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Aランクパーティを離脱した俺は、元教え子たちと迷宮深部を目指す。  作者: 右薙 光介
第五部

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第10話 消えたマリナと出立と

「先生! 起きてください!」


 翌朝。

 出発までまだまだ猶予がある夜明け直後。

 ノックもなしにシルクが部屋に飛び込んできた。


「どうしたシルク? また魔物(モンスター)か!?」


 その切羽詰まった様子の声に飛び起きた俺は、シルクの表情を見てかなりの緊急事態だと察する。

 少し混乱した様子のシルクが、目の間に一通のメモらしきものを差し出す。

 受け取って確認すると、そこには特徴的なマリナの字で短い言葉が記されていた。


 ――「ごめんなさい。あたし、『クローバー』を抜けるね」。


 寝起きの頭が、一拍あってからそれを理解する。


「マリナは!?」

「いないんです、どこにも! 荷物も装備も全部置いたまま!」

「一体どうしたっっていうんだ……!」


 確かにここのところ様子が少しおかしかったが、あまりに突然すぎる。

 だが、思い返してみれば昨日のマリナはなんだか妙だった。

 急に思い出話を始めたり、俺に気持ちを伝えておきたいだなんて言ってみたり。


 ああ、しくじった。

 きっと俺は何か見落とすか、見逃すか下に違いない。

 マリナの抱える何かを、もっと真剣に考えるべきだったんだ。


「すでにネネが捜索に出ています。ジェミーさんは冒険者ギルドに行ってくれました」

「わかった、俺も周辺に聞き込みに出るよ」


 そうは言ったものの、夜明け直後のこの時間だ。

 市場通りや冒険者通りならともかく、居住区の人間はまだまだベッドの中にいるはず。

 望み薄だが、逆にマリナがいれば目立ちもするか。


「わたくしはレインを起こして、乗合馬車と街門を手分けします。まだフィニスにいるとは思うのですけど」

「ああ、とにかくまずは話をしないと」

「はい。こんな無責任なことをする子ではありませんし、何かしらの事件に巻きこまれた可能性があります」


 シルクの言葉に頷いて、上着を羽織る。

 こんな時、レインの借りていた【探索者の羅針盤(シーカードコンパス)】があればと思うが、さすがに国宝級の魔法道具(アーティファクト)を借りたままではいられないと、先日マストマ王子に謁見した際に返還したばかりだ。

 こんなことになるなら、もう少し借りておけばよかった。


「行ってくる。何かあれば【手紙鳥(メールバード)】を遠慮なく飛ばしてくれ」

「わかりました」


 レインの部屋に向かうべく俺の部屋を出ていくシルクと一緒に自室を出た俺は、急いで階段を下る。

 ただの悪い冗談だと思いたかったが、マリナは冗談でもそういう事をする娘ではない。

 いつも真っすぐで、素直で、自然だった。

 だからこそ、今回の件はかなりショックを受けている自分がいる。


「どこだ、マリナ……!」


 心の余裕をすっかりと失せさせた俺は、少し泣きそうになりながら居住区を駆けた。


 ◆


 三日間フィニスを探して回ったが、俺たちはマリナを見つけることはできなかった。

 乗合馬車の乗車記録にも、街門の通行記録にも形跡はなく、聞き込みもほぼ空振り。

 魔法や魔法道具(アーティファクト)、それに冒険者ギルドの街斥候(シティスカウト)まで動員して探して回ったのだが、夜までかかってわかったのは『フィニスにはもういない』ということだけだった。


 捜索をいったん切り上げてパーティ拠点に帰ってきたものの、空気は重い。

 こんなことになるなどと、俺も――誰も思っていなかった。

 何だか、不意を突かれたような気持ちだ。

 こういうときこそ、太陽みたいなマリナが必要なのに。


「くそ、俺がもっとしっかりしていれば……」

「アンタのせいじゃないわ。アタシ達だってどうにもできなかったんだから」


 肩を落として俯く俺の背中をジェミーが軽く叩いて励ますが、こうも手掛かりがないとなると気落ちもする。

 どうして俺は昨日のあの夜に、マリナの何かに気付いてやれなかったのだろうか……と、後悔ばかりが心を濁らせて、焦燥感が湧き上がってきてしまうのだ。

 何か事件に巻き込まれているんじゃないかと、心配でならない。


「もう、しゃんとしなさいよ。捜索は継続してくれるってギルマスも言ってたでしょ」

「ああ、そうだな」


 ベンウッドは各冒険者ギルドへの捜索通達も行ってくれると約束してくれた。

 ママルさんも手勢の斥候たちを動かしてくれているようだし、街の人にも見かけたら声をかけてもらえるように頼んだ。

 つまるところ、マリナの捜索に関してできることがこれ以上はない状態と言える。


 もしあるとすれば、配信による呼びかけだが……良くも悪くも『クローバー』は有名になり過ぎた。

 マリナの離脱について声明配信をすれば、大きな不安や混乱を招くことになる可能性が高い。

 加えて、俺たちが納得していないというだけで、状況的にはマリナの自発的な離脱だ。

 事件の可能性についても俺達がそう考えているというだけで、何か理由があるにせよいなくなったのはマリナの意志なのだ。

 それは、残された書置きからもわかっている。


 それを配信などによって大事にしてしまえば、マリナに別な危険があるかもしれない。

 それは、何としても避けたいところだ。


「ユーク?」

「大丈夫だ。みんな、少しいいか?」


 気を持ち直すべく、大きく深呼吸してテーブルに座るみんなに目配せする。

 そんな俺に、全員が小さく頷いて返した。


「マリナ捜索に関してはベンウッドたちに任せて、俺たちは国選依頼(ミッション)を進行しようと思う」

「え、マリナお姉ちゃんのこと諦めちゃうの!?」


 ニーベルンが、がたりと席を立って責めるような視線を俺に向けた。

 意図は違えども、結果としてそういう事なので言い訳もできずに俺は目を伏せる


「ルン、落ち着きなさい。ユークはAランクパーティのリーダーなの。国選依頼(ミッション)を受けた以上、責任ある行動を求められるわ。わかるわよね?」

「……うん。ごめんなさい、お兄ちゃん」


 ジェミーに窘められたニーベルンがしゅんとした様子で俺に謝る。


「いや、いいんだ。だけど、考えなしで言ってるわけじゃない。これは俺の勘だけど……『第七教団』を追うのはマリナの行方を追うことになるんじゃないかって」

「どういうことっすか?」

「マリナの様子がおかしくなったのは、ベンウッドに呼ばれてあのカルト教団の配信映像を見てからに思えるんだ」


 ギルドマスターの私室で見た、あの犯行声明のような配信映像。

 あれを見てから、マリナはどこか気もそぞろになっていたような気がする。

 あの時は疲れているんだろうと気に留めなかったが、今思えば……あれがきっかけだったのではないかという考えが頭から離れない。


「……確かに。あの日からですね、マリナの様子がおかしくなったのって」

「ああ。あの時はわからなかったが、マリナにきっと何かあったんだ」

「あいつらが、マリナに、何か、したってこと?」

「それもわからない。だから、確かめに行こうと思う」


 仲間たちが俺の言葉に頷く。

 手がかりがない以上、こじつけであってもそれに賭けるしかない。

 それに、俺の勘はそこまで分の悪い賭けだとも思っていないらしい。

 確信とまではいかないが、これが正解じゃないかと思えてしまうのだ。


「だから、一日遅れになるが……明日、エドライトへ向けて発とう」

「じゃ、ウチはギルマスとママルさんにその旨を伝えてくるっす」

「わたくしは貸し馬車の商会へ話をしてきますね。準備をお願いしてきます」


 俺の言葉に、ネネとシルクが素早く立ち上がる。

 居ても立っても居られない気持ちは俺も同じだ。


「アタシは(テック)のところに行ってくるわ。ルンの事も頼まなきゃだしね」

「あ、ルンも一緒に行く。お部屋の準備、お手伝いしないと」


 立ち上がるジェミーの手を握って、ニーベルンも席を立つ。

 たしかに、明日の明朝に出発となるとばたばたとしてしまうかもしれない。

 ニーベルンの世話を頼む以上は、今夜のうちに声をかけておかないといけないか。

 そこまで、頭が回ってなかった。まだまだ俺は、冷静になり切れていならしい。


「じゃあ、俺は――」

「アンタは寝るの。レイン、任せたわよ」

「りょ。まかせて」


 明日の準備を……と言い出す前に、レインに肩を押さえられてしまった俺をよそに、仲間達が拠点をバタバタと出てゆく。

 それを見送って俺の手を、レインがゆるく引いた。


「少し休もう。今日は、ボクがそばに、いるから」

「俺は……」

「気付いて、ない? かなり、無理した顔、してるよ」


 そっと俺を抱きしめて、額にキスするレイン。

 ずっと抑え込んでいた感情がじわりと溢れて、目じりから零れ落ちる。


「だいじょぶ。ほら、ボクしかいない」

「ああ。少しこのままでもいいか、レイン」

「ん。いいよ」


 ぎゅっとレインを抱きしめて、俺は少しだけ泣いた。


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