バカげた速度で飛び出してくマニエラとベンウッド。

 それを静かに追い越していく黒い影(ママル)

 そんな三人の後ろで、プラズマ化した魔力(マナ)を杖に宿す老魔術師(モリア)


 叔父が率いた伝説のパーティ『アヌビス』の背中が、そこにあった。

 まったく……誰も彼も、まるで衰えていないじゃないか。

 大地竜(ランドドラゴン)が、可哀想になるくらいに。


「よし、抜けたな。この先は……君達の仕事だな?」


 〝塔〟の入り口で立ち止まったルーセントが、俺を見る。


「はい。この先は異界の気配が強い……。〝塔〟の内部は皆さんにとって毒でしょう」

「ならば、君達に任せる。各々できることをするのが、冒険者だからな」


 差し出された手を握り返して、頭を下げる。


「はい。ありがとうございます」

「我々はこのまま、周辺のフォローに入る。幸運を」


 それだけ告げて、『スコルディア』の面々が去っていく。

 中央街区の魔物(モンスター)は多い。

 きっと、退路を作りに行くのだろう。


「いよいよ、〝塔〟だな」

「はい。マリナを取り戻しましょう」

「マリナだけじゃないわ、街だって取り戻さなきゃ」

「気合十分っす! 先行警戒はおまかせくださいっす!」

魔力(マナ)は、十分。いつでも、いける」


 仲間達に目で返事をして、〝塔〟に向き直る。


「マリナ。今、行くからな……!」


 決意を込めて、俺は〝塔〟へと一歩踏み込んだ。


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