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第45話 〝灰色の隠者〟と大空洞

「あら、ネネ。それにユークさんも」


 地下大空洞のあるギルドカウンターの奥から、見知った顔が姿を現す。

 ギルドの受付嬢である彼女がここにいることは何らおかしいことでなく、むしろ自然ですらある。

 ただ、いなければ良かったという願望があっただけだ。


「マママ、ママ……ッ」

「まぁまぁ、ネネが私の事を『ママ』って呼んでくれるなんて。嬉しいこともあるものね」


 天然なのかジョークなのか判別つき難いが、恐怖で呂律が回らないネネの肩を小さく叩いてママルさんが笑う。

 ネネはギクリと身体を震わせて、今にも気絶しそうなほどに緊張している。


「こっちは関係者以外立ち入り禁止ですよ」

「通してくれませんか、ママルさん」

「どうしてですか?」

「どうしてもです」


 俺の言葉に小さく首を傾げたママルさんが、小さく笑う。


「ふふ、冗談ですよ。さぁ、こっちです」

「……ママルさん?」

「はいはい、何ですかユークさん?」


 おっとりとした笑顔のママルさんが、笑顔のまま振り返る。

 なんだか、違和感。カウンターからは『サンダーパイク』に混じる俺の姿も見えているはずなのに、それに気づかないなんてことあるだろうか。


「お兄ちゃん。これ、本物のママルさんだよ。気配しないもん」

「ん。〈魔法関知(センスマジック)〉でも、確認した」


 ニーベルンとレインが、怪訝な顔をする俺にそう知らせてくれる。


「まぁ、疑われてしまうなんてショックだわ。ユークさんとは長い付き合いなのに」


 頬に手を当てて小さくため息を吐くママルさん。

 その足元には、何かが転がっていた。


「すみません。それで……これは?」

「私の写し身だった魔物(モンスター)ですね。邪魔になるといけないので処理しておいたんですよ」


 なんてことない世間話のように、自分の姿をした影の人(シャドウストーカー)を殺したことを告げるママルさん。

 そうだ、忘れてはならない。ママルさんは〝灰色の隠者(グレイハーミッツ)〟の二つ名を持つ、伝説の冒険者でもあるのだ。

 ネネが怯えるのも仕方のないことだろう。


「お肌のつやが私よりも良くって失礼しちゃう」

「それより、どうしてここに? 叔父さんやベンウッドは?」

「大丈夫、ちゃんと来ていますよ。突然現れたサーガには困ってしまいましたけど……」


 苦笑するママルさんの後をついて、ギルドの奥へと進む。

 徐々に小さくなっていく酒場の喧騒を背後に感じながら、俺は初めて『無色の闇』へ挑んだ時のことを思い出していた。

 あの時も、こうしてママルさんにギルド奥の秘密の部屋へと案内されたのだ。


「私がここにいる理由は、みなさんを引き寄せるための経路(パス)を作るためだとサーガが言っていました」

経路(パス)?」

「ええ、私にもよく理解できていないのですけど。でも、彼の言ったとおりですね。事実、みなさんは私と合流できましたし」


 笑顔のまま、ママルさんが大空洞への階段がある隠し部屋の仕掛けを起動する。

 まるで迷宮の隠し扉のように横にスライドする壁。

 現われたのは、小部屋と……床にぽっかりと空いた穴だ。


「さぁ、『クローバー』の皆さん。ここからが本番ですよ」

「ママルさんは?」

「私はしばらくはここにいないといけません。『フィニス冒険者ギルド』としての世界に揺らぎが出てしまいますからね。後から合流するので心配しなくていいですよ」


 笑顔を見せるママルさんを見て理解する。

 おそらく彼女は相当な無茶をするつもりだ。

 長らく冒険者をやっていれば、雰囲気でわかる。

 いくら〝灰色の隠者(グレイハーミッツ)〟とて、一人で『無色の闇』を進むのが危険なことくらいわかっているだろう。

 ママルさんは、この迷宮の踏破者でもあるのだから。


 だが、ここは頷くしかない。

 迷えば、その覚悟と気遣いを踏みにじることになる。


「……わかりました。戻ったら一杯奢らせていただきます」

「あら。冒険者の杯は久しぶりですね。楽しみにしていますね」


 にこりと笑った後、ママルさんはネネに向き直る。


「ネネ。ユークさん達をお願いね」

「ししょー……!」

「あなたは立派にやってるわ。自慢の娘よ。ちょっと厳しくしちゃったけど──もう一人でも大丈夫ね?」


 ネネを抱き寄せて抱擁するママルさん。

 例え血は繋がらなくとも、種族すら違っても……この二人は親子なのだ。


「がんばるっす」

「期待してるわよ、ネネ。でも、私の自慢の娘ですもの。心配はしてないわ」

「帰ったらたくさん話したいことがあるっす」

「あら、うれしい。じゃあ、ベンウッドの林檎酒(シードル)をくすねておきましょうね」


 笑ったママルさんがネネを離す。


「いってらっしゃい」

「行ってくるっす」


 少し涙目のネネが深くうなずいて、息を吐きだす。


「さぁ、皆さん! 行くっすよ。ここからはネネにお任せくださいっす」

「頼りにしてるさ。張り切り過ぎるなよ?」


 階段に向かうネネの背中を軽く叩いて、仲間たちを促す。

 部屋に入って数歩、マリナとシルクが振り返って俺を見る。


「ママルさん、大丈夫かな?」

「ユークさん、やはり一緒に……」

「ギルド最強の〝灰色の隠者(グレイハーミッツ)〟相手に失礼だぞ。ママルさんは一人でも俺達より数倍は強い。大丈夫さ」


 事実と嘘を両方口にする。

 納得はできないかもしれないが、それでも俺達は前に進まなくてはならない。

 それが冒険者の礼儀というものだ。


「いこ。ボクたちが、早く解決すれば、いい」

「レインの言う通りよ。さっさと終わらせて、すぐに迎えにいけばいいのよ」


 レインとジェミーの言葉が決定打となったのか、マリナとシルクの目にも決意の灯がともる。こうなった彼女たちは強い。

 きっと、迷うことなく迷宮(ダンジョン)を進めるだろう。

 触発された俺も決意を新たにして、階段に向かう。


「まずは大空洞だ。叔父達と合流して、『無色の闇』の攻略を開始しよう」


 俺の言葉に仲間たちが頷いたのを合図に、階段を降りていく。

 黙り込んだ仲間たちからは緊張が見て取れるが、こり固まっている様子はない。


「……! 戦闘音がするっす!」

「〝溢れ出し(オーバーフロウ)〟でしょうか?」

「いいや、ここもすでに迷宮(ダンジョン)の中だ。〝溢れ出し(オーバーフロウ)〟とはいえない。だが、悠長にはしていられなさそうだ!」


 徐々に大きく戦闘音に急かされるように、俺達は大空洞へと続く階段を駆け足で降りた。


いかがでしたでしょうか('ω')

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