第12話 戒厳令とマリナの行方
「戒厳令?」
国境に詰める兵士が、俺の言葉に頷く。
「はい。現在、我が国は有事特例による戒厳令が大統領によって敷かれています。冒険者の入国に関して制限ありませんが、その点にご注意いただきたく」
「何があったんです? ウェルメリアではそんな話を聞かなかったんですが」
「まだ情報が伝わっていないのかもしれませんね。数日前、『旧王都』で謎の建造物が地下から出現して、周辺の魔物が活性化したようなのです。ノエド自治区では町の中にまで被害が出ていて」
『旧王都』という単語に、少しばかり驚く。
「『旧王都』に向かわれるのでしたら、十分にお気を付けください」
「わかりました。ところで、『第七教団』については何かご存じですか?」
「聞いたことがあるような、ないような……」
「そうですか。いえ、忘れてください。ありがとうございます」
軽く頭を下げて、御者席へと戻る。
そこでは、レインが何やら難しい顔をして【タブレット】を覗き込んでいた。
「どうした? レイン?」
「ん。エドライト共和国の、公用配信が、見れるようになった」
「国境を越えたものな」
「さっきの話の、配信を、探してる」
なるほど。
戒厳令が出るくらいの事件になっているなら、何かしらの情報がアーカイブされている可能性は高い。
それにしたって、この状況。フィニスに似ている気がする。
魔物の出現が、本当に『第七教団』の手によるものなら……兵士が言っていた建造物の出現も連中に関係があるのだろうか?
「先生、国境を越えましたので御者を交代しましょう。こちらで休んでください」
「わかった。頼むよ」
軽くうなずいて、馬を止める。
考え事をしながら御者をするのもあまりよくないし、少しばかり疲れもした。
ここは、シルクに任せてしまおう。
「じゃ、ウチがシルクさんと一緒に座るっす。いざとなったら、先行警戒にもでれるっすから」
「そうね。お願い、ネネ。気を引き締めていきましょう」
俺から手綱を受け取ったシルクが、ネネに頷いて返す。
斥候職二人なら、何かあってもすぐに対処できるだろうし、これはいい組み合わせかもしれない。
「今日は素直ね?」
馬車に乗り込むと、こちらにクッションを手渡しながらジェミーが笑った。
さては俺が断ったら一言……いや、二言三言も言ってやろうと身構えていた顔だ。
危ないところだった。
「ちょっと考え事をしたくなってさ」
「アタシも手伝おうか?」
「いや、少しまとまらない。うまく言葉になってから話すよ」
「そ、わかった」
ジェミーのこうした気遣いはありがたい。
『クローバー』に入ってから、さらに俺の扱いになれたという感じだ。
「レインは配信?」
「ん。事件について、見ておきたい」
「さっきの話ね。フィニスでのことに、ちょっと似てるかも」
ジェミーの言葉に心の中でうなずきながら、情報を整理していく。
俺達のフィニスで起こった魔物襲撃事件。
『第七教団』による脅迫じみた配信と、手紙。
そして、その『第七教団』の本拠があるとされる『旧王都』での異変。
どこか作為めいたものを感じないでもない。
まだマリナの失踪と関連付けるには浅いが、それは確かめるのも今回の目的だ。
関係ないならないで、不安材料が一つ消える。
「あった、これ」
レインが配信映像のうつる【タブレット】を指さす。
映像は少し粗め。おそらく冒険者仕様ではなく、一般向けに販売されている『ゴプロ君』による緊急生配信の切り抜き映像だろう。
「ねぇ、これ……フィニスで戦った魔物と一緒じゃない?」
「ん。そう、見える」
ジェミーとレインが、配信の中で暴れる魔物の一体を指さして俺を見る。
「ああ、間違いない。フィニスで見た一つ目巨人もどきだ……!」
「見て。地面から、何か、出てくる……!」
暴れ回る魔物の背後で、地響きを立てながら何かがせり出し始めた。
花壇の美しい円形の広場を割って、白い建造物が徐々にその姿を現す。
それは、妙に見覚えがあるフォルムをしていた。
「……〝塔〟だ」
「塔?」
「確かに、塔っぽいけど……」
あまりピンと来ていない二人に対して、俺はこれが何であるか確信じみたものを感じていた。
確かに、細部は違う。大きさもこちらの方がやや小さいだろう。
だが、冒険者になってからずっとフィニスの冒険記録で挿絵を見てきたし、実際に目にもした。
「『無色の闇』の入り口部分にある〝塔〟だよ。似ていないか?」
「いわれて、みれば」
「そう言われれば、すごく似てる気がするわね」
おそらく、間違いないと思う。
この配信映像に映っているのは、〝塔〟だ。
俺たちが『無色の闇』と呼ぶ迷宮の、本当の呼び名。
全ての迷宮の根源にして、ことなる次元を貫き繋ぐ階。
「ねぇ、ユーク。これがそうだとして、なんでフィニスじゃなくて『旧王都』にこれが生えたワケ?」
「わからない。もしかしたら各国に似たものがあるのかもしれない」
「中で、繋がってる? かも?」
その可能性もある。
実際、俺たちはサルムタリアの『死の谷』にある『王墓』を経由して、迷宮の根源である『無色の闇』へ移動したことがある。
『反転迷宮』の出現による迷宮の不安定さを利用した荒業だったが……何かしらの手段で、逆に呼び出すこともできるのかもしれない。
この配信映像のように。
ただ、これはフィニスの地下にあるモノとは意匠も形も大きさも違う。
〝塔〟だとしも、あれそのものではないだろう。
「ちょっと、待って! レイン、少し戻して」
「ん」
レインが【タブレット】を操作して、配信映像を前のシーンへと戻す。
塔が現れて少し、さらに増加した魔物が周囲の人々に襲い掛かるあたりだ。
「ねぇ、これ……!」
ジェミーがタブレットの一点を指さして眉根を寄せる。
魔物に『ゴプロ君』のフォーカスが寄っていて見えづらいが、そこには塔に向かって歩いていく数人の人影が見えた。
見覚えのある白いローブの者達。かすれているが、特徴的な例のマークも見て取れる。
そして、その集団の中に……特徴的な赤髪をした少女らしき姿があった。
「マリナ……?」
「これじゃ、わかんない、ね」
『ゴプロ君』の仕様上、焦点があったっているところ以外は、映像がぼやけがちだ。
しかも、この映像はおそらく一般向けモデルで配信したもので、最後には『ゴプロ君』自体が破壊されてしまっていた。
断片的で粗いこの映像だけで、あの人物をマリナと断定することはできない。
しかし、だ。
マリナではないと言い切ることだって、できやしない。
少なくとも、マリナかもしれない誰かが『第七教団』と共に行動し、『旧王都』の〝塔〟に向かった可能性がある。
それだけで、今は十分に思えた。
「確かめに、いこ」
「ああ……!」
レインの言葉に、俺は大きくなずいた。





