第14話 街道の異変と白い魔物
『城塞都市』でひとときの休息と情報の整理を行った俺達は、目的地である『旧王都ジョウ・ココ』へ向けて出発した。
もう少し城塞都市で注意深く情報を集めるべきかとも思ったが、現地での調査の方が確実だと考えたからだ。
「ユーク、設定、終ったよ。これで、『ゴプロ君』、使える」
「ありがとう、レイン。助かったよ」
受け取った停止状態の『ゴプロ君』を試しに起動してみる。
ふわりと浮き上がった『ゴプロ君』がレンズを瞬かせながら、くるりと回転した。
「大丈夫そうだな。何が不調の原因だったんだろう」
「多分、だけど……環境魔力の濃度と、魔導通信路の、違い。あとは、ユークの魔力が ちょっと 変わったから」
「なるほど。錬金術師としてちょっと情けないよ。勉強不足だ」
俺の言葉に、レインが得意げな顔で「ふふん」と胸を張る。
魔法道具マニアであるレインの手腕は、時に錬金術師である俺を越える。
今回も、上手く起動してくれない『ゴプロ君』を上手く修正してくれた。
「魔導通信路が変わってるってことは、生配信してもウェルメリアには届かないのか」
「やってみないと、わからない、かな。それに、生配信、は……」
「ああ。こっちの動きを報せるようなものだしな。いくつか、『クローバー』の配信用に撮るくらいにしよう」
そも、密命じみた国選依頼なのだ。
生配信はまずい。あとで映像を編集して、旅行記風にしてしまうのが安全だろう。
そう考えると、自然にマリナのことが頭に浮かんだ。
楽し気に配信動画を編集するマリナの横顔を見ているのが、好きだった。
あの赤髪がマリナかどうかは、きっと『旧王都』に行けばはっきりする。
しかし、マリナだったとして……俺はどうすればいいのだろうか。
あの書置きを見るに、マリナは自らの意志で離脱したのだ。
俺がかつて、『サンダーパイク』を抜けた時のように。
何か理由があったのは確かだろうが、無策で無為にただ「戻ってきてほしい」という言葉をかけたとして、「はい」と答えてくれるだろうか。
俺は――断ったよな。
今思えば、あれはサイモンの精一杯の救援要請だった気がする。
あまりに一方的で無茶苦茶な言い分だったけど……それでもあいつは俺が居なくて困ってると言ったんだ。
あれが、あいつとやり直す最後のチャンスだったかもしれないとも思う。
今となっては、詮無いことだが。
「ユークさん! 魔物っす!」
御者席から聞こえるネネの声に、思考を中断する。
即座に馬車の扉を開けて前に出ると、見たことのない魔物が街道を遮っていた。
「うえ、何コイツ気持ち悪い」
容赦のない感想を漏らすジェミーの隣で、俺も同じ感想を抱く。
まさに、気持ち悪いとしか言いようのない魔物だった。
ペタン、ペタンと粘着質な音を立てて歩くそれは非常に気味の悪い生物で、何に似ているとも形容しがたい。
太い足で四足歩行する真っ白な大ナメクジとでも言えばいいだろうか。
ぶよぶよとした丸い身体に頭はなく、代わりに首がある場所に大きな縦の亀裂があって……そこから真っ赤な口腔が覗いている。
ちりり、と頬が痛む。
この感触がある以上、こいつは異界由来の魔物に違いあるまい。
それにしたって、気味が悪すぎるが。
「注意しろ。何をしてくるかわからないぞ」
そう警告した瞬間、バケモノががぱりと口を大きく開いた。
蠕動するように動く首。そしてコポコポという音。
「散開! 吐息が来るぞ!」
叫びながら、傍らのレインを抱え上げて跳び退る。
その直後、魔物の口から薄黄色の湯気をあげる液体が吐き出された。
飛距離はそれほどでもないが、正面に立っていたらひとたまりもない量だ。
刺激臭と腐敗臭が混じったような臭気が立ちこめて、アレが何を吐いたのかわかった。
おそらく、胃液――酸だ。
姿形も気味悪いが、攻撃手段まで気味が悪い。
異界というのは、どうも俺の美的感覚と相容れないな。
【深淵の扉】を純粋に目指していた頃が懐かしくすら思う。
「牽制します!」
シルクが氷の属性矢を数本束ねて一気に放つ。
いい判断だ。あの魔物の表皮構造からして、急激な気温変化には耐えられなさそうに思う。
そして、予想通り超低温に魔物は皮膚を凍り付かせた。
「〈麻痺〉、〈鈍遅〉、〈猛毒〉!」
弱体魔法を連続で浴びせる。
思ったよりも、弱体魔法の通りがいい。
もしかして、ああ見えてこっちよりの生物なのかもしれない
とはいえ、目らしきものは見当たらないので〈目眩まし〉は効果がなさそうだ。
ということは、音や振動で獲物を探知するタイプか?
「〈爆音〉!」
思い付きのまま、指向性を持たせた大音量を指先から浴びせる。
本来は蝙蝠や大蚯蚓に対する弱体魔法だが……どうやら効果はあったようだ。
「シィアアアアアァッ!」
身をよじって苦しむ魔物。
その隙をネネは見逃さなかった。
「もらったっす!」
地を這うように身を低くしたまま駆けたネネが、手品のように大型ナイフを何本も取り出して魔物の頭部に突き立てる。
青紫の血を爆ぜさせながら暴れるバケモノだったが、そこにジェミーの魔法が突き刺さった。
「〈魔法の矢〉!」
十数本の〈魔法の矢〉が一度に放たれて、魔物の身体を貫く。
しばしして、ゆっくりと膝をつくようにして魔物が倒れた。
「討伐完了、と」
俺の言葉に反応して、『ゴプロ君』が魔物の周囲を飛び回る。
起動したまま外に出てしまったが、結果的に記録用データが取れた。
後で確認するのにちょうどいいだろう。
「『旧王都』に近づいたとたんにこれか」
「ええ、先が思いやられますね」
動かなくなった魔物をちらりと見て、シルクが小さくため息を吐く。
ここまである程度順調だっただけに、異界の魔物の出現は少しばかり重たい。
これが現れた以上、おそらくフィニスと同じような現象が『旧王都』で起こっている可能性が高まったからだ。
「街道の先行警戒に行ってくるす。ゆっくり目に移動を再開しておいてくださいっす」
「了解した。……ここから先は俺が御者をするよ。遭遇戦なら、初動に俺が動けたほうがいい。シルクたちは馬車で体力を温存してくれ」
指を振ってジェミーに〈魔力継続回復〉を付与しつつ、御者台に上がる。
「わかりました。この先は何もなければいいんですが」
「ああ、そう願うよ」
ぐったりと動かなくなった白い魔物を見やって、俺は小さくため息を吐き出した。





