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Aランクパーティを離脱した俺は、元教え子たちと迷宮深部を目指す。  作者: 右薙 光介
第四部

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第24話 木の中の森と森の先

 やはり、といった感覚だった。

 『世界樹』の入り口をくぐった瞬間、自分が異物になったような……あるいは、自らの居場所でないと囁かれているような拒否感を覚える。

 これに抗えない者が、()()するために裏返るのだ。


「……なんだか、寂しい場所だね」


 周囲を見回していたマリナが、呟く。

 彼女がそう言いたくなる気持ちも、なんとなくわかる気がする。

 『次元を渡る揺り籠』という言葉から想起されるイメージとここは、まるで乖離していた。


 得体のしれない素材でできた均一な床。

 その床を縒って引っ張った様にして伸びる、木のような何か。

 そして、その伸びた先に広がる先の見えない天井。


 自然と生きるエルフの揺り籠にしてはあまりに人工的で、もの悲しさがある風景。

 しかし、違和感と感想ばかりを述べているわけにはいかない。

 この道も見当たらない広大な空間を踏破して、シルクたちを追わねばならないのだから。


「足跡、見当たらないっす。というか……この床、おそらく流れてるっす」

「流れてる?」

「っす。床に薄く模様があるの、みえるっすか?」


 ネネに言われて、床を凝視する。

 マーブル模様に見えていた床は、ゆっくりと渦巻くように動いているのがわかった。


「これ、床自体が動いてるんすよ、多分」

「なら【足跡の軌跡(フットストーリー)】でも追うのは難しいってことか」

「……ビブリオンなら、追える」


 俺達の会話を聞いていたレインが、白蛇が巻き付いた細腕を差し出す。

 そして、その手には【探索者の羅針盤(シーカードコンパス)】が握られていた。


「ボクの魔力と、ビブリオンを、同調させて……シルクのいる所を、目指す。どう?」

「そんなこと、できるのか?」

「さっき、ユークがやったことを見て、思いついた、の。ボクは、ユークに近い、から」


 レインの言葉を聞いて、思わず肝を冷やす。

 あんなことをしてはいけない。


「そういえば、アンタ傷は? どうやって塞いだの?」

「えっと」

「アタシだってアレに斬られたことあるんだからね?」


 ジェミーがぺたぺたと俺の腹に触れる。

 もうすっかり塞がっていて、痛みはない……が、説明せねば納得してくれなさそうだ。


「ジェミーには詳しく話してなかったかな」

「アンタが『レディ・ペルセポネ』の眷属で、呪いを受けてるって言うのは聞いてるけど?」

「まさに、それだ。生と死を反転せしめる女神の力は、俺の中で別の要素として存在しているのさ」


 さすがに、人のみである俺が生命と死の運命を操ることはできない。

 俺ができるのは、構成要素の『交換及び変換(コンバート)』だ。

 大きく消耗した生命力を、理力(オド)──つまり、存在する力を介して魔力(マナ)と入れ替える力技で、あの場を無理やりに凌いだのである。


 幸いなことに俺は魔力(マナ)が豊富な性質なので、消えかけの命を魔力(マナ)に押し付けることができたが、あのような人間離れしたことをあまりするものではない。

 故に、俺はレインが今しがた行っている()()が、心配でならないのだ。


「ビブリオンの心を、ボクの魔力につないだ、だけ。だいじょぶ」


 俺の心配する視線に、レインが小さく微笑む。


「アンタもレインも、無茶ばっかりするんだから。いい? ダメそうならちゃんと言ってよね? 全員で帰るんだから」

「ん。ありがと、ジェミー」


 レインが小さくうなずいて、【探索者の羅針盤(シーカードコンパス)】の起動スイッチをカチリと押す。

 軽くくるりと針が回った後……その先端は一方を指し示した。


「あっち、だね」

「了解っす。先行警戒をかけてくるので、皆さんは準備と休息を!」


 異質な森の中をネネが音もなく駆けていく。

 その後ろ姿を見送って、俺は魔法の鞄(マジックバッグ)からいくつかの道具を取り出した。


 ここはもう迷宮(ダンジョン)の中枢である。

 しかも、この空気感は『無色の闇』に近い。

 這い出し(オーバーフロウ)が確認されている以上、魔物(モンスター)もいるはずだ。


 決して油断しているわけではないが、一層気を張る必要がある。

 ただでさえ、頼りになるサブリーダーが不在なのだ。

 しっかりと仲間のフォローを行えるように、万全を期さねばならない。


「ジェミー、もし俺が──」

「その『もし』は聞きたくないから却下よ。シルクの代わりってのもね」


 提案の前に、ぴしゃりとジェミーが拒否を口にする。

 まさか見透かされていたとは。


「仲間としては手伝うけど、アタシは新参なのよ? 無理言わないで」

「先輩風は?」

「それとこれとは別」


 小さく頬を膨らませて、ジェミーが俺の背中を叩く。

 かなり強めに。


「言いたかないけど、アンタのそういうところは『サンダーパイク』の頃からちょっとヤだったの。もっと自分に自信もってよね」

「ん。ユークはヘンなところで、ヘタれ」

「心配性すぎるよね。いつも自分で無理するのに、ダメだった時の事ばっかり考えてるし」


 ジェミーの言葉に、レインとマリナが続く。

 こうも責められると、些か落ち込んでしまいそうだ。


「これでもリーダーとして、いろいろ先を見越した段取りをだな……」

「違うよ、ユーク。見越した先に、絶対に自分がいるって思わないと」


 マリナが珍しく強い口調で俺を諭す。


「あたし達の思ってる未来と、ユークの思ってる未来は一緒じゃないと! パーティだし……その、恋人なんだし?」

「マリナ、よく、言った」


 マリナの言葉に、レインがうんうんと頷く。

 その横では、ジェミーが少し落ち込んでいた。


「妬けちゃう。アタシ、そこまで考えてなかったかも。スレちゃったのかしら」

「ジェミーも、だよ?」

「アタシ?」

「ん。ボクらの命の恩人で、一緒にユークを、支えるん、だから。むしろ、ジェミーさんは、ときどき、ユークより」


 ぎくりとするジェミーが、なんだか恨みがましい目で俺を見ている。

 自己犠牲が過ぎる節があるとは思っていたが、まさか俺も同じに見られていたなんて。


「……戻ったっす。って、なんすか? この空気は?」

「ユークに説教してたんだよ。ネネもなんかある?」


 マリナに問われたネネが、小さく首をひねる。


「特にないっすね。……それより、ある程度の構造を把握してきたっす。意外と、やばいっすよ、ここ」


 話題が切り替わってよかったと考えつつ、語られる情報を精査していく。

 そして、話を聞き終わったとき……この静かで寂しい『世界樹』がやはり『無色の闇』に類する危険な場所だという認識を再認識することになった。


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