第16話 生配信と虚ろなマリナ
『同志諸君。変革の第一歩は成功した』
『秘されし〝塔〟は我らの呼びかけに応じ、姿を現した!』
『この世界に溢れる愚者たちが頑なに隠し、欺いてきた真実が暴かれる時が来たのだ!』
『「アンケリアス神」降臨の時は近い!』
どこか芝居がかったようにセリフを続ける男の背後。
並ぶローブ姿の一団の中に、マリナがいた。
目深にフードを被ってはいるが、背格好や口元、なにより特徴的な赤い髪が雄弁に誰であるかを物語っていた。
正面の男性が満月をバックにした〝塔〟を手で示して声を張り上げる。
『すべてはこれから始まる!』
『刮目せよ、我らが神――「アンケリアス神」がもたらす福音を!』
『終わりが来るのだ! そして始まるのだ! この世界は真実によって塗り替えられる……真なる支配者「アンケリス神」の手によって!』
何を言ってるのかさっぱりわからない。
ただ、この口ぶりからして『旧王都』の市中に〝塔〟を出現させたのは連中で……つまり、魔物を放ったのも連中だってことになる。
だが、それよりも大切のことが一つある。
この生配信が続いている間に『旧王都』に到達できれば、そこにはマリナがいるということだ。
「――行って、ユーク。一人なら間に合うでしょ!?」
ジェミーが俺に鋭く檄を飛ばす。
それに頷いて、すぐさま繋いでいる馬に向かって駆けた。
強化魔法を馬に使えば、『旧王都』までそう時間はかからない。
「行ってくる! シルク、後を任せた!」
「はい! お気をつけて!」
急いで馬にまたがる俺にシルクが大きくうなずく。
固唾を飲む仲間達をぐるりと見まわしてから、俺は夜闇の中に馬を走らせ始めた。
野営地から『旧王都』までは、およそ馬車で二時間ほど。
だが、魔法で強化を施した馬で駆ければ、一時間もかからない。
夜の街道を、特に見える街の灯りへ向かって全力で駆け抜ける。
あそこに、マリナがいる。
『クローバー』を離脱したっていい。
冒険者稼業は過酷で危険だ。いつ引退したってかまわないとは伝えてあった。
だけど、あんな書置き一つで黙っていなくなるなんて、あんまりじゃないか。
そして、君らしくない。
せめて、聞かせてほしい。
いつだって正直で、前向きで、ひたむきな君が……俺達から隠れるようにしてフィニスを去らなきゃいけなかった理由を。
それがどんな理由だって、構わない。
君が君らしく、次に進むというなら止められやしないんだ、俺には。
……だけど。
君らしくない去り方に、俺はぜんぜん納得できていない。
だから、聞かせてほしい。君自身の言葉で、声で。
「マリナ、まだそこにいてくれよ……!」
手綱を強くつかんで、馬に強化魔法を再度施す。
速度を上げて風のように駆ける馬の背に乗って、俺は『旧王都』への道を駆け抜けた。
◆
「Aランク冒険者ユーク・フェルディオだ! そこをどいてくれ! 急いでいる!」
『旧王都』の門扉を夜警する兵士に『エドライト共和国特別行動許可証』を投げ渡して、半ば強引に門を通り抜ける。
ここまで来れば、〝塔〟らしき建造物は目視できていて迷うこともない。
人気がまるでない夜の『旧王都』の大通りを、真っすぐに進む。
馬を全力で走らせて、あっという間に町の中心……〝塔〟が突き立つ広場に到着した俺は、声を張り上げて呼んだ。
今まさに塔に向かって去ろうとしている、マリナの背中に。
「マリナ!」
俺の声に長い赤髪が小さく揺れて、マリナが振り向く。
ふわりとフードが風にあおられてめくれ、その顔が露になった。
「……?」
どこかぼんやりとした表情のマリナが俺をじっと見る。
まるで、知らない誰かに声をかけられたような仕草で目を逸らし、フードを被り直したマリナが一言も発さないまま、こちらに背を向けた。
「少しでいい、話を聞かせてくれ!」
「……」
再度の呼びかけに足を止めたマリナだったが、近づく前に数人の『第七教団』のメンバーが俺の前に無言で立ちはだかった。
その異様な圧に怯えたのか、馬が立ち上がって大きく暴れる。
「く……ッ」
投げ出されて石畳に何とか着地するが、あまりいい状況とは言えない。
『第七教団』のメンバーらしい白ローブ達に囲まれてしまった。
「神の子に近寄るべからず!」
「神の子を惑わすべからず!」
「神の子に触れるべからず!」
「鉄槌を! 告解を! 懺悔を!」
強い剣幕でそう口にしながら、手に手に得物を構える『第七教団』の信徒たち。
外国の街中で剣を抜いていいのかとやや逡巡したところで頬の痛みに気が付く。
強い殺気を放つ信徒たちから、殺気に混じって異界の気配が漏れている。
まさかと思うが、反転しかけているのか……?
こんな、何でもない街の中で?
「いかなきゃ……」
ぼそりとそう口にして、マリナが歩きだす。
いつもの快活な様子からは、全く想像もつかないふらふらとした足取りで〝塔〟へと歩いていくマリナ。
「マリナ!」
後を追おうとする俺を、再び信徒たちが遮る。
「去れ。選ばれぬ者」
「去れ。今すぐに」
「去れ。神の子の恩赦のうちに」
「どいてくれ!」
いよいよ剣を抜いて、強行突破を……と考えた瞬間、強い揺れが俺の足をすくった。
〝塔〟が月に向かって伸びあがるように露出し、それに伴って足元に亀裂が入る。
まずい、と思った次の瞬間に足元が崩落した。
咄嗟に石畳に手を伸ばすが、そんな俺の手を信徒の一人が蹴り上げる。
鋭い痛みが走り、手を離した俺は……そのまま亀裂へと落下して何度かの衝撃の後……意識を手放してしまった。
◆
「うっ……」
「ユーク!」
鈍い痛みと共に目を開けると、目の前にレインの顔があった。
「レイン?」
「よかった。痛いところ、ない?」
「頭が少し。あと、右腕と左膝……」
「頭は、いっぱい、切れてたし、右腕も膝も、骨が、折れてた。治癒はしたけど、痛みはあると、思う」
なるほど、道理で痛むわけだ。
負傷そのものは魔法で治療したとしても、痛みそのものは魔法で消せないからな。
「俺、どうした?」
「亀裂に落っこちて、ここ……地下空洞に叩きつけられたっぽいっす」
レインの後ろから、ネネが現れて俺を覗き込む。
視線を回らせれば、仲間達が揃っていた。
「みんな心配したのよ? 〝塔〟はでっかくなるし、アンタの姿は見えないしで」
「悪かったよ。だけど、しくじったな。マリナと話ができなかった」
「で、何があったワケ?」
ジェミーの問いに、俺は崩落前の出来事についてできるだけ詳細に話す。
少しばかり頭が痛むが、記憶は確かだ。
「〝塔〟に入っていった? では、やはり『第七教団』がこれを引き起こしているということですか?」
「十中八九、そうだと思う」
体を起こして、地下空洞の先に浮かぶ白い〝塔〟を見やる。
この風景だけ見れば、まるでフィニス地下の大空洞にそっくりだ。
あちらは、〝塔〟の先端があるわけではないが。
「マリナは、なんて? 何か、言って、た?」
無表情なマリナの顔。そこに感じた大きな違和感。
マリナはきっと、『何か』に巻き込まれたのだ。
この一連の『第七教団』を原因とする事件に。
「思うに、奴らに何かしらの方法で操られているのかもしれない。少なくとも、いつものマリナみたいに進んで関わっているようには見えなかったな」
「ん。だったら、助けなきゃ、ね」
「ですね。マリナはあれで我慢しちゃう娘ですから」
元教え子たちは、マリナの事をよくわかっているらしい。
もしかすると、俺以上に。
「いつでも行けるわ。準備万端よ!」
「ウチもっす。必要なものは全部持ってきたっす!」
ジェミーとネネが、やる気十分に俺に頷く。
誰も彼もが、俺がどうするか……どうしたいかを、理解してくれていた。
いや、きっとそれも違うな。
『クローバー』として、そうするべきかを、わかっていると言ったほうがいいかもしれない。
俺は、尋ねる必要すらなかった。
全員がマリナを助けると決めているのだから。
「ああ、行こう……! マリナを助けに」
立ち上がって、軽く体をほぐす。
痛みは少しあるが、動けないほどじゃない。
そんな事よりも、マリナがあんな場所から助け出す方が先決だ。
『第七教団』とやらが何であれ……いつも元気なマリナにあんな表情ををさせる連中をのさばらせておくほど、俺は人間ができちゃいない。
「はぇー……ユークさんに火が入っちゃったすねぇ」
「こっちも気合入れなきゃ。こうなったユークは、無茶するわよ……!」
「そこも先生のいいところですけどね」
「ユークは、やっぱり、こうでないと、ね」
仲間たちが、何やら好き勝手に言っているようだが……おおむね間違いではない。
そも、俺というヤツは生来諦めの悪い男なのだ。
だから、愛する女を諦めたりなど、絶対しない。
「よし、行こう。『旧王都の塔』、攻略開始だ。目的はマリナの救出。次点で『第七教団』の行動阻止。全員で、我が家に帰るぞ!」
「ん!」
「はい!」
「了解っす!」
「おっけーよ!」
仲間たちの返事に背を押されるような気持ちで、地下空洞の中を歩いていく。
この先は〝塔〟。いわば、『無色の闇』と同じ難関迷宮だ。
それをマリナなしで進まなくてはいけない。
だが、そのリスクを冒すだけの価値はある。
俺達にとって『クローバー』は、何物にも代えがたい大切な宝だ。
ここを攻略して、マリナという宝を取り戻す。
どこまでも冒険者らしい目的が、俺達を未知の迷宮へと進ませた。





