第4話 緊急事態と謎の魔物
「あ、ユーク! お帰り!」
拠点に帰ると、マリナがタブレットで配信動画を編集していた。
「えっと、これが提出用のノーカットので、今やってるのは『クローバー』の配信で使う用だよ」
「助かるよ、さすがマリナだ」
「えへへ。あたしも結構デキるようになったもんね」
どこかおどけた様子のマリナだが、事実としてその編集技術はすごい。
配信用の動画編集は俺だってやってきたが、やはりどこか実務的なものになってしまいがちだ。
だが、マリナの場合は違う。どうすれば視聴者が楽しんでくれるかをいつも考えていて、なんというか……エンタメに寄り添っている。
マリナが編集したものを見ると、配信はただの記録映像ではなく、俺たちの冒険を楽しんでもらってこそだといつも感心してしまう。
「ユークとシルクはもう終わり?」
「ええ。わたくしは書類整理を手伝ってきますね。先生はどうされます?」
「そうだな……」
どこを担当するのが楽しいだろうかなどと暢気なことを考えたその瞬間――ぞっとした感覚が、足元から這い上がった。
次いで、地響きなようなものと耳鳴りが聞こえ、拠点がかたかたと揺れる。
「なんだ!?」
「わかりません。でも、これは……先ほどの、感覚に似ています!」
顔を見合わせた瞬間に扉が勢いよく開き、ネネが駆け込んできた。
そして、かなり焦った様子で通りを指さして叫ぶ。
「ヤバいっす! 魔物が町の中に!」
「何だって?」
このフィニスという都市は特別だ。
『無色の闇』という危険な迷宮を抑え込むために造られたこの場所は、外部から侵入する魔物を遮断し、迷宮から溢れ出した魔物を留めるように、結界が何重に設置されている。
つまり、街の中に魔物が現れたということは……『無色の闇』から溢れ出しがあったことにほかならない。
だが、どうして? こんな突然に?
どうにも、腑に落ちない部分が多い。
しかし、現れてしまった以上は四の五の言ってはいられない。
フィニスの冒険者は、有事の際はその対処に当たることになっているし、『無色の闇』に関わることであれば、なおさら状況確認は必須だ。
「先に出る! みんなは武装してから状況に当たってくれ!」
扉近くに設置してある武器棚から、自分の細剣だけ掴んで外へと駆けだす。
フィニスがいくら冒険者の街だとはいっても、非戦闘員の方が圧倒的に多い。
特にこの辺りは、中心地から少し離れた住宅街だ。
走りながら懐から取り出したゴプロ君を、『生配信モード』にして空に浮かび上がらせる。
理由は二つ。
まずは生配信を行うことで、状況の周知や冒険者ギルドなどへ通報をするため。
それから、街の中での戦闘行為や魔法の使用に関して、緊急時特例の証拠を残すためだ。
「みなさん、家の中に! 手の空いた冒険者は状況確認と避難誘導を!」
声を張り上げながら、緩い坂道を駆ける。
魔物がいる方向は、なんとなくわかった。
冒険者ギルドにいる時は全く感じられなかった異界の感覚が、頬を疼かせる。
「いた……!」
坂を上り切ったところで、街に似つかわしくない魔物の姿を視界に捉える。
一対の角が特徴的な黒く大きな熊に似た魔物が、逃げ遅れた母子へ襲い掛かろうとしていた。
「――〈硝子の盾〉!」
振り下ろされた爪が触れる直前、子供を庇った母親に防御魔法を付与する。
ぱりん、と甲高い破砕音がして熊型魔物の腕を弾く。
よし、間に合った。
「〈麻痺〉、〈鈍遅〉、〈猛毒〉、〈目眩まし〉、〈重圧〉!」
魔物へ駆け寄りながら矢継ぎ早にいくつかの弱体魔法を発射して、足止めを試みる。
弱体魔法の通りは悪くない。皮肉なことに左腕が琥珀となってからは調子が一段上がった。
「グ、モ……?」
牛のような声をあげて、石畳に膝をつく魔物。
そのまま駆け寄りつつ、腰の小剣を抜く。
「〈必殺剣〉!」
命中する直前に攻撃的な強化魔法を付与して、勢いそのままに斬りつける。
痛手を与えはしたが、思ったよりもタフだ。
俺では些か、決定打に欠ける。
「ここを離れてください。俺が足止めします!」
「は、はい!」
子供を抱えて逃げ去る母親に背に庇いながら、立ち上がる魔物と対峙する。
こうして対すると、かなりデカい。それでもって、異様だ。
全体の風貌からミノタウロスのようなヤツかと思っていたが、頭の形はどちらかと言うと人間に近い。
しかし、顔面には口も鼻もなく、巨大なぎょろりとした目が一つだけあった。
「グモォーッ!」
一体どこから出ているのかわからない叫び声に反応したのか、近くから同じ魔物がもう一体姿を現す。
参ったな、これは少しばかりマズいかもしれないぞ。
このデカブツを二体も同時に相手できるだろうか。
そんなことを考え始めた瞬間、背後から声がした。
「先生!」
シルクの声と同時に風切り音が聞こえて、魔物の巨大な目に矢が突き刺さる。
絶叫じみた悲鳴を発して、顔を覆う一つ目巨人もどき。
わかりやすい弱点で助かる。
「すいません、遅れたっす!」
「向こうにいたのと同じヤツ!」
ネネとマリナが武器を手に、俺の隣へ並ぶ。
「こいつ、他にもいるのか?」
「この街区は、もうこいつらだけっす!」
「あっちにいたのは、みんなでもうやっつけたよ!」
二人の言葉に少しばかりほっとする。
こんなヤツが街中に溢れかえっていたらどうしようと思っていたところだ。
「ボク、到着。すぐに、殺る……!」
「牽制は任せて!」
追いつてきたらしいレインとジェミーが、すぐさま魔法の詠唱を開始する。
それに合わせて、マリナとネネが得物を構えた。
「〈身体強化〉」
跳び退りながら、軽く指を振ってマリナとネネに強化魔法を付与する。
仲間が来れば、もうこちらのものだ。
適材適所。俺は俺の得意な立ち位置でやらせてもらう。
「〈吹雪〉!」
「〈土石災〉!」
レインとジェミーの魔法が魔物に降り注ぐ。
どちらも強力な第五階梯魔法で、並の魔物なら致命傷を与えられる魔法。
それを同時に浴びせられれば、このタフで得体のしれない魔物とてたまったものではないだろう。
「ネネ! 援護します!」
「よろしくっす!」
大型のダガーを手に、魔物へ躍りかかるネネのそばを、シルクの放った矢が通り抜けてゆく。
その数、七本。シルクは、それを全て弱点の目に命中させた。
さらにできるようになったな、さすがだ。
「お命、頂戴っす……!」
怯んだ一つ目巨人もどきの頸に鋭い刃を当てて、くるりと体を回転させるネネ。
鮮やかな動きに冷えた殺気を乗せて放たれた一撃は、すぱりと魔物の頭を落とす。
そして、マリナはもう全てを終えていた。
魔剣化と抜刀を組み合わせたその一撃は、一陣の風となってバケモノを真っ二つに割いていた。
「よし、討伐完了。念のため、このまま他の街区も見て回るぞ!」
俺の言葉に、仲間達が真剣な目でうなずいた。





