第30話 彼女たちの決断と仄かな嫉妬
叔父の帰還から三日。
現在、俺は非常に困った状況になっている。
……〝存在証痕〟の話だ。
突入メンバー全員がこれを得なくては『反転迷宮』の内部に入ることはできない。
でなければ、あの黒い壁に触れた瞬間に存在が裏返って、影の人へと変貌してしまう。
しかし、これをレインと同じように分け与えるのは、些か難しいものがある。
仲間たちがその方法の採用を決断するのは、ひどく困難だと言っても過言ではない。
「と、いうことで相談なんだ。ルン、何とかならないか?」
「えっと、はい。ルンに譲渡された王の力──〝黄金〟を使って〝存在証痕〟を付与することは無理じゃないよ」
「よかった」
心底ほっとする。
〝黄金〟による力は、元をただせば俺の魔法、ひいては『ペルセポネの祝福』の力を起源にするものだ。
ニーベルンの世界の人々は、それを願望成就のシステムとして利用していたわけで……「もしかすると」と思ったのだが、やはり可能だった。
忌まわしい力ではあるが、〝一つの黄金〟が存在しない今、あれはニーベルン自身によるものへと変化し、コントロール可能な力になっている。
そもそも、都市一つを変質させ、〝存在証痕〟として異界渡りしようという力の断片だ。
数人程度なら、副作用なしで〝存在証痕〟として機能させることもできると思ったが、やはり可能であるようでほっとした。
『ペルセポネの祝福』は本質的には死後に関する呪いの類いだ。
ほかに手段がないとなれば仕方ないとも思うが、そう分かち合うものでもない。
それに、付与するにも方法に問題がある。
レインは望んで受け入れたが、他のみんなも心から受け入れられるとは限らない。
「でもでも、どうしておにいちゃんの〝存在証痕〟を付与してはだめなの?」
「……いろいろ事情があるんだ」
ニーベルンの質問にぎくりとして、俺は誤魔化すように答える。
これについて、子どもに聞かせられるようなものではない。
「ルン、思うんだけど、ちゃんと確認をしたほうがいいと思うよ」
「そりゃそうなんだろうけど……」
「うん。どうにもならなかったら、ルンが〝黄金〟の力を使うよ。でも、まずはお姉ちゃんたちと話し合ってどっちがいいか決めてもらおう?」
ニーベルンの、思いのほかしっかりとした言葉に、少しばかりたじろぐ。
出会った当初から聡い子であったが、自分の意見をはっきりと口にするようになった最近は、特にそう感じる。
もしかすると、マストマに影響を受けたのかもしれない。
ニーベルンとて、王家の血を引く人間なのだ。
「とにかく、お兄ちゃんはお姉ちゃんたちに話をしてくること」
「わ、わかった」
やや気圧されながら、俺は頷く。
年の離れた妹のようなニーベルンにこうも言われてしまったら、行くしかあるまい。
「頑張って、お兄ちゃん。お姉ちゃんたちなら、きっと大丈夫だよ」
部屋を出る俺の背中に、ニーベルンの励ましがかけられる。
小さく振り返って頷いた俺は、まず誰から訪ねるべきかと考えながら扉を閉めた。
その瞬間、俺の視界から声がかけられる。
「話、終わった?」
「おわッ……レ、レイン?」
部屋の外で待っていたらしい。
突然声をかけるものだから、思わずギクリと固まってしまった。
話は……多分、聞かれていたんだろうな。
「ルンは手厳しい、ね?」
「そうだな。どうしたもんか……」
「正直に、話す。しかない、かも?」
悩む俺にゆるく抱きついて、レインが俺を見上げる。
彼女にとっても、悩みどころではあるのかもしれない。
「ボクも、一緒に行くから。みんなに、話しちゃお」
「そうだな。うん、そうしよう」
抱擁を返して、俺は心を決める。
死後も共にいることを望んでくれたレインがそう言うのであれば、俺も腹をくくるしかあるまい
意を決した俺は、仲間たちと話をするべく談話室へと向かった。
◇
「……」
部屋にあるバルコニーで欠けた月を眺めながら、俺は濃い蜂蜜酒を黙ってあおる。
向かいに座ったレインが、不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの、ユーク? ぼんやり、してるよ?」
「いや、なんていうか。うん、なんというか……いろいろ意外過ぎて、うまく考えがまとまらない」
「そう、かな? ボクは意外でも、なかった、かな」
「俺にとっては意外だったよ」
あの後、〝存在証痕〟の話を仲間たちとした。
俺の〝存在証痕〟の付与方法と性質について話し、その後、ニーベルンが〝黄金〟を利用してリスクのない〝存在証痕〟を付与できることを話した。
だが、仲間たちが選んだのは俺に宿る『ペルセポネの祝福』を分かち合うという道だった。
〝黄金〟に忌避感を覚えるのもわかる。
人を変質させた『グラッド・シィ=イム』という迷宮を見れば、拒否反応もあるだろう。
しかし、だからと言って死後の行く末を縛るであろう『ペルセポネの祝福』を選ぶこともない、と俺は説得もした。
だが、彼女たちは首を横に振って応えた。
そうではない、と。
レインが望んだように、自分達も同じく愛して欲しいのだと。
「どう応えるかは、ユーク次第、だよ」
「こんな時でなきゃ、もう少し気楽だったんだけどな……」
「こんな時、だから」
レインが立ち上がり、俺を抱きこむ。
「ユークが怖い、みたいに、ボクらも、怖い。でも、死んだって、ユークと一緒なら──ボクらは、恐れずに、行ける」
「レイン……」
『反転迷宮』の内部はおそらく、『透明な闇』かあるいは『塔』の作り出す迷宮になっているはずだ。
あるいは、拡大された『王廟』となっている可能性もいなめない。
いずれにせよ、この冒険にはいつも以上に死の危険が常に付きまとう。
俺にも、彼女たちにも。
それでも俺と共に死地へと向かう覚悟をする彼女たちに、俺はどう応えるべきだろう。
「お酒、飲みすぎ。もう、寝よ?」
苦笑しながら、レインが俺の手を引く。
些か飲みすぎたらしい俺はおぼつかない足取りでベッドへと促され、そのままどさりと倒れ込んだ。
「いっぱい、悩んで。今日は、ボクが、そばにいるから」
「レインは、いいのか?」
「ボク、ボクは……そう、うん」
少し考えてから、レインが口を開く。
「ちょっぴり、嫉妬しちゃうかも」
消え入りそうな小さな返答が愛おしくて、俺はレインをそっと抱き寄せた。
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