第54話 禍々しい気配と最後の野営
仲間との再会を喜ぶ俺に、叔父さんが微笑む。
「ずいぶんゆっくりだったじゃないか、ユーク」
「これに振り回されちゃってね」
頬を指さして、苦笑する。
「ユークは、影の人に、なりかけてた。サーガさん、どういう、ことなの?」
「なるほど。ユーク……君は一度裏返ったわけかい?」
「実感はないけど、事実はそうなのかもしれない。俺は、別の常識と認識に囚われてしまった」
叔父さんが頷いて、闇の奥に視線を向ける。
気が付かなかったが、気付いてしまった。
叔父の見る先に、何か禍々しいものの気配がする。
まるで、レインを別認識で見ていた時のような嫌悪感と拒否感。
加えて、それを排除せねばという衝動もが心の奥から湧き上がって、止まらなくなる。
「わかるだろ?」
素直にうなずく。それしかできなかった。
「ボクにも、少しわかる……」
震えるレインが俺の手をぎゅっと握りしめる。
それを握り返しながら、俺はそれが何なのか理解しようとした。
一度はあれに飲まれたのだ。経験したからこその推測ができるはずだ、と。
「無駄だ、ユーク。アレは理解できない。してはいけない。相容れるべきものではない」
「おじさん、この先に何があるんだ……!?」
視線をこちらに戻した叔父さんが、小さく肩をすくめて口を開く。
「『深淵の扉』さ」
その返答に少しばかり戸惑う。
何度誰に尋ねても、『深淵の扉』の正体は判然としなかった。
せいぜい、ベンウッドの怪力を以てしても破壊できなかったというくらいで。
調査記録にも詳細は書かれておらず、俺はそれが魔法道具であるという不確定な情報を鵜呑みにしていたのだが……どうも違うらしい。
こんな気配を放つものが魔法道具であるはずなんてない。
「さて、一晩休んでから攻略を始めるとしよう」
叔父の言葉に、少し肩の力が抜けた。
てっきり、このまま『深淵の扉』へ向かうと思っていたから。
だが、きっと優しさでもあるのだろう。
「それじゃあ、『無色の闇』最深部でのキャンプと洒落込みますか」
俺は少しばかりの空元気を口にして、魔法の鞄から野営道具と調理道具を広げる。
あの気配の事は気になるが、このロケーションでの野営なんてそうはない機会だ。
まるで星の海のような光がきらめく透き通った闇の中、俺達はいつも通りに野営の準備を始める。
仲間たちが得体の知れない床にテントを立てて寝床を準備する間に、俺は料理の下ごしらえを始める。
マストマに持たされた高価な肉もあるし、他に食材はいろいろと豊富に余っているので、少しばかりこった料理も出来そうだ。
「ユークは料理もうまくなったんだね」
「唯一おじさんに負けない点だよ」
そんな軽口を叩きつつ、俺は冒険メシの準備を進めていく。
もちろん、【常備鍋】もそばにだしてスープを湧かせる。
「ユークさん、テント設営終わりました」
「了解。食事はもう少しかかるから、みんなで清拭をしておいで」
「はい、楽しみにしていますね」
笑顔で去るシルクに、チクリとしたものを覚える。
感傷に浸っている場合などではないのに。
「その様子だと……話してないね?」
「巻き込むわけにはいかないからね」
「僕の甥のくせに女心のわからんやつだな。巻き込んでやればいいのに」
そのくらい理解している、と言いそうになって辞める。
実際のところ、俺の独断であるのは確かなのだ。
テントの影から仲間たちの少しはしゃいだ声と水音がする。
おそらく、〈水作成〉の発動する魔法道具でも使って遊んでいるのだろう。
最高難易度迷宮の最奥にあって、なかなか剛毅なことだ。
いや、これこそが彼女たちの良さか。
「愛の形はそれぞれだよ」
「言うじゃないか。ま、どうするかはお前次第さ。どんな選択にせよ、僕は僕のやることをする」
「俺もだよ、叔父さん」
【常備鍋】の中身をかき混ぜながら、今は姿の見えぬ仲間たちの事を考える。
彼女たちの生活が、この世界で幸せに続いていくことが俺の望みだ。
今目の前に〝一つの黄金〟があれば、きっとそれを願っていた。
あの『グラッド=シィ・イム』を統べたヴォーダン王も同じことを考えていたのかもしれない。
何もかもを叶える魔法があれば、それに縋りたいという気持ちは痛いほどわかる。
「お兄ちゃん」
「どうした、ルン? おいおい、ちゃんと拭かないと風邪ひくぞ」
少し髪を濡らしたままのニーベルンが、とことこと寄ってくる。
「大丈夫です。ここ、寒くも暑くもないし、風もないんだもの」
「そりゃ、そうだが……。それで、どうした?」
「あとで『ゴプロ君G』を見てもらっていいですか」
そう言って、差し出された『ゴプロ君G』は少し破損していた。
起動スイッチを押しても、動かない。
「ルン達が跳ばされた時に、下敷きにしちゃって……」
「なるほど。これなら多分大丈夫。後で修理しておくよ」
俺の返事に、ニーベルンがほっとした顔を見せる。
ざっと見たところ、ちょっとした魔力導線の断線だろう。
そこそこ耐久性の高い『ゴプロ君』シリーズであるが、運が悪ければこうもなる。
「じゃあ、そろそろお姉ちゃんたちを呼んでくるね」
「ああ。しっかり着こむように言ってくれ」
彼女らが自分の美貌に迂闊で無防備なのは毎度のことだが、今回は叔父がいる。
彼は優れた冒険者で俺の師匠であるが、好色で有名でもあったので注意は必要だ。
「ユーク。僕を疑うのかい?」
「それはそれ、これはこれだよ」
軽く笑って、食事をさらに取り分けていく。
「やれやれ、なんでお前がこんなにモテて僕はモテないんだろう?」
「おじさん、モテてただろ?」
「バレたか」
サーガ・フェルディオのプレイボーイっぷりといえば、それなりに有名だ。
いつだって誰か女の子を侍らせていたとベンウッドが言っていたし。
「……それでも、地獄の底までついてきてくれる女なんてのは、誰もいなかったよ」
小さくただ呟くように発せられた叔父の言葉が、まるで新手の弱体魔法のように俺の心を軋ませた。
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