第13話 『死の谷』と奇妙な気配
『ラ=ジョ』に来て二週間。
ようやくこちらにも少し慣れてきた。
そして、いくつかわかったことがある。
『ラ=ジョ』の人々は、思ったよりも俺達に友好的で興味を持ってくれていた。
というのも、ここにいるサルムタリアの人々はマストマ王子が募った『はぐれ者』達であるらしい。
『はぐれ者』は各氏族で仕事に馴染めなかった者、出奔した者、元いた氏族がなくなってしまった者などを指す言葉らしいのだが、マストマ王子は彼等をまとめ上げて、実験的に『ラ=ジョ氏族』を作り上げたのだ。
サルムタリアでは氏族ごとに仕事が決まっているが、マストマ王子直轄の『ラ=ジョ氏族』は少し毛色が違う。
彼らの仕事は『ラ=ジョ』の町を運営することである。
つまるところ、彼らの生き方はここのところでずっとウェルメリアに近くなっている。
自分の才能ややりたいこと、あるいはできることを町の中で探し、協議し、行うという生き方だ。それをマストマ王子が許可し、サポートしている。
サルムタリアではやや異質かもしれないが、俺達にとってはなじみ深い。
そして、マストマ王子が改革として目指すところでもある。
いわば、この町はマストマ王子にとっても、王になったときのモデルケースとなるものなのだ。
おかげで、俺達は比較的ストレスなく過ごすことができている。
当然だが、すべて良しというわけでもない。
いくつか問題もあり、マストマの兄王子による妨害と思われる人間も紛れ込んでいたりもする。
しかし、これに関してマストマ王子は直接的な手を下さない方式のようだ。
これで揺らぐようならば、自分のやり方が悪いのだ、と。
改めて、マストマ王子の理想の高さがうかがえる。
そのマストマ王子だが、『ラ=ジョ』を中心に冒険者文化を根付かせようと本気で考えているらしく、仮で設置された冒険者ギルドの前にはすでに冒険者通りができ始めていた。
客は、俺達『クローバー』とサルムタリア各地で募集された冒険者見習い。
この二週間、続々と『ラ=ジョ』へ到着し、今はベンウッドのもとで冒険者予備研修を受けている真っ最中だ。
そして、現在俺達はというと……『死の谷』を調査中である。
「広くて複雑……ここ自体がもう迷宮っぽいっす」
「ああ。しかも魔物も多いな」
「安全地帯も、ない、ね?」
慎重に地形やルート把握を行っているが、なかなか進まない。
さすが、物々しい名がつくだけあって危険極まりない。
「ユークさん、少しおかしいです」
「何かわかったのか? シルク」
肩に本と記憶の精霊ビブリオンを載せたシルクが小さくうなずく。
「精霊力に乱れがあります。狂乱とまではいきませんが、狂った精霊の姿も」
慎重なシルクが、言葉を選びながら伝えたことにピンとくる。
「レイン、〈魔力感知〉を密に。ネネ、俺達はこれから少し注意がおろそかになる、周辺警戒を厚くしてくれ。マリナ、いつでもカバーできるように気を張ってくれ」
「了解っす。……てか、この状況、私でも嫌な予感しかしないっすよ」
「だろうな」
世界を構成する精霊が乱れているということは、世界が乱れているということだ。
その原因は様々だが、俺達はよく似た状況をこれまでに何度か経験している。
当たってほしくない予感ではあるが、こういう時は最悪の事態を想定してしかるべきだろう。
「十分に注意して行こう。〝溢れ出し〟してる可能性があるぞ」
「それですむといいっすけど」
苦笑したネネが、先行警戒に走り出していく。
「ユークは、どう?」
「実は、言われてみると違和感がある気がする」
久々の迷宮で気にし過ぎかと思ったが、やはりこの心の奥をざわつかせる違和感は、誤りではなかったらしい。
その内、頬の痣はヒリつき出せば嫌な予感が的中だ。
「『王廟』の封印が解けてたら、どう、する?」
「まずはマストマに報告だな。〝溢れ出し〟なのか、それとも〝大暴走〟なのか……」
ここまで話して、別の可能性に思い当たり口を噤む。
だが、そんな俺の努力はマリナによって打ち砕かれた。
「それか、また〝淘汰〟とか?」
口に出すのが憚られてやめたというのに、相変わらずマリナという奴は少しばかり思い切りが良すぎる。
「それは流石に当たってほしくない予想だな」
「大丈夫だよ! ユークがいるんだもん」
にかっと笑うマリナに、俺は小さくため息を吐く。
「戻ったっす。周辺の魔物で軽いのは落としてきたっす」
「消耗は? 怪我してないか?」
ネネは少しばかり無理するところがある。
ちょっとした負傷だと、あえて申告しないことだって以前はあったので、少し心配だ。
「大丈夫っス! とりあえず野営ができそうなポイントも見つけてきたっすよ」
このペースだと、戻るまでに日が落ちる可能性がある。
さすが、ネネは手回しがいい。
「ありがとう、ネネ。みんな、少し時間をかけて調査をしたい。野営になるがかまわないか?」
「問題ありません。では、プランBですね」
シルクとあらかじめ練った進行計画は三つ。
プランBは、迷宮前の野営地点確保の上での現地調査だ。
地図的に、一日で往復するのが難しい場合、迷宮前にキャンプ拠点ができるのは珍しいことではない。
必要であれば、結界用の魔法道具などを手配して、マストマ王子に報告すれば、資材や人員を融通してくれるはずだ。
ちょっとした山小屋のようなものがあるだけでも、安全性はまるで違う。
「野営ってなんだか久しぶり! あ、でもまだ配信はできないのかー……」
マリナが少しがっかりした声を出す。
ウェルメリアの技術者が持ち込んだ『配信局用大型魔法道具』が地脈に馴染むのが、少し遅いのだそうだ。
だが、逆にこれはいい機会かもしれない。
「配信できなくても録画はできるだろ? 試しにやってみたらどうだ? 『ラ=ジョ』にはつながるかもしれないぞ?」
「そう? じゃ、冒険飯配信しちゃおっかな!」
喜色満面なマリナに頷いて、俺達はネネの後に続く。
野営地点についたのはどこかでみたような黄昏の頃で、『王廟』からの妙な気配と共に俺の心をざわつかせるのだった。
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