第22話 フィニスへの道と生配信
『アイオーン遺跡迷宮』を脱出し、トロアナで急いで準備を整えた俺達は街道を西へと進む。
迷宮伯という身分と緊急時と言うことで、冒険者ギルド経由で走大蜥蜴を準備してもらった。
訓練されたこの魔物は、体力も馬力も馬よりあるので、トラブルなく街道を突っ走れば数日でフィニス方面へ到達できるはずだ。
『異変から五日。フィニスは今のところ小康状態を保っています。しかし、依然として市街では魔物が闊歩しており、封鎖は解かれていません』
レインの持った【タブレット】からは、ショウさんによるレポートが聞こえてくる。
生き残った『定点ゴプロ君』による自動配信には、崩壊した街並みと我が物顔で大通りをうろつく魔物が映しだされており、俺達の拠点がある居住区域の惨状も見て取れた。
ただ、最も被害が大きいのは冒険者ギルドがあった中央街区だ。
なにせ、地下大空洞に埋もれていた〝塔〟が地上に隆起したのだ。
しかも、その規模は『旧王都』の比ではない。
俺達がマリナ達を追って上った〝塔〟の倍以上は大きい。
『冒険者の懸命な応戦と誘導により、現在も救助と避難活動が行われています。フィニス冒険者ギルドのマスターであるベンウッド氏による呼びかけに、「カーマイン」や「グランツブロウ」、「スコルディア」を始めとするAランクパーティ、「ミスティ」や「パルマータ」なども救援に駆けつけています』
配信から流れてくる情報から現状を推察するに、最悪の事態は避けられたのかもしれない。
いや、最悪の事態はこれから起こるのかもしれないが。
俺が知る限り、もっとも『透明な闇』へのアクセスが深い『無色の闇』を内包する〝塔〟が、ヤツらの手に落ちてしまったという事実は、それなりに重い。
あの『パパ』なる男の言葉が真実であれば、『アンケリアス神』なる『異貌存在』を呼び込もうとするのは時間の問題だ。
それがこの世界に何をもたらすのかはまだわからないが、〝淘汰〟のやることだ……俺達にとって望ましい結果にはなるまい。
結局のところ、あの男は具体的なことを何も話さなかった。
「急がないとな」
「ん。みんなが、頑張ってくれてる、もんね」
【タブレット】から目を離して、レインが俺に頷く。
フィニスを拠点にしている俺達がこの緊急事態にいないというのは、些か心苦しいものがある。
あそこは俺達の大切な馬車だというのに、こうも好き勝手をされるとは。
奥歯をかみしめていると、御者席にいたシルクがこちらを振り返った。
「目的地はオルダン湖畔森林ですよね?」
「ああ。ベンウッドがそこで避難キャンプを作ってるはずだ。まずは現状の把握をしてから、フィニスに入る」
フィニスからの避難民は、オルダン湖畔森林そばの避難キャンプや近隣の周辺都市、加えて、災害にすぐさま呼応して受け入れを申し出たサルムタリアやヴィルムレン島へと身を寄せているらしい。
「テックやルンは無事かしら……」
「たぶんな」
心配そうなジェミーの肩に軽く触れて慰める。
これが希望的観測なのは俺もわかっているが、理由のない慰めという訳でもない。
ニーベルンは異界を渡り歩いた一人前の冒険者でもある。
俺達と離れている間、ニーベルンはジェミーの弟と一緒にいたはずで、あの異変があった日もだって、上手く立ち回ったに違いないと思っている。
「【手紙鳥】っす!」
シルクの隣で周辺を警戒していたネネが空から下りてきた【手紙鳥】を手に、後方へ移動してくる。
広げてみると、ベンウッドの力強い文字が殴り書きのようにして並んでいた。
内容的には、俺達がトロアナで無事を知らせるために送った【手紙鳥】の返事だが、いくつかの新しい情報も記されている。
「ジェミー、テック君は無事に避難しているようだ。許嫁と一緒に」
「よかった。ルンは?」
ほっとした様子のジェミーの問いに、俺は小さく詰まる。
「住民避難に参加していたらしいが、避難キャンプにはいないらしい。面識のある『スコルディア』と『カーマイン』に捜索を頼んでおいた、と書いてある」
「嘘でしょ……!」
「別の避難キャンプにいるかもしれないし、フィニスで身動きが取れなくなっているのかもしれない。いずれにせよ、避難キャンプで情報を精査しよう」
俺の態度は、冷たく映ったかもしれない。
だが、『クローバー』最年少のメンバーでもあるニーベルンは、強かな女の子だ。
俺達と共に『死の谷の王廟』を越え、『無色の闇』の最奥へ到達し、『深淵の扉』の先を旅してきた、立派な冒険者でもある。
逃げ遅れたにせよ、残っているにせよ、ニーベルンは生き残っているはずだ。
「先生、一ついいですか?」
「どうした、シルク?」
「提案なのですが……今ここで〝生配信〟をするのはどうでしょう?」
俺の魔法の鞄を示して、シルクがじっと俺を見る。
「珍しいな、君がそんなことを言うなんて」
「マリナだったら、そう言うと思いまして。ここはもうウェルメリア国内ですし、わたくし達が帰還していることを報せることで安心する方もいると思うんです」
「なるほど、な」
シルクの言う事には、一理ある。
俺達はフィニスを拠点とするAランクパーティで、俺はウェルメリア王国が認可した〝勇者〟なんて立場でもあるのだ。
突然こんなことになって、不安になったり混乱していたりする人たちにすれば、不在にしていた俺達が無事で、救援に向かっていることがわかるだけでも助けになるかもしれない。
「いい案かもしれない。みんな、いいか?」
「ん。だいじょぶ」
「ウチも問題ないっす!」
「深呼吸だけさせて。よし、いいわ」
各々の返事を聞いて、御者席にいるシルクも俺に頷く。
ここにマリナがいないことが本当に寂しいが……助け出してからまた配信すればいい。
「よし、始めるぞ。『配信開始』」
俺の手からふわりと浮かび上がった『ゴプロ君』が車内をゆっくりと浮遊する。
「こんにちは。『クローバー』のユークです」
「レイン、です」
「ネネっす!」
「ジェミー……です」
少しぎこちないジェミーから離れて、御者席のシルクの前まで飛んでいく『ゴプロ君』。
「シルクです」
全員、できるだけの笑顔を『ゴプロ君』へと向ける。
「フィニスの急報を聞き、大急ぎでそちらへ向かっています。駆けつけるのが遅くなり、申し訳ありません」
「ボクらの、現在地は、トロアナとフィニスの、中間くらい、です。街のみんなは、大丈夫、ですか?」
普段はあまり配信で話さないレインが、たどたどしくも精一杯の言葉を発する。
マリナ不在の中、思うところがあったのかもしれない。
「たくさんのパーティが救援に来てくださっていると耳にしております。わたくし達『クローバー』もやるべきことのために、すぐ合流いたします。今しばらくお待ちください」
シルクの涼やかな声が、『ゴプロ君』を通じて配信に乗る。
「支援物資を積んで避難キャンプに向かってるっす! 待っててくださいっす」
「当然、その後はフィニスを取り戻しに行くわ。あそこはアタシたちの家だから」
『ゴプロ君』がネネ、そしてジェミーへとレンズを向ける。
俺達『クローバー』の言葉を、伝えるために。
「必ず俺達のフィニスを取り戻します。今はまだ辛いかもしれませんが、待っていてください。この迷宮災害を、全員で乗り越えていきましょう!」
締めの言葉を口にした俺と仲間達を、『ゴプロ君』のレンズが捉える。
この配信を見た一人一人に、勇気と希望が灯ればいい……そんな願いを込めて、俺は生配信を終了した。





