第8話 旅の準備と幼馴染の行方
数日の休暇を挟みつつ、俺たちは明日の出発に向けて着々と旅の準備を進めていた。
エドライト共和国はウェルメリア王国の東隣にある大国だ。
俺が生まれる前……およそ三十年前に市民革命が起こり、エドライト王国からエドライト共和国となった新興国で、歴史としては比較的浅い。
数年に一度、民衆から国家元首が選ばれるというシステムのためか、意識的な新陳代謝が行われており、ウェルメリア王国が主導する配信事業もいち早く国内に取り入れた。
共和制という統治形態と配信技術は相性が良かったらしく、かなり普及が進んでいるらしい。
『第七教団』なるカルト集団が、配信による声明を出したのも、ある意味お国柄なのかもしれない。
「エドライトっすかー……サルムタリア、ヴィルムレンに続いて、また外国だなんて冒険者冥利に尽きるっすね!」
「もう、ネネったら。ただの旅行じゃないんですよ?」
「わかってるっすけど、調べれば調べるほど面白い国だったっす。言葉もほぼ通じるみたいで、観光都市なんかもあるみたいっすよ」
情報収集も着実に進出いるようで何よりだ。
浮かれてばかりもいられないが、何か楽しみはあったほうがいい。
国選依頼という形で向かうとはいえ、外国を旅するのはきっといい経験になるはずだ。
「うーん、今回もルンはお留守番なんだね?」
「俺達も初めて行く国だからな。すまない」
「いいよ。お土産、期待してるから。でも、帰ってきたら予備研修よろしくね?」
表情をころころと変えるルンの頭を軽く撫でて頷く。
「ああ、約束だ。みんなでオルダン湖畔森林にでも行こうか」
「やったー! ルンの冒険装束、手入れしとかなくっちゃ」
上機嫌な様子で階段を上っていくニーベルンにほっとしながら、駆け出し向けのキャンプは少し物足りないかな、などと考える。
少し前まで、ニーベルンは異界を旅する一人前の冒険者だったのだから。
まさか、サイモンと一緒に旅してるなんて思いもしなかったけど。
それにしたって、あのサイモンは本当にサイモンだったのだろうか?
そうに違いないと感じる自分と、そんなはずないと断じる自分が同時に存在している。
黄昏迫る無人のフィニスで、俺はあいつに恐ろしい魔法を撃った。
不死身のバケモノとかしたあいつを、その場所で永遠に殺し続けるために。
そしてあいつは、時間も次元も越えて『グラッド・シィ=イム』へと流れついて、あの場所を滅ぼしながらこの世界に帰ってきた――『一つの黄金』となって。
そして、それも破壊した。だから、サイモンはもうどこにも存在しないはずなのだ。
だけど、ヴィルムレン島の中心……世界樹の最奥にあった【深淵の扉】の先から聞こえたのはあいつの声だったし、ニーベルンに聞いた話からしてもあいつなのは間違いないと思う。
もしかすると、『無色の闇』で見かけたような影の人なのかもしれないとも思うが、あの口調と態度からして俺が知っているサイモンに違いないという妙な確信があった。
「ユーク。どう、したの?」
「ん?」
「また、難しい顔、してるよ?」
準備の手が止まってしまっていたことに気が付いて、小さくため息を吐き出す。
解決しないことを考えていても仕方ないというのに、どうも俺はここのところよくないな。
「ルンの、こと?」
「当たらずも遠からず、かな。ルンと一緒に旅してたヤツのことについて、少し考えてた」
「サイモン・バークリー?」
レインから出たあいつのフルネームに、話題を誤ったことに気が付く。
俺にとってもそうではあるが、『クローバー』にとってサイモンは許してはならない男でもあったのだ。
ベシオ・サラスの口車に乗ってレインに【隷従の首輪】をはめたのもサイモンと『サンダーパイク』だし、俺たちを助けてくれたジェミーを追いかけて斬ったのもサイモンだった。
何なら、遠因は俺にあったにせよニーベルンの世界を結果的に壊したのもサイモンである。
懐かしさか、それとも罪の意識かはわからないが……俺は、あいつの生存を甘く考えすぎているのかもしれない。
生きていればいいだなんて思ってしまっていた。
「すまない、俺は……」
「ルンを、助けてくれたのは、ほんと。ユークが許すなら、ボクも、許す」
「そういう訳にもいかないだろ?」
「いい。ユークが、一番の被害者、なんだし?」
そういうものだろうか。
よくわからないな。だけど、本当に生きているなら……もう一度くらい、膝を突き合わせて話してみたい気もする。
俺にも反省点はたくさんあった。きっと、サイモンにだって言い分があるのだろう。
ジェミーと理解りあえたように、あいつとだって昔みたいに話せる日が来るのかもしれない。
解けない呪いを放っておいて、虫のいい話だとは思うが。
「話せると、いいね」
「ああ。望み薄だけどな」
生きているにせよ、サイモンは今も【深淵の扉】の向こうだ。
運よく再会できる可能性は、あまり高くない。
それでも、生きてさえいればという思いはある。
「そういえば、レイン。マリナの様子、どう思う?」
「うーん、ちょっと、ヘン……かも?」
「だよな」
例の事件以降……というか冒険者ギルドで気付いてから、マリナの様子が少しおかしい。
普段通りかと思えば、何か考え事をしている風でもあり、元気がないこともあった。
いつも天真爛漫で元気いっぱいなマリナがあの調子だと、少しばかり調子がくるってしまう。
何度か「悩み事があるのか?」と声も駆けてみたが、マリナらしい雑な誤魔化し方で避けられてしまい、今のところ聞き出せていない。
黙っていたいことに首を突っ込みすぎるのもどうかとは思うが、リーダーとして……あるいは男として信用されていないのかもと考えてしまって少しばかり落ち込んでいる。
「ボクも、声……かけてみたんだけど、収穫、なし。マリナの事だから、大したことない、と思うんだけど、少し、心配」
「そうだな。今晩にでも、もう一度声をかけてみるよ。明日にはエドライト共和国へ出発だしな」
「ん。そうしてあげて。今回は、お外でお泊りして来ても、許して、あげる」
俺の額にそっと人差し指をつけて、レインが小さく笑う。
どういう意味か分かっているが、そういうつもりでマリナを誘うつもりではない。
あくまで今回はパーティリーダーとして、マリナと話すつもりだ。
「そういうんじゃないんさ」
「でも、マリナが、そういうのだったら、優しくして、あげて?」
「そりゃ、うん……まぁ」
「女の子は、それだけで、いろいろ解決しちゃうことも、ある」
「そういうもの?」
「そういうもの、です」
くすくすと笑いながら、レインがそばを離れる。
どうしたものかと考えつつも、どうマリナに声をかけようかと考える。
レインのお墨付きももらったことだし、せっかくだから酒場デートにでも誘ってみるか。
たくさん食べて、たくさん飲めば……マリナも何か話してくれるかもしれない。
「よし、そうしよう」
一人でそう納得して、俺は旅の準備を再開するのだった。





