第27話 〝塔〟への道と連合軍
『カーマイン』と『ミスティ』のおかげで、集まってきた魔物の群れを脱した俺達は、中央街区をひた走る。
ここまで来れば、もはや身を潜めて……と言った風情でもない。
敵を撃破しつつ、とにかく前方の〝塔〟へと駆けていく。
「結構、きつい、ね」
「弱音は後! アタシもきつい!」
披露した様子のレインを励ましつつフォローするジェミー。
いくら強化魔法が掛かっているとはいえ、こうも戦闘と全力移動が続けば疲れもする。
本当なら何度かは休息をとる予定だったのだが、俺の見通しの甘さがここで響くことになってしまった。
「中央街区にはもう入っている、あと少しだ!」
周囲が瓦礫の山になっていて地形を読みにくいが、そろそろ冒険者通りへと到達するはずだ。
そこを抜ければ、ギルド前広場……〝塔〟の足元へとたどり着けるはず。
「前方……大型が五体、小型が多数っす!」
「ネネ、先行でかく乱! シルク、牽制を頼む。レインとジェミーは範囲の広い魔法で小型を散らしてくれ! ネネを巻き込むなよ!」
素早く指示を飛ばして、俺自身も足止めに〈転倒〉や〈茨縛り〉といった設置型魔法をばら撒く。
土煙を上げて迫る魔物の大群に身構えつつ、小剣を抜いた瞬間……信じられないようなことが起こった。
「にゃ、にゃああッ!?」
飛び跳ねるようにして、ネネがこちらに駆け戻ってくる。
それもそのはず、まるで局所的な天変地異が起きたかのように石畳を破って太い木の根が十数本も現れたかと思えば、それで足止めされた魔物の群れに大量の矢と様々な魔法の攻撃が降り注いだからだ。
「お嬢様! 『琥珀の森警固隊』、参上いたしました!」
「フィニス冒険者連合、フル・アライアンスで『クローバー』のサポートに入る!」
「サルムタリア義勇軍、恩義に報いるため馳せ参ずる!」
どこからともなく次々と現れるダークエルフや冒険者たち。
視線をめぐらせると、様々な旗を掲げた人々がこちらに向かって駆けてきていた。
中には、戦装束でもあるキルトを纏ったサルムタリアの戦士や錬金術師もいる。
「『クローバー』を守れ! 魔物を近寄らせるな!」
「精霊使い各員! 木の精霊を活性化せよ! お嬢様たちの進む道を作るのだ!」
「【結界杭】起動! 魔法の巻物も惜しみなく使え! エルフたちが作った道を壊させるな!」
様々な人種や種族が一体になって、〝塔〟への道を文字通りに作りだす。
木々が次々に生い茂り、〝塔〟へ向かって緑のアーチを作り出したかと思えば、それをサルムタリアの錬金術師たちが結界系の魔法道具でどんどん補強していく。
騒ぎに反応した中央街区の魔物がどんどん集まってきていたが、フィニスの冒険者やダークエルフの警固隊、サルムタリアの冒険者氏族の面々が、それを連携して押しとどめた。
その大軍の中で一際目を引く、豪奢な鎧姿の男がこちらに進み出て俺ににやりと笑う。
こんな場所にいるはずはないのだが、見間違うわけもない。
「マストマ?」
「然り、我である。少し遅れたか? 赤魔道士。借りを返しに来たぞ」
このような死地じみた場所に在って、威風堂々たる姿のまま笑うサルムタリアの次期国王。
色々破天荒なお人ではあるが、まさかこんな場所にまで来てしまうなんて。
「うむ、壮健のようで何より」
「どうして、こんな?」
「なんだ、自覚がないのか? 謙遜もほどほどにな。英雄は少し傲慢なくらいがよい」
愉快げに大きく笑って、俺の肩に手を置くマストマ。
「我も、この者達も、自らの意志でここに来たのだ。『クローバー』を、お前を助けるためにな」
「俺達を?」
「もう少し自覚せよ、赤魔道士。お前の背負う〝勇者〟なる二つ名は飾りではない。あらゆる困難を乗り越え、人々に希望を見せる輝ける星なのだ」
マストマの言葉に、少しばかり面食らう。
「もっと、わかりやすく、言って、あげて?」
「おお、レイン。相変わらず良き妻であるようだな」
「褒めても、靡かない、よ?」
「手厳しさも相変わらずよな」
楽しげに笑みを浮かべたマストマが、俺に向き直る。
「なに、ごく簡単な話だ。みな、期待しておるのよ。……これは〝淘汰〟なのだろう?」
前方の〝塔〟を見上げたマストマが真剣な眼差しでそう口にする。
「ああ。きっと、このままじゃひどいことになる」
「赤魔道士。我が友、ユーク・フェルディオよ。お前は〝淘汰〟の悉くを狩る〝勇者〟であろう。なればこそ、我らはお主が進む英雄譚の一節にでもなるべく、馳せ参じたのだ」
そんな大した人間のつもりはないのだが。
しかし、マストマの言うことも、わからないでもない。
俺にしかできないこと、俺に期待されていることがあるのは、理解できる。
それに応えることができるかは、俺次第となるが。
「さあ、行け。ここで為すべきは我らであれば、お前にはお前の為すべき道があろう」
「……助かる。帰ったら一杯奢るよ」
「我の口に合う酒は高いぞ?」
「覚悟しておくさ」
気安いとは思うが、軽く拳を当てて俺達は仲間を振り返る。
「〝塔〟へ向かおう!」
「はいっす!」
「承知しました!」
「おっけー!」
駆け出す、ネネとシルク、そしてジェミー。
それに続こうとしたところで、マストマがレインに声をかけた。
「レイン、我が友を頼んだ」
「ん。もち」
「ユーク、我はこの娘を諦めておらんのでな。生きて戻らねば、貰ってしまうぞ」
マストマの冗談か本気かわからない言葉に面食らっていると、レインが舌を出して俺に抱きつく。
「ボクは、ユークのもの。ずっと、一緒、です」
「この我になびかぬところも、また可愛げよな」
「でも、ありがと。きっと、ユークと、戻る」
「うむ。無事の帰還を」
そう軽く手を振るマストマに頷いて、レインを抱え上げて駆ける。
すでに仲間達と少し距離が空いてしまったので、急いで追いかけなくては。
「行ってくれ! 『クローバー』!」
「ユークさん! ご武運を!」
「ここは我々にお任せください! お嬢様をお願いいたします!」
「フィニスの未来を任せたぞ!」
激励の声に背中を押されながら、緑のアーチに向かって駆けていく。
精霊の性質が変わったフィニスで、これほどの精霊交信を維持するなんて。
驚きと感謝を胸に、仲間達の元へと向かう。
「悪い、少し遅れたようだ」
「みなさんが道を作ってくれました。〝塔〟までは障害なしです!」
戻った俺に、シルクが青々と葉が茂るトンネルを指さす。
トンネルの先には、目指す象牙色の壁が遠くに見えていた。
「いよいよね……!」
「ここからが本番っす!」
「いこ、ユーク」
仲間達に大きくうなずいて、緑のトンネルへと足を踏み入れる。
「『クローバー』進行! 一気に〝塔〟へ突入するぞ!」





