第21話 ユークの無茶と異貌存在
「抜けました! 先生、もうすぐ地上ですよ」
「ああ、ちょっと無茶……しすぎたかな」
シルクの肩を借りたまま、光が差し込む崩れた天井を見上げる。
どうやら俺の目算は少しばかり甘かったらしく、身体に力が入らない。
人ならざる領域の力を使ったのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
「先行警戒、行ってくるっす。ユークさんは少し休んでてくださいっす」
「いや、進もう」
「ダメっす。無茶をしたんすから、せめて迷宮行動のセオリーは守ってもらうッスよ!」
きりりとした表情で、ネネがシルクにちらりと視線を送る。
小さく頷いたシルクが、俺を瓦礫にそっと座らせた。
「焦りは禁物、は先生の言葉でしょう?」
「……そうだった。すまない、シルク」
小さく息を吐きだして、逸る気持ちを落ち着かせる。
異界の迷宮を進むこと数日、ようやく目的の場所へ抜けたというのに俺が焦ってどうする。
ここから先も強行軍となるのだから、これ以上の消耗は抑えなくては。
「それにしたって、すごいわね。アイオーン遺跡迷宮一足飛びだなんて」
「ああ。業腹だけど、あの男が持っていた魔法の巻物で思いついてな」
周囲を見回すジェミーに、軽く笑って返す。
現在地は、かつて『クローバー』で攻略した『アイオーン遺跡迷宮』の地下三階。
『アウ=ドレッド廃棄都市迷宮』に繋がる大扉の前だ。
「無茶、しすぎ。やっぱり、止めれば、よかった、かも」
「だけど、これで帰還予定を十日は圧縮できた。トロアナで馬を借りて五日もすればフィニスに到着できる」
かなりの無茶をした自覚はある。
世界のルールを捻じ曲げて無理を通したのだ、俺は。
「体調はどうですか? 影の人になりそうだとか、『斜陽』に侵蝕されそうだとか、ちょっと木になりたくなってきたとか」
「大丈夫だ。今のところ倦怠感以外に不調はない」
「それならばいいのですが……。この先は、もうダメですよ?」
釘を刺すようなシルクの言葉に、目を逸らして曖昧にうなずく。
叔父さん曰く、俺というのは〝渡り歩く者〟の素養があるらしい。
つまり、この世界の外へも行ける何かしらの特性を備えているということだ。
それは俺が幼少の頃に『反転』に巻き込まれた際に刻まれた何かであり、俺を〝勇者〟たらしめる素養でもある。
であれば――それを利用できるはずだというのが、今回の思い付きだった。
『旧王都ジョウ・ココ』の〝塔〟。
地上部分は倒壊したが、俺の予想通りに地下部分は無事だった。
実物を見つけられはしなかったが、『深淵の扉』の気配も色濃く在り……つまり、『無色の闇』に近しい迷宮として、まだ機能していたのだ。
だから、俺は自らの身に宿ったいくつかの〝淘汰〟の欠片を利用して迷宮機能を惹起し、指向性を以て迷宮へと足を踏み入れた。
つまり、ごく小規模の反転迷宮のようなものを人為的に〝塔〟の内部に発生させて、その中を通ってきたのだ。
おそらく、『王廟』と同じことができるはずだと、考えて。
本当はフィニスまで一気にと思ったが……それについてはレインとシルクに止められてしまった。
そして、どうやら彼女達の懸念は正解だったらしい。
距離として比較的近い『アウ=ドレッド廃棄都市迷宮』へ跳ぶのだって、かなりの消耗を強いられたのだ。
これがフィニス地下の『無色の闇』へ直接となると、俺の死という最悪のパターンも考えられた。
それが故に、仲間達は俺の無茶を心配しているのだろう。
「それにしたって、ユークの力とはいってもこんな無茶苦茶ができるなんて、ちょっとびっくりしたわ」
ジェミーが俺の額に冷えた手拭いを当てながら、呟く。
弟のことが心配だろうに、俺のことまで心配させて少しばかり申し訳ない。
「これも業腹だが、ヤツらを利用する形だな」
「利用?」
「ちょっと前から迷宮が不安定になってるだろ?」
「うん」
ウェルメリアのみならず、世界各地で起きている迷宮やその周辺の異常。
俺達がヴィルムレンの休暇から呼び戻された理由だ。
「あれのおかげで、迷宮の境界が薄くなっていたり、曖昧になってる部分があるんだ。それを利用させてもらった。この状況自体が、奴らの手の内だ」
「それって……」
「ああ。一連の事件は、『第七教団』の仕込みなんだと思う。ベシオ・サラスの違法魔法道具についてもね」
推測の一つに過ぎなかったこれは、『パパ』との邂逅で確信じみたものに変わった。
何もかもがヤツらの仕業ではないだろうが、迷宮に影響するような魔法道具提供も含めて、『第七教団』はかなり手広く世界を不安定にさせる種をまいていたに違いない。
あの口ぶりからするに、ずっと注意深く待っていたのだ。
いま、この状況を。世界中の迷宮が不安定になって、世界が混沌に包まれる瞬間を。
「でも、何をするつもりなのか、よく、わかんない、ね?」
「一つ、心当たりがある」
レインの質問に、回らない頭の中から記憶を引っ張り出す。
「多分、あの男が言っていることは真実なんだと思う」
「『第七教団』の話を鵜呑みにするのですか?」
「そうじゃない、シルク。世界の救済やら変革やらってってのはともかく、やらかそうとしていることは実現性があるってことだ」
カルト教団の教祖の言うことを、真に受けるわけではない。
だが、何をしようとしているのかはなんとなくわかる気がする。
「おそらくだけど、『異貌存在』を呼び出そうとしているんだ」
「『異貌存在』?」
シルクも、ジェミーも、レインも、揃って俺の言葉に首をかしげる。
「端的に言うと、まあ……神様だな。『青白き不死者王』みたいな」
「神話存在という事ですか?」
「ああ。シルク、君なら実感があるんじゃないか? それらは〝淘汰〟でもある」
琥珀となった左腕をシルクの突き出して、シルクを見る。
強張った表情で、シルクがごくりと喉を鳴らした。
「『真なる森の王』……!」
「ああ。おそらくあれも、『異貌存在』だったんじゃないかな。別次元に在る、力ある存在。この世界にとっては〝淘汰〟と同義だけど」
「じゃあ、何? あいつらは外の異界から〝淘汰〟を引っ張って来てこの世界をぶち壊そうっていうの?」
ジェミーの言葉に、今度は俺が首をかしげる。
予想としては、そうなる。世界と世界は本来相容れないものだ。
触れ合えばお互いに侵蝕を始め、それぞれが〝淘汰〟となって滅ぼすまで闘争を続ける。
そうでないパターンもある。
シルクたちのような、異界からこの世界に根付いた存在だってあるにはあるのだ。
今、俺達がいる『アイオーン遺跡迷宮』だって、異界から流れ着いた何某の残骸が定着したものだとシルクの祖父は言っていた。
「マリナが、鍵なのかもな……」
答えは出ない。
しかし、『第七教団』によるマリナの誘拐は、必要な要素だったに違いないのだ。
ここまで雌伏した『第七教団』と教祖である『パパ』が表舞台に姿を現し、動きを見せたというのは……いわば、『勝ち』を確信したからに違いあるまい。
「戻ったっす。周辺の魔物も対処済み。すぐに上の階へ行けるっすよ!」
沈黙する俺達の元にネネが帰ってくる。
考えすぎるのも良くない。今は前に進まなくては。
『第七教団』が内をしようとしているのであれ、俺達の目的は変わらない。
マリナを、家族を取り戻すのが第一優先だ。





